第15話 バルダッシュ攻防 2章 動員 3
ウルバヌスが言葉を続けた。
「アラクノイには・・、鉄砲で十分に対抗することができます。射程距離にまで近づくことができれば倒すことができます。バルダッシュの戦いでそれが証明されました。巨大獣、翼獣などは所詮はアラクノイの使役獣です。アラクノイを倒せば、騎士を失った騎馬のようなもので、自分の意志でそれ以上の戦いをするとは思えません。シス・ペイロスの野蛮人どもなど勘定に入れる必要もございません。肝心なことはアラクノイを倒すこと、そのためには何としても鉄砲の射程内に近づくことかと存じます。どうすれば射程内に近づけるかもファッロ殿の戦い方が教えてくれています」
「アラクノイの持つ光の矢を避けて射程距離に近づくためには、町の中で戦えと、そう言うのだな?」
「御意」
「馬鹿な!やつらがダラザ街道を来るなら、バルダッシュの次の町はランドベリだぞ!やつらをランディアナ王国の都に入れろと言うのか?」
サヴィニアーノが非難するようにウルバヌスに対して、きつい声を出した。
「いや」
ウルバヌスがサヴィニアーノに対して反論するより前に、セシエ公が口を挟んだ。
「やつらは今、バルダッシュにいる。そこから出る前に叩けばいい」
サヴィニアーノ、ザナガン、アグマッシュがびっくりしたようにセシエ公を見た。ウルバヌスが控えめに賛意を表した。
「その通りでございます。やつらは総勢三千人余りで、その中で戦闘員はせいぜい五百です。残りは略奪目的の烏合の衆です。アラクノイも二十匹いるかいないかで、いくら空から見張ることができるといっても、バルダッシュ全体を監視することなど不可能です。我々が市城壁を越えて行き来することも阻止できていません。サヴィニアーノ殿の手勢もバルダッシュに入ることは難しくはないと存じます」
ウルバヌスはシス・ペイロスの蛮人やアラクノイに占拠された後のバルダッシュに、マギオの民が出入りしていることを示唆した。ウルバヌスの言葉を聞いていたセシエ公がサヴィニアーノを振り返った。
「やつらがバルダッシュにいるうちに叩くのだ。できるだけ早くアペロニアとマンディブローから動員して、おまえの隊と合わせてバルダッシュを囲め。ウルバヌスの言うとおり、アラクノイを倒すのを優先しろ」
「はっ!」
セシエ公が決断すればその部下は従う。こうした会議に列席を許された者は身分、立場を問わずかなり自由な発言が許される。しかし、一旦公爵が決断すればそれに対してとやかく言うことは許さない。それがアンタール・フィリップ・セシエ公爵のやり方だった。
「ウルバヌス、どれほどの数のマギオの民を動員できる?」
「今の時点では、最大三百人ほどかと」
「三百か?少ないな」
セシエ公はマギオの民の本拠地を知っている。民の
ウルバヌスは頭を下げた。
「シス・ペイロスでかなり痛手を受けましたので、それも民の最良の部分に」
「三百でよい、動員できるだけの人数をバルダッシュへ行かせろ、サヴィニアーノの隊が町中に入るのを援助するのだ。それにおまえ達なら、より近くに、弓の射程に入ることもできるだろう。鉄砲が使えるなら与えてもよい」
マギオの民が鉄砲を持っていることを、ましてその鉄砲を改良していることを、マギオの民はまだセシエ公には告げていなかった。ガレアヌスもアティウスもそんなことは考えてもいない。ガレアヌスは何度かセシエ公に会ったことがあるが、アティウスは面識もない。ウルバヌスのように皮膚感覚として、セシエ公の恐ろしさを知っているわけではない。だからどこか高をくくったところがあるとウルバヌスからは見えていた。
このことを知ったときにセシエ公がどう反応するか、ウルバヌスは背筋がざわつくような不安を覚えていた。隠していることがどんどん増えていくようで、ウルバヌスは一見平静な表情の下で、悪寒を覚えていた。いま、マギオの民が隠していることがどれくらいあるかをセシエ公が知ったら、多分セシエ公はマギオの民の存在を許してはおくまい、とウルバヌスは思っていた。どんなことがあっても隠し通さなければならない。
「サヴィニアーノ、アペロニアとマンディブローに動員を掛ければ、おまえの隊と合わせると一万三千ほどになる。早く準備を整えて出発しろ。なんとしてもバルダッシュで食い止めるのだ。私も行く」
サヴィニアーノが姿勢を正して、セシエ公の命令を復唱した。セシエ公親征の戦いになる。それはサヴィニアーノにとっても決して失敗できないことを意味していた。ウルバヌスにとってはセシエ公の厳しい目の下での活動になる。しっぽを出さないようにするのにどれだけの注意を払わなければならないか、冷や汗の量が増えるような気がした。それでもアティウスとウルバヌスの目論見どおり、セシエ公がその全力を挙げてアラクノイと対決することになったのだから、ウルバヌスとしては満足すべき結果だった。
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