07.責任取ってくれるんですか?

「思うとか、かも知れないとか……パパの言ってる事は全部想像じゃないですか。それが間違っていたらどうするんですか? パパが責任取ってくれるんですか?」


 メアリーの焦燥に気圧けおされて思わず頷く。


「お……おう! もし本当に、誰もメアリーの事を心配してないようなら、俺が責任とってやるよ!」

「じゃあ行きますよ」

「だから、こんな場所に一人じゃ――――」


 ……え?


「何ポカンとしてるんですか? 一緒に行くことにしたと言ってるんです」

「ほ……ほんとに?」


 メアリーの眉間に、イラっとしたように皺が寄る。


「来いと言ってたのはパパじゃないですか! なんですか、その反応は!?」

「ご、ごめんごめん。あまりにもあっさり了承されたもんだから、変わり身の早さにちょっとびっくりしたって言うか……」

「メアリーだって無駄に駄々をこねてるわけじゃないんですよ。メリットとデメリットを充分に吟味して、少しでもプラスになりそうな方を選んでるだけです」

「そ、そうか。偉いんだな……」


 俺の責任論でメリットデメリットが逆転したってことか?

 一体メアリーこいつ、俺に何をさせるつもりだ?


「そうと決まれば、明日は早いですからね。さっさと寝ましょう! メアリーは寝床の準備をしてきます」


 そう言って軽やかな足取りで外へ出て行くメアリーの後姿をぼんやり見送る。

 明日……と言われても、常に真っ暗な地底では一日の区切りがよく解らない。

 そういえばメアリーはきっちり四十九日を把握していたよな。

 ノームには地底でも体内時計が狂わない特殊な機能が備わっているのだろうか。


「なあつむぎ。簡単に責任取るなんて言って、大丈夫なのか?」


 可憐が危ぶむように訊いてきた。


「ど、どうかな。まあ、なんとかなるんじゃないか……な?」

「子供は純粋だからな。出来ないことを安請け合いすると後で困るぞ」


 メリットとデメリットを吟味してるような子供が、純粋と言えるのだろうか。


「大丈夫だろ。普通に考えて、メアリーの事を心配してるノームが一人もいないなんて有り得ないよ。仮にも同じ種族なわけだし……」

「人間の常識ならそうだけど、亜人の社会形態は謎の部分も多いからな」


 可憐がお茶のカップを片付けながら不安を口にする。

 リリスはテーブルで、畳んだタオルの上で横になりながら寛いでいる。

 このサイズなら、タオル一枚でどこでもベッドが完成するのは羨ましい。


「でもさ、紬くん。仮によ? 万が一責任取る、ってことになったらどうするの?」

「それは……解らん。そっちの可能性は考えてない」

「一応考えておいた方がいいと思うぞ」


 シンクでカップを洗いながら可憐も口を挟む。


「例えメアリーを心配してる者が見つかったとしても、両親同様に愛情を注いでくれるなんてことはまずないだろうし、それでメアリーが納得するかどうか」

「それはもう……納得してもらうしかないでしょ……」


 それを聞いて、またリリスが呆れたように俺を見上げる。


「それはさ、紬くんの一方的な腹積もりでしょ? メアリーちゃんがそれじゃあ納得しなくて、例えばまたここに戻るなんて言い出したら、どうするの?」

「その時は……もう、全力で説得するしか……」


 カップを拭く手を止めて可憐が俺の方を見る。


「納得させるとか説得するとか……具体策が足りなくないか?」

「あ~もう! 何なんだよおまえら! 仕方ないじゃん! ああでも言わなきゃここに残るって聞かなかったし、ここに一人で置いて行くわけにいかないだろ!?」


 その時、バタンと部屋の扉が開く。

 仁王立ちで室内を一瞥しているのは、勿論メアリーだ。


「パパ、うるさいですよ! 夜なんだから静かにして下さい! 近所迷惑です!」

「……ほんとに今、夜なの?」


 と言うか、迷惑してる近所ってどこよ!?


「寝室の用意が出来ましたので、みなさん、隣に移動して下さい」

「その前に、ちょっといいか、メアリー?」

「何ですかパパ」

「さっきの話の件なんだけど、万が一俺が責任を取ることになった場合、俺は何をすればいいんだ?」

「男が女に責任を取ると言えば、決まってるじゃないですか。ケッコンですよ」


 ケッコン、ケッコン――――

 結婚!?


「そんなの無理に決まってるじゃん!」

「何でですか? パパも……本当のパパのことですけど、責任をとってママとケッコンしたって言ってましたよ」


 何の責任だよ!

 と言うか、子供になんて話をしてんだよここの親は!


「よく考えろ。俺と可憐が今はメアリーのパパとママだ。つまり、俺と可憐はもう結婚してるって事で、残念ながらメアリーと結婚するのは無理だなぁ」


 苦しい言い訳だが、とりあえず今の設定を利用させてもらおう。


「別にいいじゃないですか。ママともケッコンして、メアリーともケッコンして……なんだったらリリっぺともケッコンしてもいいですよ」

「え~っと……メアリー? 結婚の意味、解ってる?」

「解ってますよ! パパはチームの絆を深める儀式だと言ってましたよ」


 ち……チーム? 

 ま、まあ、広い意味で間違ってはいないけど。

 “あ~ん” と同じレベルで考えてるだろ、メアリーこいつ


「まあいい……長くなりそうだし、この話はまた今度にしよう……」


               ◇


「どお? あった?」


 ベッドを入念に調べながら、華瑠亜かるあが、紅来くくるに声をかける。

 紅来の家の別荘に戻ってきて早速、可憐と紬の毛髪探しだ。


 優奈ゆうな先生とうらら初美はつみは食事の用意。

 怪我をしている立夏りっかも、キッチンのソファで休んでいる。

 勇哉ゆうやは一人、招集魔法円コーリングサークルとやらを購入するために地元のフナバシティまで船電車ウィレイアで戻った。


「お! これは……」


 紅来が、可憐のベッドのシーツから長めの髪を一本つまみ上げる。

 長さだけなら華瑠亜もロングヘアだが、可憐の方が濃い黒髪だ。

 紅来がクンクンと臭いを嗅ぐ。


「うん、可憐のだ」

「臭いで解るの!?」と、華瑠亜が目を丸くする。

「まさか。演出だよ演出」

「何の演出よ……」

「まぁぶっちゃけ、色で一目瞭然なんですけどね」


 華瑠亜も、紅来が持ち上げた髪の毛をよくよく観察する。

 薄茶色の自分の髪とは明らかに違う、真っ黒な長髪だ。


「そうね。私のではないし、この長さなら可憐で間違いないわね」


 髪の毛を丁寧にハンカチで包むと、三人で隣の部屋へ向かう。

 中では、歩牟あゆむが一番窓際のベッドを念入りに探していた。


「どう? 紬の髪、見つかった?」

「いや~、ないなぁ……」


 華瑠亜の問い掛けに、歩牟がベッドの探索を続けながら答えた。


「そこが紬のベッド?」と、華瑠亜も一緒にチェックする。

「そうなんだけど、あいつ、最近散髪したばかりで短くなってたし、結構しっかりした髪質だったから抜け毛も少なそうなんだよな」

「それにしたって、一本くらい……」


 紅来も加わって三人で探すが、やはり見つからない。


「シーフの探索能力を持ってしてもここまで痕跡が発見できないとは……あいつはプロか!?」

「何のプロよ」


 ベッドの下まで調べながら、可憐が突っ込む。


「そう言えば」


 歩牟が思い出したようにゴミ箱を覗き込む。


「紬、爪切ってたな」

「そう言えば、食後にハサミを貸してくれって言ってたわね」と、紅来。


 歩牟がゴミ箱の底を漁ると、やはり細かい爪が出てきた。


「やっぱりあった」

「なにこの細かい切り屑……。あいつ、爪切り下手へったくそね!」

「なんか、まだ慣れてないとか言ってたな」

「十七にもなって爪切り慣れてないとか……どこの王子様よ?」


 そう言いながら、華瑠亜が切り屑を集めてハンカチに包む。


「他に爪切った人、いない?」と、念のため紅来が確認する。

「うん。俺は切ってないし……勇哉も切ってないな」

「じゃあ、これでオッケーね!」


 華瑠亜が包んだハンカチをポケットにしまうと、今度は胸元からライフテールの小瓶を引っ張り出し、未だしっかりと黄色い輝きを放っていることを確認する。


「紬と可憐が逸れてから……もう一日近く経った?」

「洞穴から出た時間から逆算すると……二〇時間弱、ってところじゃない?」


 歩牟が指を折りながら確認する。


「これだけ時間が経ってまだ光ってるってことは、やっぱりどこかで、意識を保ったまま生きてるんだよ」


 紅来の言葉に他の二人も大きく頷く。


「地下洞穴で、みんなが来るまで一緒だったから解るけど、あいつ、見かけに寄らずなかなかしぶといよ」


 頷きながら歩牟も言葉を続ける。

 

「この一ヶ月半で、ダイアーウルフに嚙まれ、キラーバンサーに吹っ飛ばされ、地盤崩落に巻き込まれて、犬の群とグールに襲われて、それでも結構元気だからな」

「改めて並べると、もの凄いわね……」


(やっぱりあいつ、何かに呪われてるのかも……)


「まあ、そんなに心配するなよ華瑠亜。運は相当悪いけど、代わりに悪運は相当に強いよ、紬は」


 紅来の言葉にコクンと頷きながら、華瑠亜は無意識のうちに、紬のベッドに身を投げ出して仰向けになる。

 僅かに身体が沈み込み、それと同時にふわっと布団の匂いが体を包み込んだ。


(ああ、これ、覚えてる……。あいつの匂いだ……)


 一瞬、涙が出そうになり、両目を隠すように右腕を顔に乗せる。

 紅来がライフテールを目の前まで持ち上げながら口を開く。


「こいつが光ってる間は、泣くのは早いよ、華瑠亜」

「泣いてないもん。ちょっと疲れただけ」


 廊下からパタパタと足音が聞こえ、続いて麗の声が聞こえた。


「みんな、見つかったぁ? 夕食の用意できたけど……」

「うん、今行く~」


 紅来の返事と共に華瑠亜も起き上がり、見られないようにサッと涙を拭く。


(私って、こんなに涙脆かったっけ? まだ泣いてなんていられないよ!)


 華瑠亜は気持ちを入れ替えるように、両手で軽く自分の頬を叩いた。

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