第6話 暗殺未遂 3章 セシエ公の館 1

 セシエ公は目の前の男を冷たい目で見下ろしていた。男はウルバヌスより若く、二十代半ばに見えた。やはりマギオの民独特の筋肉の付き方の、しなやかな体つきで、表情の乏しい細い顔をしていた。男は片膝をつき頭を下げていた。


「ウルバヌスは公爵様を襲ったくせ者を直接に見ております。探索に当たるには何よりの条件でございますれば、我がおさより直々に命じられました。公爵様にはお断りもせずご無礼かとも存じましたが、ことは一刻を争うとの判断でありますればご容赦いただきたいと、長からのお詫びでございます」


 書いた文章を読むような抑揚のない、感情の混じらない口調だった。


「これからはそちが私の手に付いているマギオの民を統べると言うのだな」

「御意」

「そうか、それでは早速だが、女を一人調達せよ」

「・・・・?」


 男の目に不審そうなとまどいが浮かんだ。マギオの民の女が性技に長けていることは一般の民衆の間では一種の伝説になっていたが、セシエ公がマギオの民に女を要求したことは今まで無かった。一部、性を武器にする女はいたがすべてのマギオの民の女がそうだというわけではない。どういう心算で女を要求するのか?


「若い方がよい。宮廷の作法に通じていて、きちんとした言葉を話せる女でなければならぬ。勿論マギオスの法もそれなりの腕でなければならぬ。セルフィオーナ王女に付けるのだからな」


 テセウスと名乗った男はやっと得心したように頭を下げた。


「心得ましてございます」

「下がってよい」


 下がってゆく男を最後まで見もせずにセシエ公は謁見室を後にした。公とともに、新しくマギオの民の指し配として派遣されてきたテセウスを見ていたテカムセも後に続いた。

 執務室に戻ってセシエ公はテカムセにどう思うと眼で訊いた。

 マギオの民が配下に付いたとはいっても、彼らを全面的に信用しているわけではない。公の元に派遣されているマギオの民は、公の命令に従ってはいるが、民の長にそうしろといわれているからそうしているという態度がちらちらと見えていた。その中でウルバヌスという男は信用できそうだった。ウルバヌスもなれなれしさを見せるわけではないが、公に対して、民の長に命じられたからというだけではないものを持っていそうだった。だからこそ身近に置いて直衛を命じていたし、ランディアナの王宮にも連れて行ったのだ。テセウスに対してそんなものは期待できそうになかった。人を見る目に関しては、公は自信を持っていた。いままでの実績もその自信を裏付けていた。


「マギオの民というのは決して我ら外部の者には馴れぬと申します。ウルバヌスはその中でも少しは信用してもいいような気がしておりましたが、あの男はまさにマギオの民そのものでございましょう。アンタール・フィリップ様の命令を違えるようなことはありますまいが、それ以上のことは期待できないだろうと考えます」


 あの男をどう思うとセシエ公に問われたときの、テカムセの答えだった。


「だがあのくせ者のことは調べなければならぬ。その役目にウルバヌスほどふさわしい者はおるまい?」

「それはその通りでございます。アンタール・フィリップ様がそうお考えになることも、ガレアヌスは織り込み済みでございましょう。ウルバヌスを呼び戻すちょうどよい口実と思ったやもしれませぬ。ウルバヌスは民の分を超えてアンタール・フィリップ様に懐いていたかもしれませぬゆえ。それを許すガレアヌスでもありますまい」


 テカムセの口調には棘があった。セシエ公は苦い顔をした。ウルバヌスを重用しすぎるという批判があることは知っていた。宮中に出入りするときには必ずと言っていいほどウルバヌスを連れていたのだ。公直属の護衛の中でも、ウルバヌスがもっとも公の近くにいることが多かった。セシエ公の意志が絶対というのはセシエ公の家中では当然のことだったので、表だった批判にはなっていなかったが、おりのように特に公の側近たちの間に淀んでいた。近くにいるものほど、セシエ公に対する影響力が大きくなる、と側近達は考えていた。セシエ公の一番近くにいるものがマギオの民であるというのは、彼らにとって許容し難いことだった。

 セシエ公の力が大きくなればなるほど、側近たちの力も大きくなる。力を持てばそれを失うことを怖れるようになる。力を削られることさえ我慢できなくなる。そんな側近たちの思いが、自分の力を殺ぐようなことにならないよう気をつけねばなるまい。功を競うのはこちらで調整してやればよい。しかし寵を競うようになると放置はできない、先夜のファッロの態度には明らかにウルバヌスに対する嫉妬があった、テカムセもウルバヌスに好意を持っているわけではない、苦い表情の下でセシエ公はそんなことを考えていた。

 そんなセシエ公の思慮に気づかぬようにテカムセが訊いた。


「セルフィオーナ殿下にマギオの民の女を付けるのですか?」

「そうだ、ウルバヌスなら誰にも気づかれずに内宮に出入りすることができるが、他の者ではそうもいかぬ。外宮、内宮の内部に通じているマギオの民はウルバヌスだけだし、マギオの民以外の者では気づかれずに出入りすることは難しい。いくら近衛の兵が少なくなっているとはいってもな。今更ウルバヌス以外のマギオの民に宮城の中に詳しくなるようにしてやるつもりもない。ならばマギオの民の女を王女の侍女として付けるのがいい」

「マギオの民でなければならないのでしょうか?家中の中からでも条件に合う女は見つかると思いますが」

「どんな力業が必要になるか分からないからな。いざというときに城壁を乗り越えたり、近衛と戦ったりすることができる女が家中にいるかな?」


 セシエ公の口調に皮肉が混じった。


「そこまでお考えなら、何も申し上げることはございません」


 テカムセは丁寧に頭を下げた。


「どうやら都に長居しすぎたようだ。二、三日うちにはヴェルタエへ帰るぞ。その前にテセウスが適当な女を連れてくればよいが」

「そのようにテセウスに申しましょうか?」

「そうだな、あまり急がせてつまらぬ人選をされても困るが、あまりゆっくりされても困る。出発前に選ぶように申し伝えよ」


 テカムセはもう一度丁寧に頭を下げた。

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