第1話 アルヴォン飛脚 3章 襲撃 1
次の朝、ランはタギに肩をたたかれて目を覚ました。ぐっすりと眠り込んでしまったのはやはり疲れていたのだろう。
「もう朝なの?」
「まだ暗いけれどね。でももう支度をして。出発するから」
見るとタギはもうすっかり身支度をしていた。ランはあわてて跳ね起きた。
そっと戸を開けて部屋の外へ滑り出て、階段を下りた。自分が段を下りるとぎしぎしと音がするのに、先に下りるタギが全く音を立てないのにランは気づいた。階段の下に、ダロウとアリーが待っていた。タギが片手を上げて二人に話しかけた。
「悪いな、余分な仕事を頼んで」
「なに、特別料金をもらうのだからなんてことはない」
「そうさ、気にしないでいいよ。ほら今日の朝めしと、一食分の保存食」
アリーが袋を二つといっぱいに張った水筒をタギに渡した。
「きつく縛ってある方が保存食だからね」
「ありがとう、馬は?」
「裏につないである」
タギは頷いて裏口へ続く廊下を歩き出した。ついでのようにダロウに向かって、
「七号室の客だけど、目つきの鋭い若い男」
「夕べあんたを、いやそのお連れさんをかな?ちらちらと窺っていたやつだな。東から来たやつだ。あんたたちを追いかけてきたんだな」
「気が付いてたのか」
「あんなあからさまにやってたら、子供でも気がつくさ。で、あいつがどうしたんだ?」
「縛り上げて寝台に転がしてある。適当な時間にほどいてやって欲しいんだ」
ダロウがあきれたように肩をすくめた。タギが、自分の縄張りでそんなことをしていたなんて、全然気がつかなかった。
「いいだろう、いつ頃ほどいてやればいいんだ?」
「客が朝めしを食べ終わる頃かな。なかなか降りてこないから様子を見に行ったら縛られていたって筋書きでどうだ?」
「分かった。でもそんな時間だとあいつにまた追いかけられるんじゃないか?」
「ああそうなるだろう、でも今日中に片を付けたい。二日も三日も追い回されるなんてまっぴらだ」
「だがあいつ一人じゃないんだろう」
「アザニア亭にあいつの仲間が六、七人泊まっている」
「そう言えば昨日の朝も目つきの悪いのが十人ばかし、南にカンディア街道を下っていったな。同じような集団をいくつもアルヴォンの中に送り込んでいるのか。お連れさん、見かけによらず大物なのかな」
男達が秘密めいた話し方でこそこそ喋っているうちに裏口へ出た。まだ陽は昇っていなかったが、白み始めた空は夜明けの近いことを告げていた。裏口に一頭馬がつないであった。頑丈な体格をした山歩きに適した馬だった。騎士達が戦闘に使う馬に比べるとスマートさには欠けているが、荷物を背負って山道を行くにはぴったりの馬だった。タギが手綱をほどいている間に、アリーがランに袋を渡しながら話しかけた。
「ほら、これを持ってお行き。リンゴが入っているから」
「ありがとうございます。おばさま」
「いやだね。おばさまなんて柄じゃないよ。アリーと呼んどくれ」
「じゃあ、アリー、いろいろお世話になりました」
ランがリンゴの袋を受け取ってペコリと頭を下げた。
「機会があったらまた寄っておくれ、タギの知り合いならいつでも歓迎するから。タギはああ見えてもアルヴォン飛脚としてはぴかいちだから、安心して任せておけばいいよ」
「アルヴォン飛脚?」
初めて聞いた言葉だった。ランの表情を見てアリーが説明した。
「ああ、アルヴォンを行き来して手紙や荷物を届ける人間達のことさ。アルヴォンのことにも詳しいしね。勿論あたし
「ありがとう、アリー」
ランは腰をかがめたアリーにしがみついて、頬に唇を当てた。
「元気でね、お嬢ちゃん」
アリーの言葉をタギが聞きとがめた。
「お嬢ちゃん?アリーはランがお嬢ちゃんだと分かるのか?」
だって男物の服を持ってきたではないか。
「何言ってんだか、タギは。誰がどこから見てもお嬢ちゃんじゃないか。タギにはこの子のどこが男の子に見えるんだい?」
「ちゃ~」
タギは顔を片手で押さえて天を仰いだ。勘が悪いことおびただしい。
「あんたのことだから大丈夫だとは思うが、気を付けてな。手伝ってやりたいが、外の世界のごたごたに手を出してはいけないというのが、掟だからな。町中で騒ぎを起こしてくれれば別だが、そいつ等だってそんなことはしないだろうからな」
ダロウがタギの手を握ってもう一方の手でタギの肩を叩きながら、申し訳なさそうに言った。
「なに、相手の様子が分かっていれば、アルヴォンの中で
タギもダロウの手を握り返しながら答えた。
東の稜線に太陽が顔を出した。いきなり日差しが辺りを照らし、急激に明るくなった。タギは手綱を引いて、ランを促して門の方へ向かった。
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