第6話 暗殺未遂 2章 マギオの民の里 1

 主街道からはずれて滅多によそ者が入り込まない里は、セシエ公と全面的に提携するようになっても表面上全く変化がなかった。手入れの行き届いた牧場や畑ではのんびりと家畜が草を食み、村人が農作業にいそしんでいる。子供たちが遊ぶ声が聞こえる。ごく普通の村に見えるが、よく見ると点在する集落の家屋の数に比べると村人の数が少ないこと、手入れをすれば農地に転用できるところが雑木林のまま残されていることに気づく。

 ウルバヌスは村へ入って真っ直ぐに領主の館を目指した。ランドベリを出て二日目の夕方だった。領主の館は村の中央から北に外れた小高い丘の上にあった。外に向けた窓の少ない屋敷は領地の大きさに見合った作りだったが、実際は外から見えない地下部分が広かった。屋敷の北側には広い森があり、少し離れた山地まで続いている。ハニバリウス家の領地で最も重要な部分は実はこの森と、山地だった。

 ハニバリウス家の門をくぐったウルバヌスはすぐに奥に通された。ウルバヌスはマギオの民の中でも有力な一人だった。ハニバリウス家の当主の直々の命でセシエ公の元に送られ、セシエ公の指揮下に派遣された民の元締めをしていた。当然領主館の誰もがウルバヌスを知っていたし、彼が軽々に里に戻ってくるはずもないことを知っていた。

 ハニバリウス家の当主、ガレアヌス・ハニバリウス・ハニバリウスは五十代半ばのまだかくしゃくとした男だった。髪はもう白くなっていたが、まだふさふさとしていたし、灰色の目は若い頃と変わらない鋭い、酷薄な光を浮かべていた。広くはないが豪奢な調度のおかれた部屋にゆったりと座っていたが、他人のいるところで本当にくつろぐことはできない男だった。

 ガレアヌスに向かってウルバヌスは、セシエ公を襲撃した者について語った。にわかには信じがたいことだったが、ガレアヌスは黙って聞いていた。


「光の矢と、人を運ぶことができる、翼を持つ獣か・・、信じ難い話だな」


 そう口では言っても、ガレアヌスはウルバヌスの言ったことを疑ってはいなかった。マギオの民は長に対して虚偽を言うことができなかった。そういう一族だった。


「はい」

「そんなものが出てくればマギオの民はどうなる?八十ヴィドゥー離れて人間の体を貫ける光の矢と、空を飛んで移動できる手段を持てば戦いの様相は全く変わるぞ、武器の使用法、情報の伝達、兵の移動、なにより空から偵察できれば、戦場において敵情について得られる情報量は桁違いになるな。そんな者がセシエ公の手につけば、我らの価値は下がる」

「はい」


 これはガレアヌスのいつものやり方だった。考えをまとめるために言葉にして口に出す。相談しているのではない。側に誰かがいても良いし、いなくても良い。ただ独り言を聞かせる相手は選んだ。ウルバヌスはそういう言葉を聞かせても良いと思われるほどにはガレアヌスに信用されていた。


「セシエ公はそいつらを味方に付けることもお考えのようだが、我らとしてはそんなものを放置しておく訳にはいかない。我らとは両立できないものだ。見つけ出して処分しなければならない。たとえセシエ公の意志に反しても」


 最後のほうは小声のつぶやきだった。考え込んでいた顔をウルバヌスに向けて、


「ウルバヌス、セシエ公に命じられた調査をおまえが担当せよ。セシエ公のもとには別の者を送る。必要な人数を使ってよい」


 方策を決めたきっぱりした口調だった。この命令もウルバヌスの想定の範囲だった。


「はい」

「どこから手を付ける?」

「国境の外から始めたいと思います。武器はともかくあの翼のある獣は目立つものです。人里の近くにいれば必ず噂になります。できるだけ手広く人を配置して噂を集めさせます。見なれない大きな鳥が飛ぶのを見たことはないか、光の矢で傷ついた獣や人のことを知らないかと。あの傷の付き方も独特のものですから。セシエ公はアルヴォンを気にしておいでですが、アルヴォンにはある程度我々の目も入っています。今まであんなもののことを全く聞いたことがありませんので、後に回したいと考えています。どれほどの人数がいても足らないかもしれませんので、ある程度は絞って行かなければなりません」

「国境の外も広いぞ。どこから始めるのだ?」

「まず東はオービ川の上流から、西はアルヴォンに近い方から始めたいと思います」

「いいだろう、明日中に人選と、詳しい計画を立てて報告せよ」

「畏まりました」


 ウルバヌスは深く頭を下げて部屋を下がった。

 久しぶりに家に戻ったが、ウルバヌスにはゆっくりくつろぐ暇もなかった。母と、弟と妹、ウルバヌスの四人で夕食を摂った。かなり年の離れた弟に、セシエ公の軍に従いながら経験した戦いの話をしたが、なぜ急に里に帰ったかについてはなにも話さなかった。マギオの民が予告も無しに動くことは常のことだったので、ウルバヌスの家族は特に変わったこととは考えなかった。

 そそくさと夕食をすませるとウルバヌスは部屋に籠もった。高価な灯り取り用の油を惜しげもなく使いながら、ウルバヌスは探索に動員する人間を選び、計画を練った。人選には特に気を遣った。マギオの民の他の活動を完全に麻痺させるわけにはいかなかったが、かなりの人数をかり集める必要があった。セシエ公に従軍している民には手を付けなかったが、王国中の他の仕事は最低限に絞り、人を集めることにした。各地の町に駐在させている民の多くを呼び戻すことになるだろう。空にする町も出る。それぞれの民の特技や長所、短所を思い出しながらウルバヌスは名簿に名前を書き入れていった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る