第5話 アンタール・フィリップ・セシエ公爵 1章 謁見 1

 燦々と陽の降り注ぐ石の舗道を男は歩いていた。長い年月をかけて手入れされた見事な芝生と、きれいに刈り込まれた立木が涼しい風を送ってくる。各所に作られた花壇には季節に応じた色とりどりの花が妍を競っていた。温室で育てられた最盛期の花々がいつも花壇にあるように配慮されているのだ。

 男は長く伸ばした濃い金髪を頸の後ろで一つに束ね、背の中程まで届く短いケープ、身体にぴったり合った上着とズボンを身につけている。その服は濃い青を基調として、金と赤の筋で彩られている。ケープの留め金、装飾ボタンも宝石、貴金属を多用した豪華なもので、男性の服装としてはなかなか華麗なものだ。髪の毛よりも色の濃いひげに隠れて口元は見えない。眼は向かい合う人をたじろがせるほど鋭い光を湛えている。

 四十は過ぎていると思われるのに贅肉の付いていない見事な長身は、日頃の鍛錬を窺わせた。装飾過多と思われるほど宝石、金、銀を柄や鞘にちりばめた剣を、腰に吊っている。装飾はきらびやかでも鋭さについては十分に吟味した剣だった。

三人の男が供に付いていた。三人とも同じ濃い青を基調とした制服を着用して、腰に長剣を吊っていたが、先頭を歩く男に比べると簡素な服装だった。三人とも若く、男に負けないほどの長身だったが、全身から漂う威圧感、存在感には圧倒的な差があった。

 馬は中城壁の外に繋いである。今更そんな規則に従う必要もない立場だったが、律儀に規則を守るところがこの男にはあった。

 道に沿っていくつもの大小の建物が並んでいる。以前はランディアナ王国の政治の中心だった宮殿群だった。中城壁の門をくぐってこれらの宮殿のどこかに自分の場所を持ち、王国の運営に係わる役目に就くのが王国の貴族の大きな目的であった時代が過ぎて、もうずいぶんの時間が経っている。

 そんな時代には中城壁の中まで騎乗のまま入れるのは王族に限られていた。貴族たちは中城壁の外で馬を下り、徒歩で入らなければならなかった。馬を繋ぐ場所も決められており、それが中城壁正門に近いほど、権力に近いという構図を取っていた。王宮に伺候する貴族たちがその規則を無視し、騎乗のまま中城壁の中に入るようになっても、この男は宮殿に伺候し始めた時から必ず規則に従っていた。馬をつなぐ場所は中城壁正門のすぐ横に決めてはいたが。男が宮殿に伺候するようになって、中城壁の中まで馬を乗り入れる貴族はいなくなった。歩いていく男の側を騎乗のまま通るような勇気はなかったのだ。


 今は中城壁内の建物はほとんど使われていない。手入れだけは十分にされていたが、使用されない宮殿は、やはりどことなく荒廃の気配が漂っていた。正面の扉が開けられることは滅多になく、窓には重い緞帳がかかっている。


 男たちは外宮と呼ばれるかつての王国の頭脳部分を通り過ぎ、内城壁の門に着いた。鉄で補強した分厚い板の上に精密な浮き彫りが施してある。ランディアナ王国最盛期のイビニス二世の治世に作られた門だった。もう百五十年あまり、ランディアナ王国の最後の守りとしてそこに存在していた。しかしここまで敵に攻め込まれることなど考えたこともない、装飾用の門だった。

 一行が門の前に立つと特に合図もしないのに内側から門が開けられた。門を開けた門衛たちが男に丁寧に頭を下げる。門衛に混じって痩せて背の高い初老の男が立っていた。王宮の官服を一分の隙もなく着こなしている。


「お待ち申し上げておりました、アンタール・フィリップ・セシエ公爵様。陛下は奥でお待ちでございます」


 官服の男も丁寧に頭を下げて男に言った。


 セシエ公が真っ直ぐに男を見て、声を掛けた。感情などひとかけらも伺えない口調だった。


「出迎えご苦労だ、カリキウス。すぐにお目見えできるのかな?」

「はい」


 カリキウスと呼ばれた男の口調にもなんの感情もこもっていなかった。


 男は供の者に合図して、カリキウスの後について内城壁の中へ足を踏み入れた。供のうち一人だけが付いてきた。大きな荷物を抱えている。残りの二人は門衛たちと一緒にその場にとどまった。これも王国の古い慣習で、内城壁の中に入れるのは王族主催の舞踏会などという場合を除いては、王族とその召使い、特別の許しを得た大貴族と、王直属の官僚、そして貴族や官僚の供が一人だけということになっている。内城壁に入れない者たちのために彼らが待機する大きな建物が門の横に建っている。

 内城壁の門から一筋の広い道が巨大な宮殿の正面の扉に向かって続いている。道は赤みを帯びた大理石で敷き詰められ、芝生の緑と見事な対照をなしている。内宮はいくつもの塔や別棟を持った複雑な形をした広壮な建物で、扉は広い階段を十段上って入るようになっている。背の高い正面はその下三分の一が扉で占められている。扉のはるか上の方には大きなテラスが張り出しており、そのテラスのある部屋は数百人がゆったりと入れる大広間になっている。

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