第6話 暗殺未遂 3章 セシエ公の館 3

 二日後セシエ公はランドベリを離れた。セシエ公の領地の中心をなす町、ヴェルタエに戻るつもりだった。護衛は三十人に増やされていた。マギオの民が五人入り、公の前後左右を固めていた。護衛以外の従者、荷馬車を走らせる家人を含めて百人ほどの一行になっていた。マギオの民以外の護衛は鞍に鉄砲を手挟んでいた。


 出立する前の日に、テセウスがセルフィオーナ王女の侍女に送り込む女を連れてきた。女にしては背の高い、黒い髪をした女だった。


「ミランダと申します」


 女は申し分ないやり方で丁寧に辞儀をし、挨拶をした。若い女にしては目つきが鋭すぎたが、自己紹介の挨拶が済むとその鋭さを見事に隠してみせた。身のこなしの隙のなさもうまく隠した。


「セルフィオーナ様の侍女として王宮へあがってもらう。殿下のご用事を果たしながら、私と殿下の間の連絡役を務めるのだ」

「承知しております」


 セシエ公はミランダと名乗った女が気に入った。動作にメリハリがあったし、余計な言葉を言わなかった。期待通りの働きをしてくれそうだった。推薦の手紙を書き、テカムセに命じて王宮に上げ王女付きにするよう手配してから、公はランドベリを出発したのだ。

 ランドベリとヴェルタエを結ぶランダン街道は王国を横断するファビア街道に比べると短いが、王国の主要街道の一つだった。ランドベリに揚陸された交易品はランダン街道を通ってヴェルタエに運ばれ、ヴェルタエからファビア街道を通って王国中に、正確に言うとセシエ公の支配下にある王国中に運ばれて行く。セシエ公の手によってランダン街道もファビア街道も拡張整備され、宿場町も整えられ、人と物の動きが格段に便利になっていた。

 セシエ公の一行がランダン街道をたどる間にも、絶え間なくランドベリへ向かう人々や、荷を載せた馬車とすれ違った。セシエ公の一行とすれ違うとき、人々は足を止め、騎乗している人間は馬から下りて敬意を表したが、従前の王族や大貴族が要求したような道ばたに控えての土下座まではしなかった。これはセシエ公が王族ではないということもあったが、セシエ公の気質にも依った。今のセシエ公は王族に等しい権力を持っており、公が要求すれば人々は従うだろう。しかしそんなことをさせて人や物の流れを滞らせるより、略礼で済ませることのほうを公は好んだ。

 セシエ公の一行も、かつての王族や、大貴族の移動に比べると簡素なものだった。人数も百人程度だったし、荷も少ない。先夜の襲撃の所為で護衛の数が増えてなければもっと簡素なものになっていただろう。五百人もの人数をそろえ、膨大な量の荷を持ち、重々しく行列を進め、通り過ぎるまで人々に土下座をさせておくなどという趣味はセシエ公にはなかった。

 街道の周囲には見渡す限りの、春蒔き小麦の刈り入れが終わった沃野が広がっている。ランディアナ王国の穀倉、グルザール平原の一部だった。広大な穀倉地帯、各地を結ぶ街道網、そこを庶民は徒歩で、裕福な人々は馬車で、騎士は騎乗して街道を忙しげに行き交っていた。人だけではなく荷を満載した馬車も多かった。どれも王国の繁栄の象徴だった。ランド王家の支配力が弱まると、各地に貴族・豪族たちが割拠してその富を奪い合った。そして今はその王国の半分をセシエ公が支配している。王国中央部の最も豊かで、人口も多い地帯だった。セシエ公爵家の昔からの領地はそのほぼ中央にあり、現在の支配地は以前に比べると二十倍以上に拡大していた。

 二十年前、アンタール・フィリップがセシエ公爵家の跡目争いに端を発する長い内紛を治めてセシエ公の地位に着いたとき、さすがの沃野にも荒廃の気配が忍び寄っていた。いくら豊かな土地でもそれを手入れする人々の意欲が落ちてしまえば、豊作は期待できない。領内を整え、領民の暮らしを立て直し、セシエ公爵家を完全に支配するまでにまた長い時間が掛かった。

 公爵家を完全に支配してしまえば、それは王国内でも指折りの大家だった。しかし公は、いくら大家であっても公爵家の支配だけで満足する人間ではなかった。その後すぐに周囲の公国を支配下に治め始めてから、公の勢いはとどまるところを知らなかった。

 支配地に網の目のような官僚組織を作り、治安を維持し、税を徴収している。一定以上の地位にある官僚はセシエ公の直属であり、公の意向一つで任地を変えることができる。地方組織の枠を越えてなされる事業は、公直轄の本部組織が取り仕切った。本部と地方組織、地方組織相互間での人事交流をセシエ公は盛んに行っている。軍と文官の間の交流も多く、公に眼をかけられる部下であるためには、多方面の才能を要求された。

 セシエ公は王国を支配するつもりだった。これまでのように各地に貴族が領地をもち、その頂点に王家が君臨する体制ではなく、すべての権力を中央に集める体制にするつもりだった。そのためにはまだまだやるべきことは多く、人材も不足していた。

 周囲に広がる沃野を見ながら、セシエ公はこの先の戦略を考えながらヴェルタエを目指していた。

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