第4話 再会 4章 森の小屋で 1
タギは無造作に包帯をほどいた。左の袖が大きく裂けていた。袖にも血が付いている。タギはほどいた包帯をたたんで傷口に当てた。あごで藁の横に置いてある袋を指して、
「その袋の中に布が入っているから出して」
ランが袋の中を探ると底の方にたたんだ布があった。その布を取り出した。
「こっちへ持ってきて」
タギが布にナイフで切れ目を入れた。布の端をランに持たせて右手で布を裂いた。当てた布の上から丁寧に巻いていく。ランに手伝わせて、巻いた包帯をきつく絞めさせた。
「こっちの方はいいの?」
ランが手のひらに巻いた方の包帯を指さして訊いた。
「そっちは出血していない。ちょっと火傷しただけだから」
「火傷?」
火傷するような火なんかあったかしら?少し首をかしげて、そして気が付いた。私を城壁からおろすためのロープ!あのロープを左手だけで、手のひらを滑らせて操作したんだ!
「ごめんなさい、タギ。私のためにこんな怪我をして・・・」
我慢できなくてしゃくり上げた。タギが右手でランの肩を柔らかく叩いた。
「だから、本当にたいした傷じゃないんだから、心配しなくていい。すぐに治るよ。それよりお腹がすいてない?食べ物もあるよ」
ランは涙を右手の人差し指の甲ではじいて、
「私も、私もこの前のタギのことを思い出して、食べ物を持ってきたの」
自分の荷物をタギに見せた。タギがにっこり笑った。
「上出来だ」
パンとチーズと水だけの食事だったが、おいしかった。もう一度タギに会えて、ランにはダシュール子爵家で食べたどの食事よりもおいしかった。
「一年半ぶりだけど元気そうだね」
タギがあらためてランに言った。やっと普通の挨拶ができるくらいに落ち着いたのだ。
「一年七ヶ月ぶりよ。私ずいぶん大きくなったわ」
「うん、見違えたよ」
それに、きれいになった。以前に見られた幼さがもうなくなっている。前に会ったときから年齢に合わない毅然としたところのある少女だったが、その毅然さが身に合ってきている。
「タギは今、なにをしているの?まだアルヴォン飛脚をしているの?ニアがセシエ公に占領されたって聞いたけれど」
「ニアは通れなくなったけれど、ニアを迂回する道があるからね。まだ飛脚をしているよ」
ランは頷いた。アルヴォン飛脚以外のことをしているタギは想像できなかった。そして自分が知っているタギはアルヴォン飛脚のタギなのだ。他のことをしているタギは違う人かもしれない。その返事を聞いてランは何となく安心していた。
ニアを北に迂回する道を通ってアルヴォンを横断する連絡路は保たれている。ニア街道よりもっと細く、険しい道で馬を通すことはできず、人しか通れない。横断にかかる日数も三日は余分にかかるようになった。その道を使ってタギはまだアルヴォン飛脚をしている。それにニアから南カンディア街道を使っていた交易ができなくなり、タギが使っている馬でアルヴォンへ持ってくる荷物、あるいはアルヴォンから運び出す荷物はそれを細々と補っている。西ニア街道の途中までしか運べないが。しかし飛脚として運ぶのは手紙だけになった。それでもランディアナ王国の東西を結ぶ、セシエ公にとがめられない唯一の連絡路になってしまったこともあり、運ぶ手紙の数は増えている。
アザニア盆地はほぼ完全にセシエ公の支配下に入った。占領当初は東西のニア街道、カンディア街道以外にもある小さな口から、何回もアルヴォン同盟の部隊がアザニア盆地に侵入したが、サヴィニアーノはそれを一つ一つ丁寧につぶしていった。セシエ公のようなきらめきはなくてもサヴィニアーノは有能な指揮官だった。アルヴォンの山中にセシエ公の軍が入るとアルヴォン同盟に利があったが、アザニア盆地のような広いところではセシエ公の軍に利があった。結局どちらにも決め手がなく膠着状態に入ってしまった。互いにうかつに相手が地の利をもっているところへ入っていけなくなっていた。
蝋燭が燃え尽きようとしていた。炎が大きくなって、明るさが少し増した。そしてすぐに小屋の中が真っ暗になった。タギとランは藁を広げて横になった。
ランが目を覚ましたときはもうすっかり明るくなっていた。板壁の隙間から陽が差し込んでいる。横に寝ていたはずのタギはもう起きていた。ランが体を起こしたときに戸を開けてタギが入ってきた。軽くびっこを引いているのに気づいた。
「ラン、起きたの?裏に小川があるから顔が洗えるよ」
「タギ、足をどうかしたの?」
「うん?ああ、きのう城壁を飛び降りたときに少しひねったんだ」
「だって、昨日は平気で走ってたじゃない?」
「走っているときはそうでもなかったんだけどね、一晩寝たらかえって少し痛くなったみたいだ」
またランの眼に涙が盛り上がりそうになった。タギったら、私と会ってから怪我ばかりしている。ほんとに私は疫病神だわ。
「さあさあ、顔を洗っておいで、朝を食べたら出発しよう。フィグラトまでは結構あるし、セシエ公の占領地を避けていくとすれば、かなり大回りしなければならないからね」
「タギ、本当に大丈夫なの?」
「昨日からそればかり言ってるね。もう出血も止まっているし、火傷はたいしたことないから」
「足は?」
「ちょっと痛いけれどね、でも馬がいるから歩かなくて済むもの」
ランは外へ出て、小川で顔を洗った。昨日は暗くてよく見えなかったが、高い木が密生している森の中の小さな空き地だった。小屋は森番か、猟師のものだろう。馬が木につながれたまま周りの草を食んでいる。小屋のそばに薪用に切られた木が積み上げてあり、水瓶が置いてあった。小屋の中から煙が漂い出てきた。ランは思い切り伸びをした。町中とは違う空気がおいしかった。
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