第4話 再会 4章 森の小屋で 2
小屋の中ではタギが火をおこしてなべを掛けていた。スープの美味しそうなにおいが漂っていた。小屋の片隅に棚があってわずかな調理器具と食器が置いてあった。
「いいにおい!でもタギ、鍋や薪を勝手に使って怒られない?」
「誰に?」
「小屋の持ち主に」
「怒られないよ。私の小屋だもの」
「タギの小屋なの?」
「元はロッド爺さんの小屋だったけれどね。譲ってもらったんだ。時々息抜きに来るんだよ」
運ぶ手紙が十分に集まるまで時間が空くことがある。そんな時にここに来てのんびりすることが多い。
「ここで何をしているの?」
「特には何にも。ぼんやりしてたり、釣りをしたり。もう少し西に行くと小さな湖があって、結構大物が釣れたりするよ」
「ふ~ん」
「さっ、スープができたよ。食べよう」
食事の間、ランは考え込んでいた。上の空でパンをちぎり、スープを口に運んでいた。食べ終わると食器を洗うといって、からになった食器を持って出て行った。タギは荷物をまとめて出発の準備を始めた。
食器を洗ってランが戻ってきた。棚に戻してタギを振り返った。妙に硬い表情だった。
「ねえ、タギ。タギの足が治るまで、せめて痛みがよくなるまでここにいるわけにはいかない?急ぎの仕事があるの?仕事ができなくなってお金が入らないんだったら、今回は私がお金を持っているからそこから払うわ」
タギに口を挟む隙を与えず、そこまで一気に言ってタギを見つめた。目が光っている。
「急ぎの仕事があるわけではないけれど、でもランをフィグラトまで送るのが遅れるよ。叔母様が心配されるんじゃないかい?」
「そうかもしれないけれど、―でもそんなに心配されないと思うわ。叔父様はもう厩に馬が残っていないことを知っていて私に後の馬車でおいでって言われたのだもの」
追いつめられたら自分のことが第一になる。まして直接には血のつながりのない叔父だった。歩く以外に移動手段を持たないランがフィグラトに来なくても、オルシウス・ダシュールは不思議には思わないだろうし、ユーフェミア叔母も結局は納得するだろう。
「そう・・・」
タギはランを見つめた。ランが硬い表情のまま少し赤くなって俯いた。板壁の隙間を漏れてくる陽を受けて淡い金髪がきらきら光っている。
「二、三日かかるよ。いい?」
「はい!」
ランの顔がぱっと明るくなった。
その日タギとランは釣りに出かけた。西に一里ほど行ったところに周囲二里ほどの小さな湖がある。木々の間を抜けてきた光が帯をなして湖上を照らしている。風によるさざ波が小さな光の玉を湖上に散らしていた。
「きれいなところ!アペロニアにも似た湖があったわ。ラジメーノ湖っていうの。兄様たちがよく遠乗りに行かれたところよ。この湖はなんていう名なの?」
「小レノ湖っていうんだとロッド爺さんが言ってたな。この森はレノの森というし、三里ほど西に大レノ湖と呼ばれる湖があるからだろう」
小レノ湖に流れ込む小川の岸辺の石をひっくり返して、タギは捕まえた虫を針につけた。
「ほら、ラン。釣ってごらん」
釣り竿ごとランに渡して、タギは言った。ランはこわごわと釣り糸を湖に投げた。最初はうまくいかなかったが、何回か試みるうちに遠くへ投げることができるようになった。湖の岸で真剣な顔をして釣り竿の先を見つめているランの横で、タギは両手を組んで枕にして、仰向けに寝ころんだ。涼しい風が木立の間を抜けてくる。気持ちのいい日だった。ついうとうとしそうだった。
「きゃっ」
ランの楽しげな声が聞こえた。竿の先がしなっている。釣り糸が速い速度で湖の上を走っていた。タギは上体を起こしてにこにこしながら見ていた。
「とても強い引きだわ、手伝ってくれないの?」
「自分でやってごらん、大物みたいじゃないか。魚の動きに逆らわずに竿を動かすんだ」
「だって、釣りなんてはじめてなのよ。どうすればいいん・・・あっ!」
急に手応えがなくなったと思ったら、竿先が跳ね上がって釣り糸がたるんだ。
「逃げられ・・・ちゃった」
ランは残念そうに風に揺られている糸を眺めていた。
「残念だったね」
「手伝ってくれればいいのに、タギって意外に意地悪ね」
また虫を捕まえて、糸を垂らしたがその後は全く魚信がなくなった。
「さっきの魚が仲間たちに言っているのかしら?用心しろって」
「そうかもしれないね。よくあることだけど」
「でもこれじゃおかずが獲れないわ。タギ、交代しましょ」
「私がやっても同じじゃないかな。ランはここで釣りをしていなさい。私は私のやり方でおかずを獲ってくるから」
タギは立ち上がると餌用の虫を捕った小川に入っていった。膝くらいの深さのところまで入っていって、ナイフを抜いてそこに立った。
ランは竿の方を向いていなければならないことを忘れて、タギのすることを見ていた。あんなところに立って何をするつもりなのかしら?・・・えっ?ランの目には確かにタギがそこにいるのが見えるのに、―なんだか、まるで誰もいないみたい―、ランは目をこすった。
タギがすーっと身を沈めた。ランはほっとした。やっぱりタギはあそこにいるんだわ。
立ち上がったタギはナイフの先に魚を刺していた。
ほとんど同時にランは竿が引っ張られるのを感じた。
「タギ!こっちも。こっちもかかったわ!」
タギが素早く小川からあがってきて、ランの手に自分の手を添えた。そのまま竿を操った。魚の動きに合わせてしばらく竿を動かしていたが、魚が岸の方へ向かおうとした瞬間に強引に竿を引き上げた。日の光を鱗に反射させながら大きな魚が草の上で跳ねていた。
「二匹目だ」
「うん、二匹目」
タギとランは目を合わせて笑った。
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