第7話 レリアンの市 6章 ヤードローの小屋で 5

「あのままでいいんですか?ウルバヌス様」

 レリアンへの道をたどりながら、そう訊いたのはベイツだった。

「あのままでってのはどういうことだ?」

「あの二人です。始末しなくていいのですか?我々のこれからの行動を知っているのですよ。セシエ公を襲った者がいることも」


 ベイツはヤードローの小屋が見えなくなったとき、引き返して様子を窺った方がいいとウルバヌスに言ったのだ。それをウルバヌスに止められた。今度そんなことをしたら助からないぞというのがウルバヌスの答えだった。タギが二度、三度見逃してくれるとはウルバヌスは考えなかった。そして、ベイツとタギの力の差を考えれば万に一つもベイツにチャンスはなかった。


「タギが今、我々の邪魔をするわけでもあるまい。あいつもあの大きな鳥を始末したがっているようだからな。それにあの鳥に乗っていたやつも」

「しかし・・」


 自分たちの動きを知られてはならない、自分たちの内情を知られてはならない、これはマギオの民が小さい頃からたたき込まれていることだった。その原則に従えばタギとヤードローを生かしておくわけにはいかなかった。単純にベイツはそう考えていた。ウルバヌスの考えは違った。物事に優先順位をつけて対処しなければならない立場になれば、それが当然だった。それにタギはあの武器とそれを使う“敵”について知っている。さきほどその一部をウルバヌス達に対して話したが、あれが全部だとはウルバヌスは思わなかった。もっと情報が必要だった。中途半端に情報を得ただけで貴重な情報源をつぶすわけにはいかなかった。


「今のところタギとは利害が一致しているようだ。当面放っておいてもいいだろう」


 ベイツは今、ウルバヌスの差し配を受けて動く立場だった。命令者のウルバヌスにこう言われてしまえば、それ以上の反論はできなかった。


「わかりました。ウルバヌス様がそう言われるなら。しかし、私がこういう意見具申をしたことは覚えていてください」

「あいつは手強い。昔からそうだったが、あのころよりもっと手強くなっているようだ。あいつを始末しようとしたら、我々にも相当の損害が出る。シス・ペイロスに入る前にそんなことはできない」


 ウルバヌスがベイツをなだめるように言った。ベイツとヤンをおとりに使えば、ウルバヌスならタギを倒すことが出来るかもしれない。しかし、二人とも使い捨てにするには惜しい腕を持つ民だった。不要不急と考えていることでそんなことはしたくなかった。


「あいつは、タギというのは何者なのです?ウルバヌス様はご存じのようですが」


 訊いたのはヤンだった。


「私もよく知っているわけではない。ずっと前、もう十年以上になるがちょっと接触があっただけだ。そのときから恐ろしいやつだと思っていたが、おまえ達をあれほど簡単に手玉に取るほどとは考えもしなかった」

「油断していただけです!そうでなければあんななめたまねはさせません!」


 ベイツが憤慨したように声を鋭くした。手合わせしてそれでも相手の技量を評価することができないのか、ウルバヌスのベイツに対する評価が少し下がった。使い捨てにしても惜しくはないかもしれない。


「私の剣を切りとばしたあいつの腕はすごいと思いました。アティウス様でもあんなことができるかどうか、ウルバヌス様はどう思います?」


 ヤンの声には賛嘆の響きがあった。まだ若いだけ、相手の腕を評価する柔軟さがあった。


「ベイツが油断していたにせよ、あれだけのことができる人間はそうはいない。先ほどもタギがヤンとベイツを殺そうと思えば簡単だった。それを昏倒させるだけで済ませてくれた。感謝してもいいくらいだぞ。利害が対立していないなら、今のところ触らぬ神にたたりなしだな」


 それがウルバヌスの結論だった。それよりも早急に考えなければならないことがあった。


「それよりシス・ペイロスに人を出さなければなるまい。さっきの情報を確認するのだ。いつにするかが問題なのだが」

「冬のシス・ペイロスに入れる人間はいません。蛮族どもでさえ冬の間は動き回ったりしませんから。春を待たなければなりますまい」


 オービ川沿いの地に長く暮らした経験のあるベイツが言った。


「確かにそれはそうなのだがな・・・」


 問題はガレアヌス・ハニバリウスがそう考えてくれるかどうかなのだ。こういう情報を得て、ウルバヌスだけの判断でことを決するわけにはいかなかった。そしてガレアヌスが決して気の長い方ではないことをウルバヌスはよく知っていた。雪解け直ぐか、ひょっとしたら雪解け間近にシス・ペイロスに入ることになるかもしれない。そして早急な結果を求められるだろう。それが好ましくない結果に結びつかなければ良いのだが。



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