第18話 王都争乱 1章 セシエ公館襲撃 4

 小者がセシエ公の馬を引いてきた。いつもセシエ公が乗っているひときわ大きな馬だった。セシエ公は身軽に跳び乗ると、


「アリシア、私の前に乗るのだ」


 アリシアは少しためらった。騎乗するものが重くなれば馬の速度や走れる距離が落ちるかもしれない。そんなことになればセシエ公が逃げ切れない可能性が出てくる。私のために・・、躊躇っているアリシアに対して、


「その格好で一人で馬に乗るつもりか?」


 アリシアはくるぶしまでの長いスカートを穿いていた。馬に乗るのもそれほど得意ではなかった。


「この馬はお前が乗ったくらいではびくともせん!時間がもったいない、早く乗れ!」


 アリシアが逡巡している理由を悟ったセシエ公が、アリシアの手を取って自分の前に引っ張り上げた。


「王宮から私を討つために、カリキウス勢が来る!すぐにランドベリを脱出する、用意のできた者から続いてこい!」


 簡潔にそれだけを集まった直衛隊の兵達に向かって言うと、


「門を開け!」


 大きく開かれた門からセシエ公とアリシアの騎乗した馬、それを護衛する兵士達、マギオの民が走り出た。まだ直衛隊の全員はそろっていなかったが、次々に屋敷から飛び出してきて、後に続いた。

 夜のランドベリの町に入り乱れた蹄の音が響いた。あわただしく走り抜ける馬の蹄が石の舗道にたてる音は特に大きく響くような気がした。続いてばたばたとあわただしく兵士の群れが門から飛び出して行って、まだ全員が出きらないうちに、彼らは足を止めた。すぐ近くに彼らのものではない、蹄の音を聞いたのだ。直衛隊の全員が屋敷からでないうちにカリキウス勢が着いてしまった。ミランダがいくら近道をしたといっても、ミランダの報告を聞いてすぐに、セシエ公やセシエ公の家人達が着の身着のままで逃げ出せるわけではなかった。それなりの準備が必要で、時間もかかった。寝ているところを不意打ちされるよりはましだが、カリキウス勢に空振りさせるほどの時間的余裕ができたわけではなかった。


 屋敷から逃げ出そうとしているセシエ公の直衛隊を見て、カリキウス勢は驚愕していた。攻撃に気づかれぬうちに屋敷を包囲して、一気になだれ込むつもりだった。そのつもりで大きな音を立てる騎馬兵を少なくして歩兵を増やしていた。


「追え!」

「逃がすな!」


 逃げていくセシエ公の一行を見つけて、カリキウスの手勢が気勢を上げた。包囲戦のつもりが、思いもかけず追撃戦になってしまったが、見ればセシエ公の手勢は小勢だった。追いつきさえすれば殲滅することができる。

 セシエ公の直衛隊のうち、遅れて屋敷を飛び出してきたために、殿軍しんがりになった兵士達が踏みとどまった。先に屋敷を出たセシエ公がランドベリを脱出する時間を稼がなければならない。この場さえしのげば、セシエ公の力は遙かに大きい。逆に言えば、今セシエ公を討たなければ、カリキウス勢には勝ち目はなかった。両方とも必死の覚悟で市街戦が始まった。広い戦場ではなく、街路の戦いになったことがセシエ公の直衛隊に幸いした。広く展開できないために、人数に劣る直衛隊でも実際に武器をふるう最前線ではほぼ互角の戦力になったのだ。しかし次々に新手を繰り出せるカリキウス軍に対して、補充のきかないセシエ公の軍はやはり不利だった。一人、二人とそぎ落とされるように兵士が倒れるたびに、後退していった。


 後ろに戦いのどよめきを聞きながら、セシエ公は北門を目指して駈けた。セシエ公の屋敷を挟んで、王宮と反対側にある門でセシエ公の屋敷から一番近い門だった。周りを固めた直衛隊の兵士が十余、マギオの民が十弱という小勢だった。しかし直衛隊の全員が騎乗していたし、マギオの民は短い距離なら馬に劣らず速く走ることができた。


 厚い雲に覆われた空も、少しずつ明るさを加えていた。建物の輪郭がだんだんはっきり分かるようになってきたランドベリの街を、蹄の音と男達のおめき声があわただしく過ぎていった。その音に目覚めた街の人々は、身を固くして不安におののきながら騒音が遠ざかるのを祈っていた。殺気だった男達の叫び声も聞こえた。自分の家のすぐそばで戦いが行われ、気のたった負傷兵でも入ってこられたりしたらどんな目に逢うかわからない。


 北門が見える位置に来て、セシエ公の一行は足を止めた。すでに門はカリキウスの手勢で固められていた。彼らが近づいていくと、兵達は槍を前に突き出して、戦闘隊形をとった。赤々と燃やされているかがり火に、槍の穂先が光っていた。


「およそ三十か」

「はい」


 セシエ公のすぐ側にいた、直衛隊の士官の一人、ダキアヌスが答えた。

 セシエ公は付き従っている人数をざっと見渡した。武器は持っているが、武装は完全ではない者が多かった。鎧、兜類を全て身につける時間はなかったのだ。


「押し通るぞ!」


 セシエ公の言葉に全員が武器を持った右手をかざして応えた。


「おう!」







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