第5話 アンタール・フィリップ・セシエ公爵 1章 謁見 3

「アンタール・フィリップ・セシエ公爵、ご足労でした」


 やや甲高い、人に命令することになれている声だった。セシエ公に全く親しみを感じていないことがその冷たい口調で分かった。


「陛下のご尊顔を拝し、恐悦至極に存じます」


 セシエ公も同じように、全く感情を込めず、慇懃に答礼した。女王が言葉を続けるより早くセシエ公の方が言葉を継いだ。女王の言葉の出鼻をくじき、しかも女王と、セシエ公以外の人間にはそう悟らせない絶妙のタイミングだった。


「本日はお召しによりまして参上致しましたが、陛下へのご報告と土産も持参させて頂きました。お気に召せば幸いでございます」


 セシエ公に合図されて、供の男が前へ進み出て、抱えてきた荷物を女王の前にあるテーブルに恭しく置いた。包みをほどいた下から出てきたのは、見事なガラス細工の大型の花瓶だった。複雑に紋様化された色とりどりの花模様が一面を飾っており、正面に三つの塔を持つ城がデザインされた紋章が描かれていた。


「それは・・・、カーナヴォン家の紋章ではありませんか。なぜそのような紋章の付いた花瓶をそなたが持ってくるのです?」


 女王の口調には明らかに自分の発言を封じたセシエ公に対するいらだたしさがあった。それをあからさまに出さないだけの分別は残っていたが。

 セシエ公は恭しく礼をした。


「カーナヴォン侯爵家はここしばらく王宮に伺候することもなく、臣下の礼を取ることも忘れておりました。王室を軽んじ、贅沢な暮らしをしながら貢納金さえ滞らせておりました。差し出がましいかとは存じますがわたくしが懲膺いたしました。そのしるしでございます。どうぞお納めください」


 セシエ公のいつもの遣り方だった。あくまでランディアナ王国の臣下として、王室の意向を受けて無礼を働いた者を討ち取るという形を繕っている。女王から見るとそらぞらしい限りだった。このようなものを持って来るというのはカーナヴォン侯爵家を、セシエ公が完全に下し、その領地を支配下に置いたことを示していた。

 しかしフィオレンティーナ女王は表情も変えなかった。カーナヴォン侯爵家とセシエ公が争っており、しかもその情勢が圧倒的にセシエ公に傾いていることは王家でも把握していることだった。公が元カーナヴォン侯爵領を支配下に置くのは時間の問題だった。こうもあからさまに示してくるのは予想外だったが。


「そうですか、それは重畳でした。いつもながらの働き、見事です」

「恐れ入ります。この後も陛下のお気を休めるために存分に働くでありましょう」


 口調は丁寧ながら、自分の遣り方には王家であっても口は出させないという意志をはっきりと示す態度であった。

 女王はしばらくセシエ公を見つめてから、元から部屋の中にいた官服の男を眼で促した。カーナヴォン侯爵との戦の話を聞くためにわざわざ呼んだのではない。男は―ランディアナ王国の宰相という立場だったが―重々しく口を開いた。


「公爵様、わざわざお越しいただいたのは、先般から要請しております関税の引き上げについて、是非とも色よい返事をいただきたいからです」


 時候の挨拶も、儀礼的な言葉の交換もなくいきなり用件に入った。以前はこんなことはなく、肝心の用件に入る前に長々としたやりとりがあったものだが、セシエ公がそういうことを嫌ったのだ。女王のそばに仕える者たちは眉をひそめたが、セシエ公は気にしなかった。公は単刀直入な言い方を好んだし、相手にもそれを要求した。そしてここを訪れる最も重要な客がセシエ公であるため、いつの間にかその流儀になってしまった。

 王宮のあるランドベリ市の港は王国一の港だった。この港の交易品にかかる関税は王室の収入になっていた。セシエ公が王室に残した数少ない利権の一つだった。前々から引き上げを要請していたが、セシエ公はいい返事をしていなかった。業を煮やした女王が直接、自分の面前で要請を繰り返すように設定したのだった。


「それにつきましては既にご返事申し上げたはずですが、ナザイス殿。ひょっとしてまだお手元に返書が着いていないのですかな?」

「いえ、返事は確かに承っておりますが、何とかもっと色よい返事にして頂きたいとお願いしているのです」

「ナザイス殿、返書を読まれたなら、そのようなことはできないこともお分かりかと存ずるが」

「セシエ公爵様、どうかご酌量願いたい。王室の入り用も年々増えておりまして、今の関税の入りではランド王室の体面さえ保てなくなる可能性があるのです」

「関税を上げれば、交易がオービノーやカマヴィーノに逃げるだけです。そのような試算もご報告申し上げているはずです。関税を上げたからといって王室の取り分が増えるということにはなりません」


 セシエ公の声は淡々としていたが、自分の主張を一歩も譲らないという意志がはっきりと出ていた。それでもナザイスは一応の反論を試みた。


「オービノーやカマヴィーノは王国のはずれです。港の設備もランドベリに比べると貧弱なものです。少々関税を上げたところで交易がランドベリから逃げ出すというのは考えにくいと思われますが・・・」


 オービノーもカマヴィーノもまだセシエ公の支配下に入ってなかった。だからそこに荷をあげても、王国の中でもっとも豊かで、当然消費力も大きい地域を占めているセシエ公の支配地に荷を持ってくるのはなかなか大変だった。そういうことを考慮すればナザイスの言うことの方が筋が通っているとも言えた。しかしそんな理屈と現時点での力関係は別物だった。


「私どもの試算を信用されないということですか?」

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