第6話 暗殺未遂 2章 マギオの民の里 2
次の朝、ほとんど徹夜で作った計画と名簿を持って領主館の門をくぐろうとしたとき、ウルバヌスは横から呼び止められた。ウルバヌスがびっくりしたのは、門衛以外の人の気配を感じていなかったからだ。ことさらに警戒しているわけではなくても、周囲の気配を常に探りながら動くのはウルバヌスの習性になっていることだった。それに引っかからないほどの穏形ができるのは民の中でも限られていた。声のした方に視線を向けると今までなかった人影が薄暗いアーチの下に見えた。
案の定、そこにいたのはアティウスだった。ウルバヌスは丁寧に頭を下げた。
「アティウス様」
「ウルバヌス、私と私の郎党を探索に加えてもらうぞ。叔父上の許しは得てある」
素っ気なくアティウスが言った。要点だけを簡潔に言うのがいつものアティウスの遣り方だった。
ガレアヌスが承知しているのであればウルバヌスがとやかく言うことではなかった。
「承知しました、アティウス様。それでは指揮もアティウス様がお執りになりますか?」
アティウス・ハニバリウス・ガルバが加わるなら、ウルバヌスの作った名簿の中で彼が最上位に来る。当然アティウスが探索の指揮を執るのが自然ということになる。しかしアティウスは笑いながら首を振った。
「いや、指揮はウルバヌスが執れ、私はあくまで客分として加わるだけだ」
ウルバヌスは怪訝そうな顔をした。いったい何が目的なのか?アティウスはハニバリウス家につながる人間だが、本家からはどちらかというと疎まれている。それでも身分の差にうるさい支配層の一人なのだから、自分の指揮に従うわけもない。客分というのはつまり、付いては行くが自分の考えで動くぞということなのだろう。そうであれば最初から計算に入れずに行動計画を立てればいい、ごく短い時間でこれだけのことを考えて、ウルバヌスは答えた。
「はい、承知しました」
言うだけのことを言ってしまうとアティウスは背を向けて門を出て行った。ウルバヌスはアティウスの後ろ姿に向けて軽く頭を下げると館に向かって歩き始めた。
ガレアヌスはウルバヌスの作った名簿を丹念に見た。
「これだと国中から集めなければならないな。セシエ公への従軍以外の活動はほとんどできなくなる」
「はい」
「それだけの重要性のあることだと、おまえは思うのだな?」
「はい、そのように思います」
ウルバヌスは確信を持っていた。この件は何をさしおいてもやらなければならないことだ。それだけの重要性をマギオの民にとって持っている。その確信がガレアヌスにも分かった。ガレアヌスはウルバヌスの作った名簿から何人かの名前を削除して、
「よし、いいだろう。この案でやれ」
「はい」
ウルバヌスはガレアヌスから名簿を返してもらいながら頭を下げた。
「一つお訊きしてよろしいでしょうか?」
「アティウスのことか?」
「はい」
「あいつは今鉄砲に凝っている。百丁ほどの鉄砲を手に入れて、盛んに使い方の工夫をしている。鉄砲は我らの活動に大きな影響を与える可能性がある、私もそう考えたから私の手の者も加えることを条件に許可した」
その噂は、里からセシエ公の陣に派遣されてくる民から聞いていた。鉄砲の扱いに習熟するだけでなく、鉄砲の改良も考えているという。鉄砲鍛冶のまねごとまでやっているとその民は少し揶揄気味に話していた。しかしこれはセシエ公の知らないことだった。セシエ公の知らないところで、セシエ公の一番の切り札である鉄砲を扱っている。これは一種のセシエ公に対する裏切りではないだろうか。ウルバヌスはそう思ったが口には出さなかった。マギオの民の支配層にいるわけではないウルバヌスには考える必要のないことだったからだ。マギオの民の現在の絶対支配者であるガレアヌスがそう決めたのならウルバヌスの立場としては従うしかない。
「そこへおまえが持ってきた情報だ。あいつもセシエ公のところへ出している民から聞いたのだろう。あいつに近い者もいるからな。光の矢というのは一種の鉄砲と考えてもいいのだろう?」
「はい」
「だったら自分で確かめたいと、昨夜私のところへ来てさんざん粘っていった。根負けしておまえの邪魔をしないことを約束させて許した」
その条件もアティウスの思うつぼだったのだろう。アティウスが興味を持っているは光の矢だけなのだ。指揮など執らされるとかえって不自由になる。生まれつき指導層に属している者の我が儘だが何とか折り合っていけるだろう、ウルバヌスはそう考えた。
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