第24話 シス・ペイロス遠征 4章 神殿崩落 1

「キワバデス神とのつながりが切れたと言っていたな。どういうことか分かるか?タギ」

「正確には分かりません。しかしシス・ペイロスで作られたアラクノイが私のいた世界に来ていました。キワバデス神というのは、その眷属に異なる世界を渡らせる力を持っているのかもしれません。おそらくキワバデス神自身もそうなのでしょう。異なる世界を渡っているうちに遠くへ行きすぎることもあるでしょうし、元の世界に戻れなくなることもあるかもしれません。また異世界を渡ることができる力を持つものがキワバデスだけとは限りません。ほかにそんな存在がいれば対立することがあるかもしれません」


 ひょっとしたら自分たちが“敵”と戦っていたのは、自分たちの世界のそういう存在がキワバデスと対立していたからかもしれない。そういう存在から助けてもらった覚えは一切ないが。


「訳の分からん話だ。仮定に仮定を重ねている」

「はい。すべては想像に過ぎません。しかし、アラクノイは確かに存在します。不倶戴天の敵として。今はどうやって殺すかを考えるべきかと」

「確かにその通りだ」


 セシエ公とタギは眼前に黒くうずくまる森に目をやった。この奥にまだ“敵”が残っている。いろいろ考えるのはその敵を倒してからのことだ。




 この戦いでセシエ公軍の死者は四十二名、百名を超える負傷者が出ていた。その死者のうちマギオの民は九名でファルキウスが無駄に動いたための死者が大半だった。

 次の日、閉じ込められていた幕舎の中でシュラシアが死んでいるのが見つかった。何もかも抜け落ちてしまった、そんな死に顔だった。セシエ公は死んだ巫女たちを埋葬させた。敵ではあったが己の義に殉じた者として丁重に扱うように部下に命じた。巫女たちが身につけていた服も装身具も略奪されることなく、そのまま埋葬された。レーザー銃は戦利品としてセシエ公の前に並べられた。




 死者と負傷者を後送し、追加の補給物資を受け取ってセシエ公軍は黒森の中に入っていった。森の中の道は細く、足下も悪かった。マギオの民が先導し、伏兵や罠の有無を調べながらの行軍はなかなか速度が上がらなかった。細長い列になったセシエ公軍は横からの不意打ちに弱いことは誰にでもわかり不安を持たれたが、黒森の住民一人も見ることはなかった。腑抜けた様な顔になって、質問には素直に答えるようになったカバイジオスとヤードローの情報で、進路沿いのいくつかの集落が捜索されたが、どの集落もからだった。

 あまりの手応えのなさにセシエ公軍にだれたような雰囲気が漂い始めた五日目の昼頃、アトーリの町の壁が見えた。さすがに緊張感を取り戻してセシエ公軍は壁の外側に布陣した。


「門は大きく開け放たれております。見える範囲には人っ子一人いません」


 先行していたマギオの民が先遣を任されたサヴィニアーノに報告した。


「町の中を調べろ。建物の中に誰か潜んでないか、罠が仕掛けられてないか、十分に調べるのだ。ヤードロー、お前も一緒に行け」


「おう、任せてもらいましょう。この町はよく知ってますんで」


 サヴィニアーノの命令をテセウスが受けた。ファルキウスとウルバヌスがいなくなった後、マギオの民の指揮はテセウスが執っていた。


「居住区には伏兵も罠もありません。町は空っぽです。ただ神殿の入り口に男が一人立っております」


 マギオの民とヤードローの報告だった。それを聞いてセシエ公は軍を町に入れることにした。町に入ってサヴィニアーノの手勢にはさらに念入りな捜索を命じ、セシエ公と直衛隊はまっすぐに神殿の方へ進んだ。セルフィオーナ王女の一行も、黒森に入ってからはセシエ公と一緒に動いていたので、それに付いてきた。神殿にある程度近づくとタギが気配に気づいた。見知っている気配だった。


「キンゲトリック」


 小さな声だったがセシエ公に聞こえた。


「キンゲトリック?」


 タギが答えた。


「フリンギテ族のクルディウム集落の集落長です」

「ほう、それなりの地位にいる男か?」

「アトーリをまとめていたラビドブレスがバルダッシュで死にましたから、たぶん今のフリンギテ族の長になるかと思います」

「ほう、なるほど」

「おそらく何らかの交渉をしたいのでしょう」

「降伏か?」

「多分」

「いいだろう、交渉したいことがあるならさっさと済ましてしまおう」


 キンゲトリックは神殿の入り口に一人で立っていた。鎧も着けず、無腰だった。顔見知りのタギとヤードローを見ても表情を変えなかった。騎乗のまま近づいてくるセシエ公を恐れ気もなく見上げ、抜き身の武器を突きつけてくる直衛隊の塀に囲まれながら、目の前にセシエ公が来ると両膝をついて頭を下げた。セシエ公が一歩前に出て、


「名を聞こうか」

「フリンギテ族、クルディウム集落の長、キンゲトリックと申します」


 頭を下げたままキンゲトリックが答えた。タギからの情報の通りだったことを確かめて、


「それで、お前はなぜここにいる?」

「勝者の慈悲を請うために」

「降伏するというのか?」

「はい、降伏いたします。どうか寛大なご処置を」

「言葉だけで、はいそれでは降伏を受けいれよう、とはいかぬぞ」

「承知しております。どうかフリンギテの芽がもう一度芽吹くだけのものを残していただければ」















  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る