第1話 アルヴォン飛脚 3章 襲撃 2

 夜明けとともに町の門が開けられる。しかし朝食も食べずに出発する人はほとんどいない。少々早く出ても二日分の行程を稼ぐのは難しいからだった。まして日の短い秋の終わりだった。タギ一人ならそれもできるし、これまでもよくやっていたことだったが、今回はそんな目的ではなく、追っ手を誰もいないところで片づけたいからだった。普通に出立する旅人達は今頃朝めしを食べているだろう。それから身支度をして出ても次の宿場町まで十分に間に合う。だからそういうつもりで動く人が多い。大勢で一緒に動いていれば様々な危険に合うことも少なくなる。自然に旅人たちはひとかたまりになる。町からどれくらい離れたところはどの時間に通る人が多いというのは、ほぼ決まっていた。タギ達が早く出発したことに気づいて、彼らが急いで後を追ってくれば、それを待ちうける場所に、普通の旅人達がいない時間を作り出すことができる。それがタギのもくろみだった。

 門を出るとタギは馬にまたがって、前にランを乗せた。頑丈な馬は二人分の体重を気にするでもなく、街道を歩き始めた。タギは巧みに手綱を使って、早足で馬を進めた。

 アザニア盆地から西ニア街道への口(くち)を過ぎて一刻も山道を馬で進んだあと、タギは馬を止めた。街道が左に大きく曲がるところで、右手の急峻な山肌と道との間にちょっとした広さの草むらがあり、まばらな木が生えていた。


「降りるよ」

 ランの両脇を抱えて下ろし、続いて自分も鞍から降りた。降りたところで立ったまま、アリーが用意してくれた朝食の袋を開けて中身を取りだした。ハムに火を通したものをキャベツの葉でくるんで堅焼きのパンの間にはさんである。水筒の中身は絞り立ての牛乳だった。手早くタギは腹ごしらえをした。


「こっちにおいで」


 まだ食べ終わっていないランの手を引いて、崖下へ連れて行った。タギが指さした。


「ここだ」 


 見ると丈の高い草に隠れて、崖下にくぼみがあった。人が一人入れるくらいの大きさで、草をかき分けないと見つからないくぼみだった。


「ここに隠れていて。もし私が戻ってこなくて、そこの道を十人ばかりの馬に乗った男達が通り過ぎたら、あとは自分で何とかするんだ。いいね?」


 ランが正面からタギを見上げた。心配そうな眼差しでタギに訴えた。


「タギ。無理はしないって言ったじゃない。このまま逃げるわけにはいかないの?」


 タギは首を振った。


「一日行程で次の宿場だからそこで追いつかれる。この次は今日のように出し抜くこともできないだろう。それなら自分のあつらえた舞台で迎え撃った方がいい。大丈夫、アリーの言ったようにアルヴォンについては私の方がよく知っている。滅多なことでは遅れは取らない」


 タギは笑って見せた。思いがけないほど無邪気な顔になる。ランもつられて笑った。ランは笑うとかえって大人びて見える。


「分かった、待っているわ」


 ランは答えた。・・・・でもタギが戻ってこなかったら、私もすぐに後を追うことになると思うわ。それでタギを巻き込んだことのつぐないになるとは思わないけれど。

 タギは荷物から粗い縄と細長い鉄の棒を何本か取りだした。縄は昨夜のうちに手に入れておいたものだ。鉄の棒は特殊な目的のためいつも身につけている。腰のナイフを確かめる。残りの荷物をランの側に置いて、馬を引いて少し道を戻った。

 馬を立木につないで待ち伏せに選んだのは、道が狭くなって馬が一頭やっと通れるくらいの道幅になっているところだった。道幅が狭いだけではなく、岩がむき出しになっていて滑りやすく、その上道そのものが左の崖に向かって傾斜していた。アルヴォンを知っている旅人なら、慎重に馬を下りて、徒歩で通るところだった。先ほどタギは無造作にランを前に乗せて騎乗のまま通り過ぎたが、普段ならタギでも馬を下りて通る。

 タギは右の山腹に生えている木の枝を撓めて下に引きずり下ろし、幹に縛り付けた。その枝にもう一本縄を結びつけて、その縄を道の上を通して、反対側の立木のちょうど肩の辺りの高さに結びつけた。道を横断した縄は長さに余裕があって、道路上でくねっていた。大人の握り拳くらいの大きさの石をいくつか拾い、木の陰に隠れた。

 待つほどのこともなく、蹄の音が聞こえてきた。何頭もの馬が山道を駆けるには非常識なほどの速度で走ってくる。

 先頭を走っている馬が見えた。乗っているのは昨夜アザニア亭で見た男達の一人だった。後ろに何頭もの馬が続いている。先頭の馬が道路上をくねっている縄を越えようとしたとき、タギは枝を撓めて固定している縄を切った。枝は跳ね上がって、縄がちょうどその上を通り過ぎようとした馬の首を引っかけた。いきなり下から首を強く跳ね上げられた馬は、びっくりして竿立ちになった。乗っていた男はひとたまりもなくもんどり打って落馬し、悲鳴を上げて崖下へ落ちていった。先頭の馬が急に立ち止まって竿立ちになったのに、後続の馬が止まれずにぶつかった。四頭の馬がぶつかってバランスを崩し、乗り手ごと崖下に向かって傾斜した岩の上を滑って落ちていった。馬の鳴き声と人の悲鳴が交錯した。続く五頭の馬は何とかぶつからずに止まることに成功し、騎乗している男達は素速く剣を抜いた。一人だけ鞍に結びつけた細い袋から、鉄砲を取り出そうとした。しかし、鉄砲に手をかける間もなく、男は両目の間に先を鋭くとがらせた鉄の棒を突き立てられた。そのままものも言わずに馬から転げ落ちた。

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