第18話 王都争乱 4章 カリキウス 4

 暗くなってから、カリキウスが食事を持ってきた。兵士の携帯食に近いものだった。保存がきくように固く焼しめたパン、チーズに干した肉、それに水だけだった。こんなものを女王に食べさせるのかというつぶやきが女官たちから漏れたが、今はこれが精いっぱいでございますとカリキウスに言われてしまえばそれ以上はどうしようもなかった。食べておかないと今度はいつ食べ物が手に入るかわからないと王女に言われて女官たちはしぶしぶその粗末な食事を手に取った。


 食事を“奥”のドアの傍において立ち去ろうとしたカリキウスをセルフィオーナ王女が呼び止めた。呼ばれて振り返ったカリキウスに、王女は少し離れたところで話をしたいと告げた。


「どういうつもりなの?」


 王女は単刀直入に切り出した。


「はい?」

「とぼけないで、セシエ公を襲って、それでどうするつもりだったの?」


 カリキウスが王女を見つめた。値踏みするようにじっと見つめた。


「私がセシエ公を襲わせたと、そうおっしゃるのですか?」

「そうよ」

「なぜそう思われるのかとお聞きしても?」

「違うの?」


 今度はずっと長くカリキウスは王女を見つめた。王女は恐れげもなく見つめ返した。長い沈黙の後、カリキウスは溜息を吐いて、


「王国の実権を握るためですよ。いまセシエ公を討てば私が王国を支配できる」

「嘘おっしゃい」


 王女はカリキウスの言い分を端的に切り捨てた。


「お前は王国を支配する準備なんかしていない。軍事力も足りないし、行政の要員もいない。貴族達に根回ししている様子もない。ただ単にアンタール・フィリップ様を討てればいいと考えているとしか思えない」


 カリキウスはびっくりしたように目を見開いて王女を見た。また長い沈黙があった。


「セルフィオーナ様、あの小さかったあなたがここまで成長されるとは・・・」


 感慨深げにセルフィオーナ王女を見つめて呟くカリキウスの言葉を王女が遮った。


「昔のことなどどうでもいいわ。私は明日からも生きていかなくてはならないの。そのためにはこのばかげた事態の原因を知っておく必要があるわ」


 王女とカリキウスは互いの顔をじっと見つめた。やがてカリキウスは心を決めたように、


「殿下、・・・・・・私がセシエ公を襲ったのは、このままではフィオレンティーナ様のお心が保たないと考えたからです。セシエ公の存在にフィオレンティーナ様のお心が蝕まれていく、・・そのようにお感じになったことはおありではない?」


 セシエ公の話題が出たときの女王の眼の片隅に見た狂気、それをセルフィオーナ王女は想い出していた。


「陛下の、お母様のためにやったと言いたいの?」

「いいえ、私のためです」

「お前の?」

「はい、お心が壊れていくフィオレンティーナ様を見たくはなかったのです。それが、それだけが理由です」


 カリキウスはまっすぐにセルフィオーナ王女を見つめながらそう言い切った。カリキウスの眼もまた狂気を宿していた。王女の目の前にいるのは50歳に手が届こうとしている男だった。次女として生まれ、当初は女王になるはずではなかったフィオレンティーナの幼少の頃に知り合ったという。フィオレンティーナが女王になることが決まる前はその配偶者候補でもあった。フィオレンティーナが女王になると、さすがに子爵では家格が低すぎたため候補から外れた。それでも領地の経営を弟に任せて王都に住み、妻も娶らずずっと女王の私的な補佐役として側にいた男だった。彼の心の中に何があるのだろうか?


「王国はまた、混乱に陥るわ、いまアンタール・フィリップ様を排除したら」

「まだいくつかの大貴族家が残っております。殿下のお父上の実家であるリウプラット辺境伯家をはじめとして。彼らが混乱を収拾してくれるでしょう」

「本当にそう思っているの?」

「はい」


 格の高い貴族家はいくつか残っていた。しかし当主は小者で到底セシエ公の代わりにはなりそうもない家ばかりだった。リウプラット家にしても家臣にそれなりの人物がいるから、多少の役割は果たせるだろう。しかし、結局はそこ止まりだった。陪臣では他家をまとめての指揮は執れないし、当主が凡庸なら、後ろから操るにしても限度がある。結局セシエ公が殺されたら、その部下の誰かが権力を握り、セシエ公の代わりに王国の支配権を握る可能性が高かった。あるいは隣国、―レグニア辺りだろうか―が侵攻してくる。そうなると王家の扱いはもっとひどくなる可能性の方が高いと王女は考えていた。カリキウスはそうは考えないのだろうか?


「もういいわ、お前の考えは分かった。でも直ぐにでもアンタール・フィリップ様は戻ってこられるわよ、軍勢を率いて。お前も身の振り方を考えた方が良いのではない?」


 カリキウスは少し頭を下げた。


「はい、私にも考えがございます。最良の結果は得られませんでしたが、なんとか残された可能性から最も望ましいものを得たいと存じております」


 カリキウスはきれいな動作でセルフィオーナ王女に挨拶して、くるりと背を向けて去って行った。


 次の日からちゃんと料理された食事が出るようになった。厨房の料理人、内宮の内、外を整える下男、下女が略奪、暴行にあう可能性が少なくなったせいで半数程度戻ってきたのだ。そのほとんどがセシエ公の息がかかった男女だった。セシエ公の筋からの命令で、単に内宮の用を足すばかりではなく王族やその取り巻きの女官達の監視も兼ねていた。略奪、暴行を働いた狼藉者たちはとっくにランドベリを逃げ出していたが、カリキウスは王宮に残っていた。狼藉者を“奥”に入れないために手伝わせていた部下は次の日のうちに逃がしていたが、自分は逃げる気はないようだった。





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