第7話 レリアンの市 6章 ヤードローの小屋で 4
この前と違ってヤードローは散らかっているがらくたを手早く片づけて、タギの座る場所を作った。片付けると行っても物を乱暴に横に除けるだけだったが。
「手みやげだ」
タギが背に負った袋から酒瓶を出した。大麦から作った、度の強い蒸留酒だった。
「気が利くじゃないか」
ヤードローがうれしそうに酒瓶を手に取った。普段ヤードローが飲んでいる酒より上等の酒だった。扉の壊れた棚から縁の欠けたコップを二つ出して、散らかった机の上に置いた。酒瓶の封を切って二つのグラスに注ぎ、一口飲んだ。ため息をつきながら、
「悪くない酒だな」
「気に入ってくれればうれしいよ」
ヤードローはもう一口飲んだ。タギもグラスに口を付けた。ヤードローが話し始めた。
「あれから一度オービ川の向こうに行ってみたんだ。一日行程くらいしか奥に入れなかったがな」
「それで?」
「俺が会うことができたトゥーラン族もギガタエ族も大きな鳥のことは何も知らなかった。もっと奥地に行かなければならないようだ」
「キワバデス神のことはどうなんだ?本当にキワバデス神の神器がハンドレーザーにそっくりなら偶然とは思えないんだが」
「俺があれを見たのは十五年以上も前だ。神殿以外のところであんな物を見た覚えはないし、川向こうの奴らもそんな物は見たことがないと言ってたよ。鳥についても、俺が行商をしていた頃からあの変な鳥がいたとも思えないんだがな。俺たち行商人はけっこうあちこち出入りしていたし、いろいろ話を聞くことも多かったけど、あんな奴のことなんか聞いたことがない。だがシス・ペイロスの奥地のことは俺たちには分からない。俺たちが入り込めるところなんてしれてるからな」
その通りだった。例えば彼らが交易に使う砂金や銀、宝石の原石がどこで採れるのか知られてなかった。それを求めて奥地に入っていった者もいたが、手に入れて無事に戻ってきた者はいなかった。ヤードローがタギに訊いた。
「で、どうするんだ?」
「どうするって?」
「川向うに行くんだろ?特にキワバデス神殿に。おれがあの神器を見たところへ」
タギが二度、三度頷いた。
「そうだ、行かなければならない。どうしても確かめなければならない」
「あのマギオの民もそう思っているだろうぜ。今すぐにでも飛んで行きたそうな顔をしていたからな」
「・・・・・」
「今すぐは無理だな。キワバデス神への信仰が盛んなのはかなり奥地だ。うろうろしている間に冬だ。向こうの冬は中途半端なものじゃないからな」
タギの考えと同じだ。でも一応は訊いてみた。
「冬は無理か?」
ヤードローはにやりと笑った。
「マギオの民が冬にシス・ペイロスの奥地を歩きたいってんなら止めないがな。だが俺はごめんだ」
「雪解けまで待たなければならないってことだな」
「そうしな、雪が解けたら案内してやるよ」
タギがぽかんとヤードローを見つめた。
「案内してくれるのか?」
「そうだ、あんたは気に入った。腕っ節もたいしたものだし、気前もいい。案内料もはずんでくれそうだ」
タギは思わず立ち上がってヤードローの手を取った。
「ありがたい、それは助かる」
ヤードローはまたにやりと笑った。
「俺もあっちへ行くのは久しぶりだ。案内料ははずんでくれるんだろう?だがそれ以外にも物いりだぜ。必要なものは全部持って行かなければならないし、商売をしに来たふりをした方がいい。でないと余計な警戒をされる。それを考えると荷を運ぶ馬が一、二頭は必要だな」
「何を準備するんだ?」
「先ず食料だ。できるだけ多い方がいい。向こうで食い物を手に入れるのはかなり難しい。よそ者に分けることができるほどの食い物があるのは収穫の後だけだ。そのときでも手に入らないこともある。雪解け直ぐではまず食い物は手に入らない。こう言えばまあそれ以外に必要なものも分かるだろう?」
「どれくらいの期間がかかるんだ?」
「俺があれを見たキワバデス神殿までまっすぐ行けば川を渡ってから十五、六日、だから往復で三十日余り、ゆっくり商売しながら行けばもっと時間がかかる。それに行って帰ってくるだけじゃないんだろう?調べものにも日にちがかかるとしてまあ、二ヶ月かな」
「分かった。あんたの準備のために前払いをしておくよ」
タギは金貨を五枚取り出した。ヤードローはそれを手に取って眼を細めた。
「やっぱりあんたは気前がいい。商売用のものは俺が買っておくよ、あいつらの好みなんかも知ってるからな。それにあいつら相手の商売ってのは結構旨みがあるんだ」
ヤードローはうまそうに一杯目を飲み干した。
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