第13話 ダングランの戦い 1章 王都にて 3

 定期的な報告という言葉を何度も使っているが、王女は気にしないのだろうか?自分の生活の一部分とはいえ、セシエ公に知られてしまうのだが。


「姫様、それはいったい何をお望みなのでしょう?」


 ミランダにはセルフィオーナ王女の意図が分からなかった。セシエ公が近くランドベリに来るという話はセシエ公の館でも聞いてなかった。だから王女が自分を差し置いてそんなことを知っているはずはない。

 それに自分に対する王女の対応もある。セシエ公の手のものと分かっていて、自分を使うことにまったくためらいを見せなかった。身の回りや食事の世話を平気でさせている。ミランダの出自もある程度分かっているはずなのに、気にしている様子もなかった。マギオの民というのは、特に身分のある人々にとって決して気を許せる存在ではないはずなのだ。身分のある人で平気で自分たちに接する人なんて、これまでセシエ公しか知らなかった。マギオの民の女という色眼鏡で見ないセルフィオーナ王女に、いつの間にか好意を持っている自分にミランダは気づいていた。

 ミランダを見たセルフィオーナ王女の視線が強いものに変わっていた。


「ダングランに現れたという怪物について、セシエ公なら何かご存じでしょう。好奇心もあるけれど、それ以上に私は心配でならないの。そんな怪物が西に進んでここまで来たらどうしようかと。セシエ公には無理にでもランドベリに来ていただきたいと伝えなさい」


 ミランダは頷いた。ダングランに怪物が現れたという噂はランドベリで広がっていた。その多くは突拍子もない、荒唐無稽な想像の産物だったが、実際に怪物が現れたことをミランダはよく知っていた。人の想像力がふくらませた噂の怪物が実際とそれほど違わないことも。その噂のどれかが王女の耳に入ったのだろう。


「はい、かしこまりました。そういうことでしたらセシエ公の館へ行って参ります」

「よく私の希望を伝えておくれ。怪物のことがなくても、アンタール・フィリップ様にはもっと頻回にランドベリに来て欲しいと」


 王女の整った顔がわずかに赤らんだようだ、とミランダは思った。若くて無邪気そうな雰囲気を持っているくせに、めったに心の中を見せない王女の、心の動きが出ているのかも知れなかった。

 そこまで話したとき、サンディーヌが新しい茶器をもって部屋へ入ってきた。とたんにセルフィオーナ王女は口をつぐんで、今の今までミランダと話し込んでいたなどという気振も見せなかった。ミランダも当然のようにそしらぬ顔をした。

 セルフィオーナ王女はサンディーヌが注いだ茶を美味しそうに飲んだ。


「なじみのない味だけれど美味しいわね、明日からはこの茶も用意してちょうだい、サンディーヌ」


 サンディーヌは優雅に膝を折って承知したことを示した。


「サンディーヌ、ミランダには今日別の用事を言いつけたから、クルリエ侯爵の園遊会へはおまえが供をしてちょうだい」


 セルフィオーナ王女は口の周りをナプキンで拭いて、優雅に立ち上がって自室へ向かった。ナプキンに淡い紅の色が残った。サンディーヌがそのあとに続いて部屋を出て行き、ミランダは王女の朝食の後かたづけを始めた。





 アンタール・フィリップ・セシエ公爵はこのとき既にランドベリに来ていた。ウルバヌスからの報告を見て、ランドベリの館で詳しいことを聞くと決めたからだ。

館の奥の執務室に近い部屋でウルバヌスを引見した。テカムセ、ファッロ、そしてセシエ公がその親衛隊の一つの指揮を任せているラディエヌスが同席していた。ラディエヌスはセシエ公よりはかなり背の低い、しかしがっしりと鍛えた体をした、四十前後の男だった。マギオの民からはテセウスがウルバヌスの後ろに控えていた。セシエ公だけが両袖の付いた椅子に座り、他の男達は立っていた。

 セシエ公の目の前のテーブルに、アラクノイのレーザー銃、タギが切り落とした巨大獣の鞭毛が置いてあった。部屋にいる男達がちらちらとそれを見ていた。

ウルバヌスが黒森、シス・ペイロスでの件を語り終えたところだった。タギについては意図的に話の中から落としていた。またアティウスが同行していたことも言わなかった。鉄砲を使ったことも。アティウスとウルバヌスの意見はその点では一致していた。


「これが・・」


 セシエ公が目の前のレーザー銃に視線を落として言った。


「光の矢を撃つ鉄砲というわけか?」

「はい」

「どう使うのだ?」

 

セシエ公の質問にウルバヌスが困惑の表情を見せた。


「それが・・、我々がどのように操作してみても、使えません」


 実際、アティウスもウルバヌスもさんざんいじってみたのだ。円筒の、ガラスのようなものが付いている方が先端でそこから光の矢が出るのだろうということは、タギのハンドレーザーの使い方を見て見当が付いたが、どこをどう操作してみても光の矢は飛び出さなかった。二人以外のマギオの民がやってみても同じだった。


「ならば本物かどうか分かるものか!」


 ファッロが嘲るように言った。ラディエヌスもかすかに頷いた。ウルバヌスは表情も変えなかった。ウルバヌスの後ろでテセウスが表情を硬くした。みたこともない材質で作られた妙な形の武器だった。マギオの民のでっち上げというよりウルバヌスの言ったとおり、アラクノイの使うものと考えるのが自然だった。しかし、マギオの民の存在を素直に受け入れられないファッロにとっては、なにかけちをつけないではいられなかった。






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