第1話 アルヴォン飛脚 2章 ニアの街 3
タギは階段を下りて、夕食の支度に忙しいアリーを呼び出した。
「私の連れにちょうど合うくらいの服が欲しいんだけど。山人の子供の服がいい」
アリーが少し不審そうな表情を見せた。
「だって今はずいぶん上等の服を着てるじゃないか。暖かそうだし。わざわざ着替えなくてもいいと思うけど」
「ちょっと事情があるんだ。頼むよ」
ダロウもアリーも信頼できる人間たちだった。長いつきあいで気心も分かっていた。それ以上の詮索もせずアリーはタギの依頼を引き受けた。
「すぐいるのかい?」
「その方がありがたい」
「ちょっと待ってな。何とかしてみるよ」
アリーは手伝いの
「ほら、ちょうどあの子に合うくらいの大きさだと思うよ」
「ありがとう、だからアリーが好きなんだ」
「また調子のいいことを言って。あたしは亭主持ちなんだよ。三十年遅いよ」
「全くそれだけが残念だ」
ここへ来たときのいつもの軽口だった。
「すぐに晩めしだからね、かわいいお連れさんといっしょに降りといで」
もう泊まり客が七、八人食堂に座っていた。タギが眠り込んでいる間に着いた客達だった。いくつかのテーブルの上には酒瓶が立っていて、夕食前の一杯をやっていた。タギは食堂の客達をざっと、しかし何も見逃さない視線で観察した。いまところ追っ手らしい人間はいなかった。
荷物を抱えて階段を上って、部屋の戸をたたいた。
「ラン、私だ。戸を開けて」
すぐにランが戸を開けて顔を出した。タギはするりと部屋の中へ滑り込んだ。手に持った袋の中身を寝台の上に開けた。
「この服に着替えて。目立たない格好の方がいいから」
「私の服は目立つの?」
「ああ、上等すぎる。アルヴォンの山の中をそんな上等の服で歩く人は滅多にいない」
ランが頷いた。タギの言うとおりだ。
「分かったわ」
タギは部屋の外へ出た。しばらく外で待っているとランが戸を開けた。
「着替えたわ。どう?」
部屋に入ったタギの前でランは鮮やかなステップでくるっと回って見せた。
「ああ。それでいいよ。後は髪を帽子の中に隠して、顔を少し汚し気味にしているともっといいな」
「そうね。そうするわ」
顔をわざと汚すなんてしたことがなかった。でもタギがそう言うならその方がいいのだろう。ランは素直に頷いた。
「もうすぐ晩めしだそうだ。食べに行こう。アリーはいい料理人だから」
「はい。さっきの料理も本当においしかったわ。おなかもすいてたけれど」
タギとランは目立たない片隅で食事をした。しかしタギは、暖炉前のテーブルで一人で酒を飲みながら食事をしている男が、ちらちらとこちらを窺っているのに気づいていた。先ほどはいなかった、体格のいい目つきの鋭い若い男だった。明らかに戦いを生業としている雰囲気を身にまとっていた。
食事が終わって部屋に戻ると、タギは荷物の中から小さな蝋燭を取りだした。夜の間はこれが唯一の灯りになる。宿では灯りを用意しない。普段はタギも真っ暗な中で眠る。木でできた窓を下ろして、中からかんぬきをかけると部屋は暗くなった。蝋燭に火を付けながらタギはランに言った。
「用事ができたから少し出てくる。私がいない間、戸にかんぬきを下ろして、私以外の人には開けてはいけない。いいかい?」
「はい」
「合図を決めておこう。ノックを四回、一回とたたくから、トントントントン、トンとノックの音がしたら戸を開けて」
「はい」
何の用事だとはランは訊かなかった。自分がいる所為でタギに余分な仕事が増えた。それをいやな顔もせずしてくれている。それだけで十分だった。
タギは足音をさせずに歩くことができ、気配を消して動くことができる。下の食堂の人間達がこちらに注目していないのを見計らって、素速く階段を下り、その陰に身を潜めた。そうして気配を殺してしまうと、わざわざ階段の陰をのぞき込まない限り、タギがそこにいると気づくことのできる人間はまずいなかった。
待つほどのこともなく、先ほどタギ達の方を窺っていた男が立ち上がって入り口の方へ歩いていった。何気ない振りを装いながら、入り口のドアを開け、少し足下をふらつかせながら、外へ出て行った。他から見ると酔いを覚ましに行ったんだろうと思わせるつもりだったようだが、タギはその男が足下がふらつくほど酒を口にしていないのを知っていた。タギは階段の陰から滑り出て、そっとあとをつけた。
ニアには『二つの暖炉亭』以外にも三軒旅籠がある。男はそのうち一番大きい『アザニア亭』へ入っていった。タギもすぐあとから『アザニア亭』へ入った。アルヴォンの中の旅籠はどこもほぼ同じ作りになっている。大小はあるが入り口のドアを入ったところが広間兼食堂になっているのは同じだった。男は食堂を見回して、一つの大きなテーブルを囲んで酒を飲んでいる男達を見つけると、つかつかと近づいて、そのグループに加わった。
タギは入り口のドアに隠れて、手早くそのグループの男達を観察した。七人いる男達はいずれも若くて体格のいい、明らかに集団行動、特に戦闘集団としての訓練を受けていることが分かる男達だった。リーダーは一段とがっしりした体格の、髪を短く刈り上げた、うすい唇をした男で酷薄そうな表情を浮かべていた。短い時間観察するだけで、その男がこの集団の頭(あたま)であり、他の男達から一目置かれていることが分かった。
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