第5話 アンタール・フィリップ・セシエ公爵 1章 謁見 2
セシエ公と供の男は、カリキウスに先導されて、見上げるほど背の高い扉をくぐって中に入った。扉は二重になっており、外扉と内扉の間も十分に広い。内扉は外扉ほどの高さはなかったが、厚い木の扉には複雑で優雅な形の金属の紋様が埋め込まれていた。内扉を入ったところは巨大なホールになっており、真正面にはかなりの距離を置いて、階上に行くための階段が見えた。ホールは色ガラスをふんだんに使った壁面から採光され、昼間は照明がなくても明るい。夜は、必要なときは壁や天井の掛け燭台、シャンデリアが惜しげもなく灯される。床の大理石は一点の曇りもないほどぴかぴかに磨き上げられていた。扉から階段まで複雑な紋様を織り込んだ豪華な幅広い絨毯が敷き詰められていた。この巨大なホールが人いきれでむんむんするほど大勢の人間で埋められたことも、昔はあったのだ。
正面の階段を二十段登ると、ちょっとした宴会ができそうなほど広い踊り場があって、そこで階段は左右に分かれて逆方向にさらに上に続いていた。
三人が踊り場まで上ったとき、左の階段を若い女が降りてきた。長い亜麻色の髪を結い上げもせずに無造作に背中に垂らし、白を基調にした軽やかなドレスを着ている。セシエ公を認めて軽く会釈をした。カリキウスは女に向かって深々とお辞儀をした。
セシエ公も頭を下げて挨拶した。
「これはセルフィオーナ殿下、お元気そうで何よりです」
セルフィオーナと呼ばれた若い女も-彼女はランディアナ王国の王女だったが-会釈を返した。軽く下げた頭を上げて、
「アンタール・フィリップ様にもお元気そうで何よりです。今日は母上にお会いになるためにおいでになったのですか?」
「はい、陛下に呼ばれまして参上致しました」
「そうですか、遠路はるばるご苦労様です」
セルフィオーナ王女はもう一度軽く会釈をすると、階段を下りていった。しとやかにしずしずとではなく、むしろ若い男性が歩いているような颯爽とした感じがあった。後にお供の侍女が二人付いている。二人ともセシエ公と、カリキウスに頭を下げると急いで王女の後を追って階段を下りていった。
「相変わらずご活発でいらっしゃるようだ」
セシエ公は苦笑混じりにカリキウスを見ながら言った。カリキウスはそれには直接返事をせず、軽く頷いただけであった。
カリキウスは踊り場から右の階段を登っていった。セシエ公と供の男もそれに続いた。普通の家なら四階分ほどもある高さまで階段が続いている。ホールの吹き抜け部分の天井はさらに上にある。階段を登り切った正面が外からテラスの見える広間になっている。その広間は階下の広間より少し小さいものの、格式は遙かに高かった。この広間で催される宴に呼ばれるのが限られた人間だけであった時代は、とっくに過ぎ去っていた。いまは宴を催すことさえなく、広間の扉は閉め切りになっていた。
三人は広間に背を向けて内宮殿の奥へと進んだ。
奥は王の執務エリアになっている。執務エリアには普通正面の扉からは入らない。横の通用口を、これも堂々とした入り口だったが、使うことが普通だった。セシエ公は公式の招待客として宮殿に入ったため、正面の扉を使ったのだ。かつてはランディアナ王国の重要な決定がすべてここでなされていた。その頃にはこの付近は大勢の官僚たちが行き来し、王国の重要な地位を占めている大貴族たちも忙しく動き回っていた。いまでも形式上王の印章が必要とされるときには、ここまで書類が上がってくる。
広い廊下に沿って王直属の官僚たちの執務室や大貴族の部屋が延々と並び、さらにその奥の廊下沿いにいくつもの控え室、応接室、謁見室があって、その一番奥に側近達の部屋と王の執務室がある。今は王の謁見を待つ人もなく、書類を抱えて忙しく行き来する官僚や貴族の姿もない。
カリキウスはセシエ公を一番奥の謁見室に案内した。濃淡の緑で統一された絨毯、調度、緞帳で飾られた、天井の高い広い部屋で、従前から最も重要な客を謁見した部屋であった。壁に歴代の王の肖像が飾られている。部屋の中に小太りの、豪華な官服を着た男が三人の男達を従えて待っていた。カリキウスはその男に会釈をしたが、セシエ公はちらっと目をやっただけですぐに正面、王の椅子のある方を向いて立った。背筋をぴんと伸ばして、昂然と頭を上げている。
セシエ公は身じろぎもせず立ったまま待っていた。周りの豪華な調度品にも、部屋の中にいる王宮の男達にも全く関心を示さない。後ろに供の男も同じように立っていた。カリキウスも官服の男達も黙って立っていた。互いに目を合わせることもしなかった。
しばらく待たされた後で、王の椅子の横にある扉が開いた。小姓に先導されて、今のランディアナ王国の君主、フィオレンティーナ女王が部屋へ入ってきた。立っているセシエ公にわずかに視線を投じた後、王の椅子に座った。背もたれの高い、上に天蓋の付いている、宝石や貴金属で装飾された椅子だった。王座のおいてある床はセシエ公たちが立っている床よりも五段、高くなっている。段を下りたところの右側には、立派な作りの大きな背の低いテーブルがでんと控えている。
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