第18話 王都争乱 4章 カリキウス 2

「てっ・・抵抗して切られた者もおります!そ、それに若い女官の中には乱暴された者も!」


 悲鳴のように付け足す声もした。


「あの者共はいったい何なのですか!?内宮に土足で侵入して傍若無人な・・・」


 セルフィオーナ王女は痛ましそうな顔で、


「そう、大変だったわね。傷ついた者や、死んだ者は気の毒だったけれど・・・、でも狼藉者たちももう逃げだしていて、城内にはあまり残っていないわ。どうやらカリキウスが入り口を固めていてくれるから、ここは他より安全だと思うわ」


 まだ終わってはいない、情勢はいくらでも変わりうる。例えばカリキウスとその部下たちが牙をむけばここは最も危険な場所になる。そんなことを言って女官たちの不安をあおる気はなかったが。


「陛下は?母上はご無事なの?」


 王女の問いに、フェミエラが答えた。


「寝室の方においでです、カナエたちが寝室の入り口を固めております」


 カナエというのは王女付きの護衛だった。女騎士の中で腕の立つものを選んで女王の護衛につけてある。


「そう、ご無事なのね、良かったわ」


 本当に良かったのかどうか、セシエ公の出方次第だった。


「ご機嫌をうかがってくるわ」


 王女はサンディーヌにその場に残るように指示して、女王の寝室方へ向かった。


 近づいてくるセルフィオーナ王女を見て一瞬表情を硬くしたものの、カナエは黙って王女を女王の寝室に通した。フィオレンティーナ女王は最も身近に使える二人の女官をそばにおいて、茫然といった様子で座っていたが、王女を見て、喜色を浮かべて立ち上がった。


「セルフィオーナ!無事だったのか?」


 王女は足を引いて軽く頭を下げた。


「はい、陛下。おかげさまで」

「良かった、お前が無事で。外がどうなっているのか何もわからないものだから心配しておった。でもお前は外の様子を知っておるのか?」


 フィオレンティーナ女王の言葉には嘘はなさそうだった。こんな場面で、こんな表情でしらばっくれる器量のある人ではない。そうか、王女は今回の騒動について知らないのだ、ひょっとしてカリキウスのたくらみに加担しているのではと心配していたが。ただセシエ公がそれを信じてくれるかどうか、いやそれを信じたほうが良いと考えるかどうかは分からなかった。下手をするとカリキウスの一味とみなされて処分されてしまう。


「あまり詳しくは。カリキウスは何も言わないのですか?彼が一番外の様子に詳しいと思いますが」


 女王はちらっと入り口のドアの方を見た。


「手が離せないから待ってほしいと申すのだ。入り口を固めていないと不埒者が入ってくるかもしれないからと言うのだが・・・」


 女王の顔にはカリキウスに対する不信、不満が覗いていた。無理もない、不穏な情勢が始まって半日以上ここに閉じ込められているのだ。その間、きちんとした説明もなく放置されている。女王でなくても機嫌よくいられるわけもない。セルフィオーナ王女は多少の説明をすることにした。女王にやはり直接確かめておきたいこともある。


「私が聞いたのは・・・」


 女王と二人の女官、護衛の女騎士が一斉に王女の方を向いた。


「セシエ公の館が襲われたという話です」


 王女を囲んでいた人々が驚愕に顔をゆがめた。


「まさか!」

「そんな・・」


 その中でフィオレンティーナ女王の表情だけが異なっていた。


「それで、セシエ公は、アンタール・フィリップ・セシエ公爵はどうなったのじゃ?」


 王女に尋ねる声にもある種の期待が籠っているようだった。


「うまく王都の外へ逃げられたようです」

「そう・・・、そ、それは良かったのう」


 女王の声には明らかに失望の色があった。


「問題は、館を襲撃した者たちの中に、一部の近衛兵がいたらしいことです」


 王女の言葉は爆弾だった。近衛の鎧を着たままで内宮に入ってきた兵はいなかったから、女官達はそれに気づいていなかった。


「そっ、そんな馬鹿な・・・・」


 女王の声が途切れた。顔色が真っ青になって、唇がわなわなと震えている。女官達もぼう然としている。事態は彼女たちの想像を超えていた。


「本当に近衛が関与しているとすれば・・・」


 つぶやいたのはカナエだった。女王の護衛が任務の彼女たちも形式上近衛に属している。


「そんな馬鹿なことが!」


 叫んだのはカナエと一緒に護衛に当たっている女騎士だった


「でも、こんなことになっているのに近衛が誰も来ない」


 もう一人の女騎士が指摘した。


「こんなときこそ、近衛が陛下の護衛に当たらなければならないのに・・・」


 今頃そんなことに気がついたのか、というのがセルフィオーナ王女の感想だった。内宮にまで簡単に狼藉者が入り込んでいるのだ。近衛など何の役にも立ってないことで簡単に推測できるではないか。むしろ近衛がこの事態の一翼を担っていることも。


「わっ、妾は知らぬ、近衛など動かしてはおらぬ。セシエ公が襲われたなど、今知ったばかりじゃ!」


 フィオレンティーナ女王の声は悲鳴だった。そのまま床にくずおれるように座り込んだ。






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