第18話 王都争乱 1章 セシエ公館襲撃 2

 ミランダは立ち上がって、ドアの外へ滑り出た。廊下は一定の距離を置いて配置してある掛燭のためにかろうじて足下が見える程度の明るさがある。マギオの民であるミランダには十分な明るさだった。続いて王女もドアの外へ出てきた。音がしないようにそっとドアを閉めてミランダに近づいてきた。周りの様子がよく分かっているとしか思えない身のこなしだった。暗がりの中にたたずむミランダをまっすぐに見つめてわずかに頷いた。行けということだと了解して、ミランダは王女に背を向けて廊下を走り出した。廊下にまで厚く敷かれた絨毯の上を、ミランダは足音をたてずに走った。

 内宮には正面玄関の他にも、いくつか通用口がある。夜は中から鍵がかけられて通れなくなるが、ミランダはそのうちの二、三の通用口の合い鍵を作っていた。ミランダは取りあえず一番近い通用口に向かって走った。人が減らされて、昼間でも閑散としている内宮の中が何となくざわついているのをミランダは感じた。もう一つ角を曲がると通用口というところで止まって、そっと様子を窺った。角を曲がって十ヴィドゥー先の、普段は鍵がかけられるだけで見張りもいない通用口に、武装した兵士が一人、立っていた。それだけでもいつもと違う状況が在ることをミランダに教えていた。

 兵士が他の方向を向いた隙に、ミランダは掛燭の蝋燭に素早く近づいて吹き消した。いきなり真っ暗になって、きょろきょろと首を動かしている兵士の背後から手を回して口を押さえ、のどを掻き切った。ざっと血しぶきの飛ぶ音がして、兵士の体がくたっと崩れた。合い鍵を出して通用口を開け、ミランダは内宮の外へ出た。


 半分雲に隠れた半月があたりをわずかに照らしていた。厚い雲が夜空の三分の二以上を覆っている。マギオの民が働くのに誂えたような夜だった。常人の目にはまずとらえられない姿なりをしていながら、ミランダは用心深く闇を拾って、内城壁まで全力で走った。何度も同じことをしたことがあるなめらかな動きだった。かがり火をたき、見張りの立っている門から離れたところで内城壁の基部にとりついた。鉤付きの細引きを城壁に投げ上げて引っかけ、するすると壁の上まで上った。身軽に内城壁を滑り降りて、同じように外宮の建物群の間を走り抜けた。今はほとんど使われていない建物群は、灯りもなく、黒々と闇の中にうずくまっていた。人に見られる恐れが殆どないだけ、ミランダの行動は大胆だった。

 しかし中城壁正門に近づいて、ミランダは思わず足を止めた。中城壁正門は大きく開け放たれ、その周りにいくつものかがり火をたき、正門の外に多数の武装兵がいるのが見えた。ミランダは武装兵たちから目を離さず、門からかなり離れたところで中城壁に近づいた。同じように細引きを伝って中城壁に上る。中城壁の上に身を伏せて様子を窺った。中城壁の外側の広場に武装した兵が整列していた。

 赤を基調とした派手な鎧を着ているのは近衛兵だ。三百というセルフィオーナ王女の見当は正しい、とミランダは思った。中隊が二つという兵数だった。そろいの袖章をつけているから、近衛全体からバラバラに集まったものではなく、まとまった隊として普段から行動しているのだろうと、ミランダは見当をつけた。近衛兵の他に、地味ながら十分に実用的な皮鎧を着た兵士が四百、これがカリキウスの手の者だろう。セルフィオーナ王女の言ったとおりの数だった。ミランダは今更ながら首をかしげた。兵の数を正確に見極めるにはかなりの訓練がいる。一体王女はどこでそんなことができるようになったのだろう。


 武装兵達の前に立ってカリキウスが檄を飛ばしていた。


「今こそ王国の宿痾を取り除くべき時が・・・・陛下の御心を安んじ奉るために・。・・・諸君には十分な報償が・・・。セシエ公の首を取った者には特別な・・・」


 痩せた長身に見事な鎧を着たカリキウスの声が風の向きによって切れ切れに聞こえた。普段のカリキウスからは想像できないほど力強い声だった。ミランダは思わず唇をかんだ。カリキウスの城内屋敷を見張るように言われていても、その理由は教えられていなかったし、尋ねることもしなかった。上の命令があればそのまま従うのがマギオの民のやり方だったからだ。自分で判断はしない。自分の行動の評価もしない。命じられたことを命じられたとおりに果たし、得た情報もそのまま上に伝える。そうすればたとえ任務の途中で捕らえられるようなことがあっても、相手に渡す情報は少ない。それが今回は逆の眼に出た。詳細な情報を与えられていなかったから、続けて見張れという命令がないとカリキウスから注意がそれてしまう。ミランダが直接見張っていれば、もっと早くに変異に気づいて行動していたはずだった。



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