第15話 バルダッシュ攻防 3章 二回目の戦い 2

残酷な表現があります。苦手な方はご注意ください。

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 略奪に来ていた男女は、四、五人かたまっていても襲われるようになって、次々にバルダッシュを出て行った。荷車をあるいは馬に引かせ、あるいは自分たちで引いて出て行ったが、無事にシス・ペイロスにたどり着いた者はいなかった。護衛もいない彼らを怖れる理由はなく、ランディアナ王国の人々は彼らを見つけ次第襲った。彼らを襲ったのは治安維持に当たっていた軍や役人ではなく、王国の普通の民衆だった。数に任せて打ちかかり、皆殺しにした。シス・ペイロスの蛮族の死体は衣服を剥がされて、木に吊るされ、戸板に打ち付けられ、あるいは路傍に並べられて晒された。人々はその死体につばを吐き、汚物をかけ、棒でつつき、一部を切り取り、思いつく限りの侮辱を加えた。彼らが持ち去ろうとしていた略奪品は王国の貧しい民衆にとっても魅力的な品々で、戦利品として分けられた。その噂が広がると、民衆は蛮族の脱出にますます目を光らせるようになり、武装してダラザ街道を見張るようになった。


 略奪目的で付いてきていたシス・ペイロスの人々が皆、バルダッシュをばらばらに脱出しようとしたわけではない。脱出の危険性に気づくほどの判断力を持った男女は、略奪品の大半をあきらめて、身につけて持てるものだけにして身軽になり、フリンギテ族の戦闘序列に加わった。そのため戦闘員は倍以上の千二百になったが、セシエ公が動員してくる兵の数に比べると問題にならない少数だった。

 シス・ペイロスに戻ることに決まったのはバルダッシュに入って十五日目だった。しかし、遅すぎたのだ。そのときにはもう、セシエ公の軍、一万三千がバルダッシュを取り囲んでいた。


 上空を旋回しながら警戒していた翼獣があわただしく舞い降りてきた。翼獣の背からアラクノイが飛び降りて、神官に対して大声でまくし立てた。聞いている神官の顔が青ざめるのがラビドブレスにも見えた。

 ラビドブレスの周りでは戦士達が忙しく引き上げの準備をしていた。荷をまとめ、武器を点検し、足回りを確かめていた。略奪品を厳選し、できるだけ身軽になろうとしていたが、中には弓を引くこともできないほどの大荷物を抱えている者もいた。そういった者を見つけると上級者が注意をし、荷物を減らそうとしたが、素直に言うことを聞かないものも多く、上級者とあちらこちらで口論していた。

 一通りアラクノイから話を聞くとその神官は駆け足でラビドブレスの所までやってきた。足がもつれて途中で倒れそうになり、やっと踏ん張って、走りにくい神官の服をたくし上げながら太った体で懸命に急いできた。顔が真っ赤になり、汗が浮いている。そり上げた頭から湯気が出ているようだった。ラビドブレスに報告する声が震えていた。


「ラビドブレス様、我々は囲まれてしまったようです」


 ラビドブレスは舌打ちしながら、その神官を見つめた。最も強硬にランドベリへの侵攻を主張した神官だった。だから早く撤退するべきだったのだ、と怒鳴りつけそうになるのを押さえて、ラビドブレスは聞きかえした。


「囲まれてしまったとはどういうことだ?」

「だから、この町の門の外にやつらの軍がいると言うのです。三つとも蟻のはい出る隙もないほどの人数が門の外に詰めていると、アラクノイ様はおっしゃってます」


 バルダッシュには門が三つある。ダラザ街道が町の北側に接するように走っているため、ダラザ街道沿いに東、北、西と町への出入り口が作ってあった。東門はフリンギテ族が侵攻したときに壊されていた。そのまま放置してあって、東側はもはや防壁としては役に立たなかった。


「東門だ、東門から脱出する。ヴゥドゥーを先頭に立てて、突破するのだ!アラクノイ様にムィゾーに乗っていただき、空からの援護をお願いする。皆を急がせろ!すぐに出発するぞ」


 ラビドブレスの言葉に周りにいたフリンギテ族の幹部達が硬い表情で頷き、散っていった。神官はおろおろと両手を上下させていた。敵の大軍を前にして、この先の方針について議論していたときの強気はすっかり失せていた。


「ラビドブレス殿!大丈夫でしょうか?敵は今までよりもずっと多いとアラクノイ様はおっしゃってます。ムィゾーの数も少なくなっておりますし・・」


 ラビドブレスの怒りが爆発した。


「だからさっさと撤退した方がいいと言ったではないか!それを承知しなかったのはおまえ達だぞ!いずれにせよ、アラクノイ様とヴゥドゥー、ムィゾーが頼りだ。しっかりと我が意志をアラクノイ様に伝えるのがおまえの役目だ。行け、おまえも先頭のヴゥドゥーの横に付いているのだ!」


 あわただしい撤退行が始まった。巨大獣を先頭に立て、翼獣に空から見張らせ、騎馬と徒歩の千二百人の戦闘部隊が、代官館の門を開いて町中に出てきた。戦闘部隊の中程に食料、水、武器、そして略奪品を山積みした馬車が数十台、戦闘員に守られるように連なっていた。




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