第7話 レリアンの市 1章 東ニア街道 2

 横を歩いているランがぶるっと体を震わせたのにタギは気づいた。風がもうずいぶん寒くなっていた。東ニア街道の方が西ニア街道よりも寒く雪も早い。レリアンに着いたらあと一回アルヴォンに入るのがせいぜいだろう。整備の悪い裏街道はニアを通る道より早く通れなくなる。


「寒いのか?」

「うん、少し。風よけのガントもいないし」


 馬はニアを迂回する裏道を通れない。カディスに預けてある。ランは山馬(?)のガントが好きだった。一緒にいるときはいつもランが世話をした。頑丈さが取り柄のガントにはアペル城やダシュール子爵家で見た馬のようなスマートさはかけらもなかったが、性質が素直で、重い荷物をのせて律儀にとことこ歩いたし、足場の悪い山道でのバランスの取り方が上手かった。

 タギがランの肩を抱いて自分の体で風よけになってやった。ランは首を曲げてタギを見上げて少し笑い、それから自分の肩に回されたタギの手を強く握った。温かい手だった。


「ランは寒さに弱いな」

「タギが強すぎるのよ。アペロニアは決して暖かいところじゃなかったもの。冬は三ヶ月近く雪に閉ざされるのよ。私だって雪の中を転げ回って遊んでいたわ。私が寒さに弱いってことはないと思うわ」


 タギは軽く首を傾げた。自分が寒さに強いか弱いかあまり考えたことがなかった。ランがそう言うならそうなのだろう。


「アルヴォンももうすぐ雪だ」


 重い雲がかかっている空を見上げながら言った。


「そうね」

「あと一回レリアンからネッセラルへたどれば今年は終わりだろう」

「ネッセラルで冬ごもり?」

「多分ね」

「レノの森へまた行きたいわ。あまり雪も深くないってタギは言ってたわね」

「小屋はすきま風だらけだよ」

「だから私、そんなに寒さに弱い訳じゃないの。それくらい平気だわ」


 あそこももうすぐセシエ公の支配下にはいるだろう。タギにはどうということもないだろうが、セシエ公の配下にランを見知っているものがいるかもしれない。アペロニアからもセシエ公の軍に男達が動員されている。新しい支配者に忠誠を誓った者も多いだろう。そんな男がランを見かけたらランに危険が及ぶかもしれない。レノの森や小レノ湖に行くのは、セシエ公の勢力があそこまで伸びてくる前の最後の機会になるかもしれない。


「そうだね、ネッセラルへ行ったらそうしよう」


 ランがうれしそうに笑った。

 道は下りにかかっていた。レリアンまであと少しだった。落ち葉が道を覆っていて、うかつに足を乗せると滑った。タギもランも慎重に足を運んでいた。タギは落ち葉を踏んでも足音をたてなかった。ランもほとんど音をたてなかった。タギに気配の消し方を教わり始めてから、ランの上達はタギを驚かせていた。市での仲間達よりも才能があるかもしれない、タギは本気でそう思っていた。

 木の間越しにレリアンの町が見えてきた。町のほぼ真ん中に背の高い塔が見える。遠くからでも見えるため町の目印になっている塔で、レリアーノ伯爵の屋敷の見張り塔だった。

 レリアンは王国の東北のはずれの町だった。もう少し東へ行けば国境の大河、オービ川があった。レリアンの東、あるいは北にも人は住んでいたが、小さな集落を作っているに過ぎなかった。それらの集落もレリアンを含めてレリアーノ伯爵の領地だった。


 タギとランがレリアンの門をくぐったのは、秋の短い日もまだ明るいうちだった。門をくぐると門の内側の環状路を右に曲がって、三百ヴィドゥーほど歩いたところにある、サナンヴィー商会のレリアン支店に向かった。支店に着くと同じように裏口へ回った。

 裏口から入った土間で仁王立ちになって大勢の人間達に指図している男を認めてタギは声をかけた。


「ダーノンさん」


 ダーノンと呼ばれた男は首を回してタギを見た。口ひげを蓄えた五十すぎの中肉中背の男だった。細い眼のせいでなにを考えているか表情からは読み取れなかった。


「タギか?」


 タギは軽く頭を下げ、背に負った荷物を台の上に置いた。荷の中から大量の手紙を取りだして並べ始めた。


「サンザ」


 ダーノンに呼ばれて、若い背の高い痩せた男がそれまでしていた荷造りの手を休めて近づいてきた。長い手足をもてあましているような歩き方だった。


「やあタギ、ランも元気そうだね」


 男は愛想よくランとタギに挨拶した。タギは眼で頷き、ランはペコリと頭を下げた。サンザはタギから証書を受け取ってタギが並べた手紙との照合を始めた。慎重な手つきで一通一通確かめ、同じ手順でもう一度確かめてから、ダーノンに向かっていった。


「証書通りです。でも十三日かかっています」

「十三日か?タギの足でそんなに掛かったのか?」

「寒くなって足場が悪くなっているからね」


 タギはアルヴォンの山中で外科医のまねごとをしていることなどおくびにも出さなかった。裏道をたどるようになってから、十三日というのは他の飛脚がかけるのと同じくらいの時間だった。格別に遅いわけではない。それでもサナンヴィー商会が契約している飛脚の中にはもっと早い者もいて、タギも余計な荷物-ランのことだ-がなければもっと早くできるはずだというのがダーノンの考えだった。サンザの報告を受けて、ダーノンがサインをした紙をタギに渡した。このあたりの手続きはネッセラルと変わらなかった。


「もう一回ネッセラルへ行けるだろう?手紙もかなり集まっているし」


 サンザがタギに訊いた。


「そのつもりだが」

「二日後に来て欲しい。今年の最後の便になる」

「分かった」


 表の事務所で会計係から清算金を受け取って商会を出た。

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