第24話 シス・ペイロス遠征 4章 神殿崩落 2

 セシエ公の眼差しが鋭くなった。

「言葉だけで、はいそれでは降伏を受けいれよう、とはいかぬぞ」

「承知しております。どうかフリンギテの芽がもう一度芽吹くだけのものを残していただければ」

「シス・ペイロスに入ってから、巫女たち以外には抵抗らしい抵抗を受けなかった。あれはお前の指図か?」


キンゲトリックが頭を下げたままわずかに首を振った。


「平原の民には指図することが出来ません。無駄に死ぬ人間を出来るだけ少なくするために説得いたしました。公爵様に逆らうとシス・ペイロスは無人の地になると納得してくれました。平原の民も森の民も」


 ほうっと言うように改めてセシエ公がキンゲトリックを見直した。


「巫女たちにつきましては私の命令の権限が及びません。説得することは出来ませんでした。力で止めようにも私の部下達は巫女や神官に力を振るうのを嫌がりました。公爵様にはご迷惑だったかと、申し訳ありません」

「巫女たちは全員が死んだぞ。知っておるか」

「あの中には私の娘もおりました。雷光を撃てば死ぬと申して出て行きました。それ故止めきれませんでした。公爵様には申し訳ありませんが巫女たちには本望であったかと」

「雷光を撃てば死ぬことをお前は知っていたのか?カバイジオスは知らなかったようだぞ」

「神官と巫女とは以前から風通しが悪うございました。アラクノイが現れてからは特にそれがひどくなりました」


 セシエ公は話題を変えた。


「お前がフリンギテ族、ひいては黒森の住人達を代表すると考えて良いのだな?」

「そのようにお考えください」

「ふむ、フリンギテ族の集落はいくつあるのだ?」

「二十一ございます」

「それではその二十一の集落の集落長の首と」


 そこで言葉を切ってセシエ公はキンゲトリックを見た。キンゲトリックは頭も上げずに答えた。


「承知いたしました」

「それと私がなぜシス・ペイロスなどへ来たのか分かっておろう」

「アラクノイのことかと承知しております」

「そうだ。アラクノイを始末するために来た。お前たちに手伝わせるが、できるか?」

「既に始末いたしました」

「なに!?」


 セシエ公だけではなく、カバイジオスも反応した。視線がキンゲトリックに集中した。タギがびっくりしたような顔でキンゲトリックを見た。キンゲトリックはむしろ淡々と言葉を継いだ。


「アラクノイは我々の手で始末しました。我々に不幸しかもたらさなかった者共でございますればせめて我々の手で、と存じました」


 カバイジオスが激高して叫んだ。


「アッ、アラクノイ様を、殺したと、言うのか!?」


 キンゲトリックはカバイジオスの言葉を無視した。顔を上げて、後ろの神殿に視線を移した。


「神殿の中に安置しております。さすがに地面に転がしておくのは・・・・」

「見せてもらおうか」

「はい」


 キンゲトリックが立ち上がった。案内するように神殿の中へ入っていった。セシエ公も続こうとしてタギを振り返った。


「タギ、中に誰かいるか?」

「キンゲトリック以外の人間はいません。生きたアラクノイもいません」


 しばらく一緒に行動しているうちに、セシエ公はタギの遠隔からの探知能力を知り、その正確さを信用するようになっていた。


「私が先に入ります」


 タギがキンゲトリックに続いて神殿に入った。外の明るさに比べると中は薄暗い。その薄暗さの中でタギは神殿の中を見渡した。誰も居ない。タギの合図を受けてセシエ公の一行が神殿の中に入ってきた。

 キンゲトリックは真ん中の尖塔の神体―燃え続ける火―の前で待っていた。神体の前に設置された棚、花を飾ったり、貢ぎ物を置いたりする棚の上にアラクノイの死体が横たえてあった。それを目にしたカバイジオスがふらふらとアラクノイの死体に近づいた。棚の前に膝をついた。膝の上に手を置いた。両肩が震えている。


「フ、フリンギテの、者が、アラクノイ様を、手に、かけるなんて・・・・」


 カバイジオスは泣いていた。

 セシエ公、セルフィオーナ王女、その護衛たちが横たわったアラクノイを並んでみていた。タギの腕を後ろからとる者がいた。ランだった。


「これがアラクノイなの?」


 タギが振り返って答えた。


「ランは初めて見るのだったのかな?そう、こいつがアラクノイだ」

「最後の?」

「うん、最後のアラクノイだ」

「もう追いかけなくてすむのね?タギも落ち着けるのね?」

「そう、アラクノイを追いかけるのはもう終わりだね」


 タギの腕をとっているランの手に力が加わった。もう離さないとでも言うように自分の胸に押しつけた。




「呪われろ!何もかも呪われてしまえ!」


 突然カバイジオスが立ち上がり、叫んだ。


 叫び声は神殿の中にわんわんと反響した。その叫びに呼応するように神体の火がいきなり大きくなった。ごうっという音を立てて天井まで届くと、しばらくその大きさで燃え続けて、元の大きさまで小さくなった。周りに居た人々はその眩しさと熱さに手を目の前に持ってきて遮るか、あるいは一瞬目をつぶった。







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