第8話 蛮地へ 1章 ヤードローとラン 1
タギが初めてランをヤードローの小屋へ連れて行って紹介したとき、ヤードローはかんかんになって怒った。タギがシス・ペイロスを甘く見て、ふざけていると思ったのだ。
「おまえなーっ!こんなちっこいガキをシス・ペイロスへ連れて行く気か?どんだけの距離を歩かなきゃならんと思っているんだ?こんな華奢な足で歩けるとでも思ってるのか?おまえはもっとわけの分かるやつだと思ってたのに!物見遊山じゃねえんだぞ!こんなガキ連れでいける所じゃねえんだぞ!いったい何を考えてんだ!ふざけんな!」
顔を真っ赤にして怒るヤードローは体が大きい分だけ迫力があった。ランはびっくりしてタギの後ろへ隠れ、タギはヤードローが怒鳴り疲れるのを待った。タギが怒鳴られても神妙にならず、いくらかにやにやしていたこともヤードローの怒りに油を注いだ。
怒鳴りたいだけ怒鳴るとやっとヤードローはのどをぜいぜいさせながら黙った。
「いいたいことはそれだけか?」
タギがそう訊くと、ヤードローはものすごい目つきでタギをねめつけた。
「ランは連れて行く。そう決めたんだ。それにランの足なら心配いらない。私についてアルヴォンを歩き通せる足だから」
信用できるものかと言いたそうにヤードローはランを見た。ランはタギの陰から出てきてぺこりとお辞儀をした。帽子からはみ出した髪がふわりと動いた。それを見ながらタギがヤードローに言った。
「信用できないなら試してみるか?」
「どういうことだ?」
「この森の中を歩いてみればいい。一日でも、二日でも。ランはちゃんとあんたの後を付いて歩けるよ」
起伏が少ないぶん、アルヴォンを歩くより楽かも知れない。ランがもう一度ぺこりと頭を下げて言った。
「大丈夫です。歩くのには自信があります。タギほど速くは歩けないけれど、十日でも十五日でも歩き続けることはできます」
ヤードローがランを睨みつけた。何を生意気なことを言っているんだとばかりに怒鳴りつけた。思わずランが首をすくめたほどの大声だった。
「ようし、じゃあ付いて来い。その荷物を背負ったままでな。シス・ペイロスに行くんならじぶんの荷物くらい持って貰わなきゃならんからな!」
そう言い放つとヤードローは小屋のテラスを飛び出し、後も見ずにずんずんと森の奥へ入っていった。ランとタギは顔を見合わせたが、タギが小さく頷くとランはヤードローの後を追って、森の中へ入っていった。ランの後からタギが続いた。
森の中にはろくな道がない。かろうじて人が踏み分けたと分かる道をヤードローは後も見ずに進んだ。日陰にはまだ雪が積もっていたし、陽の当たるところでも足下は融けた雪でぬかるんでいた。特に歩きにくい所を選んで半刻も連れ回せば
ところが後ろを振り向くと、そこにランとタギが立っていた。ランはさすがに少し頬を紅潮させ息を弾ませていたが、タギは平気な顔だった。付いてきているとは思わなかった。振り返りはしなかったが、付いてきている足音がほとんど聞こえなかったからだ。大口を叩いた割にだらしがない。やはり
ちょっとびっくりして、ランを見直す気にもなったが、タギがまたにやにやしているのがかちんと来た。憤然としてまた歩き始めた。今度は少しスピードを緩めて、後ろの気配に気を付けながら歩いた。足音は聞こえなかった。タギの足音も、ランの足音も。木の枝をかき分けて進むと、その後には同じように木の枝をかき分ける音が聞こえた。それでまだ付いてきていることが分かった。最後に小川をばしゃばしゃと渡ってまた振り向いた。
雪解け水で増水している小川は冷たかった。
振り向くと丁度小川の向こう岸にランが来たところだった。すぐにタギが追いついてきた。ランは迷わず小川に足を踏み入れ膝の上まで水につかって渡ってきた。
「わあー、冷たい」
渡り終わると、ランは靴を脱いで、さらに靴下を脱いだ。靴下を固く絞った。タギは少し下がると助走を付けて小川を飛び越えた。巾が五ヴィドゥーはある小川をタギは軽々と飛び越えた。ヤードローは目を丸くしてそれを見ていた。ランが冷たい小川を歩いて渡ることを一瞬も
タギがランから靴下を受け取ってもう一度絞った。ランも力一杯絞ったつもりだったが、タギが絞るとさらにかなりの量の水がしたたり落ちた。タギから返して貰った靴下と靴をランがはき直した。濡れたズボンはどうしようもなかった。しばらく着ているうちに体温で乾くだろう。
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