第15話 バルダッシュ攻防 3章 二回目の戦い 1
バルダッシュにいるフリンギテ族の間でも混乱が起こっていた。
略奪目当ての男女はバルダッシュの門前でかなりの数が殺されていたが、生き残った者にはそんなことは関係なかった。セシエ公の軍を追い出したバルダッシュの町は彼らにとって宝の山だった。住民はもちろん大事な物を持ち出していたが、すべての貴重品を持ち出せるはずなどなかった。貴族や商人の家などに入りこむだけで、いくらでも欲しい物が見つかった。彼らは飽きもせず次々にめぼしい家々を荒らし回っていた。袋や懐を大きくふくらませて彼らは手当たり次第に略奪していた。
戦闘員はもう少し秩序だった動きをしていたが、略奪に夢中になっていることには変わりなかった。命令する者がいて、命令に従う者がいるだけ略奪が組織だっていて、徹底的だったという点が気まぐれな略奪者と違う点だった。
一部のフリンギテ族の男女は、略奪物を満載した荷車を押してバルダッシュを出て行ったが、運びきれないほどのものを集めても略奪を止めない者の方が遙かに多かった。貴族や商人の館にあるものはどれもこれも、見れば欲しくなる物ばかりだった。
しかしフリンギテ族の幹部達にとっては、ことは略奪どころではなかった。アトーリを出るときには想像もしなかった、アラクノイと翼獣への被害が彼らの気を重くしていた。セシエ公が備えている鉄砲という武器を使っても、アラクノイとアラクノイが持つ武器 ―雷光―、そしてアラクノイの戦闘獣には歯が立たないはずだった。アラクノイと意思の疎通ができる神官達もアラクノイの意見としてそう言っていたし、アラクノイの雷光を見、戦闘獣の恐ろしさを知った幹部達の考えもそうだった。
ところが、アトーリを出てからここまでに、まだランディアナ王国の王都までかなりの距離を残しているにもかかわらず、既に二十体近くのアラクノイを失ってしまったのだ。フリンギテ族の眼からは無敵に見えた翼獣、巨大獣も無傷ではなかった。撃ち落とされた翼獣もいたし、巨大獣もその一匹は感覚柄を潰されていた。しかも翼獣を撃ち落としたのは『アラクノイ様の雷光』だという者までいた。
アラクノイの意見では(例によって神官の通訳を経なければならないだけもどかしさが残ったが)敵に『アラクノイ様の雷光』と同じ武器を使う者がいるということだった。ラスティーノで翼獣を撃ち落とした者もその武器を使っていたという。フリンギテ族の戦士達は必死になって『アラクノイ様の雷光』と同じ武器を使う敵を探し求めたが、その影さえ掴むことができなかった。そうこうしているうちにアラクノイと翼獣の被害ばかりが増えていった。戦闘員の死傷者がほとんどないこともあって、下級の兵や、略奪目的の男女は深刻には受け取っていなかったが、アラクノイや翼獣が歯が抜けるように欠けていくのはフリンギテ族の幹部達には悪夢のようだった。
これは幹部達にとっては大きな計算違いだった。アラクノイ様がその武器と戦闘獣とともに戦いの場に出てくれば、無人の野を行くように簡単にランドベリまででも行けるだろうと思っていた。そういう脅しを掛けて貢物を取り立ててもよかったし、ランドベリそのものを略奪してもよかった。貢ぎ物は毎年納めさせるのだと、甘い見通しを得意げにことさらな大声で話す者もいた。貧しいシス・ペイロスの、それも黒森の住民が人並みのものを手に入れる絶好の機会のはずだった。
その甘い見通しが間違っていたことを認めることはなかなかできなかった。幹部達の間でもう撤退するべきだという意見と、もっと進むべきだという意見の調整ができないまま日が過ぎた。おおむね戦闘に従事する者は撤退を主張し、神官達がランドベリへ進むことを主張した。戦いの中で失われたアラクノイ様や翼獣の償いをさせずに撤退するなどとんでもない、と言うのだ。そしてその議論に費やした時間が彼らの命取りになった。
フリンギテ族の幹部の心配が当たったことに気づくのに時間はかからなかった。一人で略奪に回っていた者、特に夜に一人になった者の死体が次の朝に見つかるという事態が続発した。略奪していた者だけではなく、戦闘員でもうっかり一人になると、短い時間でも背中に矢を突き立てられた。むろんバルダッシュに入り込んだマギオの民の仕業だった。
そうなるとバルダッシュはフリンギテ族のわずか五百人の戦闘員には広すぎた。彼らは元領主の館、セシエ公の支配下に入ってからは代官館兼行政府として使われていた、二重の城壁に囲まれた館に移り、その中だけを厳重に警戒するようになった。巨大獣を城壁のすぐ内側に立たせ、上空を翼獣に乗ったアラクノイが見張った。不寝番が場内を見回った。昼間でも代官館の外へは少なくとも小隊単位でなければ出なくなり、幹部が出るときには巨大獣が付くようになった。
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