第18話 王都争乱 4章 カリキウス 3

 セルフィオーナ王女が女王の側に膝を突いた。俯いた女王を真っ正面から見て、


「どうか落ち着いてください、陛下。“奥”も狼藉者に脅かされているのです。陛下が関与しておられたらあり得ないことではありませんか」


 女王が顔を上げてセルフィオーナ王女を見た。眼にいくらか生気が戻っている。


「そう、そうじゃの。妾が謀ったわけではないから妾も脅かされているのじゃ。そうセシエ公に言うことが出来るの」


 懸命に自分に言い聞かせている口調だった。


「そうです、陛下。この状況そのものが陛下の関与を否定しています。しばらくは不自由かもしれませんが、セシエ公はすぐにでも事態を収拾するために戻って参ります。それまでのご辛抱かと」


 女王が関与していないだろうことを、セルフィオーナ王女は確信した。セシエ公がどのように決着を付けるかはわからなかったが。しかし、カリキウスはどうするつもりだろう。彼が首謀者だということを王女は知っている。そしてそのことをミランダを通じてセシエ公に告げている。セシエ公の館を襲撃した彼の部下や近衛兵はもう大半の者が逃げ去っている。カリキウスにはもう組織的な抵抗をすることはできない。何人かは残ってカリキウスとともに“奥”の警備に当たっているが、体勢を立て直したセシエ公に一瞬といえども抵抗できるとは思えない。セシエ公の前でしらばっくれることが出来ると思っているのだろうか?


 女王は気疲れのせいかベッドに横になってしまった。側仕えの者以外が寝室にいるのは失礼になる。セルフィオーナ王女は三人の女騎士を促して寝室の外に出た。


「カナエ」


 セルフィオーナ王女が女騎士に声をかけた。三人の女騎士は立ち止まって、かしこまるように王女の前に整列した。


「なんでしょうか?」

「近衛の馬鹿どものことだけれど」


 襲撃に加わった近衛兵のことだ。


「気が付かなかったの?」


 セシエ公館の襲撃は昨日今日の思いつきではない、かなり前から周到に準備していたはずだ。王宮に詰める兵仲間としてその気配に気づかなかったのか?

 カナエは背筋をさらにぴんと伸ばした。


「はい、いいえ全く気づきませんでした。言い訳をさせていただきますと、我々女

王の護衛を役目としている女騎士と通常の近衛とはほとんど交流がありませんから。名目上は私たちも近衛に属していますが」

「そう」


 カナエはわずかに首をかしげた。王女は何を気にしているのだろう?そんなことは王女も知っているはずだ。


「セシエ公が戻られたら、多分近衛は粛正されるわ」


 カナエにとって思いがけない言葉だったのだろう。びっくりしたように目を見開いた。


「だって、殿下も『一部の近衛兵が』っておっしゃってたじゃないですか、襲撃に加わってない者も多かったんじゃないんですか?」


 若い女の地が出た口調だった。


「加わっていようがいまいがセシエ公には関係ないことよ。セシエ公が近衛をつぶすと決めたらいちいち区別しないと思うわ。だいたい近衛の存在自体、セシエ公が快く思ってないことはよく知られているわ」


 セシエ公の意向に逆らって設立したのだ。セシエ公は近衛の設立には目をつぶったが、人数を制限し、組織的な戦闘訓練をすることは許可しなかった。セシエ公の妥協もここまでだろう、こんなことが起これば良い機会として、近衛をつぶすだろうことは容易に想像できる。


「私たちも粛正されるとおっしゃるのですか?」

「可能性はあるのよ。だから忠告、絶対に逆らっては駄目、あなたたちはずっと陛下の側にいたのだから、襲撃に加わってなかったことはセシエ公にも分かると思うわ。頭を下げてセシエ公の怒りが通り過ぎるのをひたすら待つのね。あなたたちは所詮小物だから、見逃してもらえる可能性は十分にあると思うわ」


 女騎士たちは真っ青になった。唇を震わせて、


「に、逃げなきゃ・・」


 今にも駆け出しそうになるのを王女の一言が止めた。


「逃げるという選択もあるけれどあまりお勧めではないわね、セシエ公の手は長いし、いったん逃げて捕まったら問答無用で処刑されるわよ」


 それが、セシエ公館の襲撃には加わってなくても逃げ出した近衛兵たちの運命だった。女騎士たちは互いに顔を見合わせた。自分たちがどうするべきか直ぐには判断できなかった。彼女たちはセルフィオーナ王女の護衛についたこともある。だからこその王女からの忠告だった。それに従うかどうかまでは王女の知ったことではなかった。

 でも・・・、そもそも王族の処遇がどうなるのか、王女には確信がなかった。確かにカリキウスの襲撃をいち早く報せた。それをどう評価するかはセシエ公の考えに係っていった。セシエ公が新しいちょうを開くつもりなら、それを最も効果的に広める手段は旧王朝の王族の首を晒すことだろう。そう決めれば公はおそらく容赦などしないだろう。


―まるで綱渡りね―


 セルフィオーナ王女は首のあたりが急に冷たくなったような気がして、首をすくめた。





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