第15話 バルダッシュ攻防 3章 二回目の戦い 4
フリンギテ族、アラクノイ達がいる代官館までは北の門からが直線距離で一番近い。セシエ公は、一斉射撃の音が聞こえ続いて戦いの叫び声が聞こえ始めるとしばらくその方向に視線を向けていたが、すぐに馬を門内に乗り入れた。今度は側近達の言うことなど聞かなかった。ウルバヌスはセシエ公のすぐ後から馬を駆けさせた。青くなった十数人の男達を引き連れて、北の門から市の中心部に伸びる縦貫路を駆け、サヴィニアーノの隊が戦闘に加わったまさにそのときセシエ公も戦場に着いた。さすがに自分で巨大獣の側へ寄ろうとか、フリンギテ族を包囲している部隊に加わろうとはしなかったが、側近達から見ると危険なまでに巨大獣に近づいて、凶暴な前肢を振り回す巨大獣を見つめた。
「サルスティウス」
セシエ公は直衛隊の一人を振り返って言った。
「鉄砲を持ってこい」
「公爵様?」
「本当に鉄砲が効かぬものかどうか確かめてやる」
護衛達はそんな危ないことは止めてくださいと言いたかった。しかし一旦セシエ公が口にしたことを軽々しく翻すはずもないことを、彼らはよく知っていた。セシエ公とその護衛に続いて北の門から入って来た部隊からすぐに五丁の鉄砲が調達された。
セシエ公は騎乗のまま鉄砲を構えた。堂々とした、見事な構えだった。狙いを巨大獣の頸の付け根に合わせてゆっくりと引鉄をしぼった。乾いた銃声がした。男達の戦いのおめきの中でその銃声は目立たなかった。
巨大獣の頸の付け根で何かがはじけた。それは長い征旅の間に積もった埃であったかも知れないし、巨大獣の皮膚の一部であったかも知れない。弾が当たったことが応えた様子は全くなかった。わずかに剥がれた皮膚の下に黄色い脂肪層が見えていたが、相変わらず巨大獣は暴れ回るのを止めなかった。
「次!」
セシエ公は差し出された鉄砲で巨大獣の体のあちこちを撃ってみた。胴体の中央部、足の付け根、頸のもっと頭に近い方、一発の無駄もなくセシエ公の放った弾丸は巨大獣に命中したが、まるで岩の塊を撃っているような手応えだった。セシエ公は舌打ちをした。
「全く手応えがないな。本当に鉄砲では駄目なようだ」
周囲にいる直衛兵達も眼を見開いていた。唇を噛み、顔に冷や汗が浮いていた。いったいどうすればこんな怪物を倒すことができるのか、そもそもそんなことが可能なのか、彼らは恐怖にひしゃげそうになる心を懸命に奮い立たせていた。
いきなり巨大獣がセシエ公の方に向かって前肢を振った。前肢そのものはもちろんセシエ公までは届かなかったが、その先端から黒い鞭毛が飛び出してくるのをセシエ公は認めた。呆然と、自分たちに向かって伸びてくる鞭毛を見ていたセシエ公は、後ろから強く押されて馬の背に身を伏せた。ウルバヌスがセシエ公の背を押したのだ。その直後セシエ公の乗った馬が横にはじかれ、周りでいくつもの悲鳴が上がった。
セシエ公は倒れようとする馬から飛び降りた。さすがに上手く着地することはできず、背中から落ちた。
「うっ!」
背中を打った衝撃に胸の空気をはき出さされて、おもわず声を出した。
「大丈夫ですか?」
ウルバヌスが剣を構えセシエ公の横に身構えていた。セシエ公に声を掛けながらでも、視線は巨大獣の方に向いていた。首を振りながら上体を起こしたセシエ公の眼に、黒い紐がまた伸びてくるのが見えた。
「伏せろ!」
ウルバヌスは大声で叫んで、自らも地に伏せた。セシエ公もあわてて地面に倒れ込んだ。ウルバヌスの叫んだことを理解できないまま立っていた男達の悲鳴が続いた。十人近い男達が上半身をなくし、血をまき散らしながら倒れた。横に一振りした鞭毛が男達や馬の体を引き裂いていた。
「公爵様、離れてください!」
すぐに立ち上がって剣を構えなおしたウルバヌスが叫んだ。
「分かった」
セシエ公も今度は逆らわなかった。周りに、二回の攻撃でやられた二十人近い男達と、馬が倒れていた。セシエ公が乗っていた馬も頭を亡くし、切断面から大量の血液を流しながら横倒しになっていた。セシエ公がウルバヌスに押されて身を伏せなかったら、セシエ公も上半身をなくしていただろう。
セシエ公は立ち上がって駈け始めた。生き残っていた男達も後に続いた。ウルバヌスもセシエ公が駈け始めたことを確かめてから、巨大獣の方をちらちらと振り返りながら走り始めた。
足をもつれさせながら逃げていく男達の後ろから、また鞭毛が伸びてきた。セシエ公の後ろで悲鳴が上がった。セシエ公が振り返ると直衛の兵が体に巻き付いた鞭毛を必死に剥がそうとしていた。その兵士はあっという間に屋根より高く持ち上げられ、地面にたたきつけられた。
「公爵様、早く!」
ウルバヌスに言われてまた駈け始めたセシエ公に向かって、鞭毛が伸びた。鞭毛がセシエ公の足に巻き付いた。セシエ公が足を取られて倒れた。
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