02.ランクE

「まさか……ランクEダンジョンよ!? そんなの出るわけないじゃない!」


 華瑠亜の言葉を聞いて、すぐにリリスが訂正する。


「じゃあ……ドラゴン以外かな」

「広いわっ!」


 いつの間にか結界石を並べたメアリーが詠唱を終えている。

 メアリーと優奈ゆうな先生の姿を隠す簡易結界。

 狭い空間では気休めかも知れないが、対応の早さには舌を巻く。


 ほぼ同時に、俺の脇を掠め飛んでいく連弩ボウガンの矢。

 華瑠亜だ。


 さすがに、この世界で生活してきたみんなの対応は早い!


 ドラゴンの頭部、咽喉部、心臓の位置を正確に狙った三本の射線は、しかし、白い影をすり抜けて奥の石壁に当たると、バラバラと床に落ちる。


 まだ魔物が実体化していないということか!?


「おれつえーっ!」


 六尺棍を召喚――

 と同時に、白くもやもやと揺れていた影が色づきながら引き締まる。

 あらわになる魔物の姿。


 トカゲのような濃緑色の体に、ワニのように大きな顎を持った頭部。

 背中に生えた、コウモリのような一対の翼。

 石天井まで届きそうな、三メートルはあろうかという体躯。


 やはり……紛れもなくドラゴンだ!


つむぎくん、あれ!!」


 リリスの指差した先の石壁に、いつの間にか、入ってきた通路とは別の出入り口がポッカリと空いている。


 あそこから脱出できるのか?

 いや、しかし――


「怪しすぎる……」


 このタイミングで開いた壁穴に飛び込むなんて、トラバサミに片足を突っ込むのと同義に思える。


 ドラゴンの大きな顎門あぎとが上下に割れ、赤い舌上に光り始める火球。

 あれを撃たせたらヤバい! ……気がする。


「紬くん、早く逃げないと……」

「あんな、いかにもな通路に入れるか! リリスたん・・・・・だ!」


 俺の指示と同時に、一瞬で輪郭を拡大させるリリス。

 百五十センチ――

 眼前に現れる、しなやかな肢体の戦闘メイド。


C・L・Aキューティーリリスアタックだっ!」

「はい、ご主人様」


 言い終わるより早く、まるで三面鏡から飛び出たかのようなリリスの残像が、ドラゴンを取り囲むと同時に一斉にレイピアを突き立てる。

 はためくエプロンドレス。

 その下でまたたく太ももと、それが作り出す健康的な絶対領域!


 普段からこのサイズならとうに俺の理性は崩壊しているかも知れないな……などと考えながら、リリスの幻想的な剣舞を見守る。


 しかし――


 その斬撃も、先刻のボウガンの矢と同じように全く手応えがない。

 リリスの攻撃など意にも介さぬように、不気味に顎門を輝かせるドラゴン。

 攻撃が効かない……と言うよりも、ぬかに釘を打つような歯応えのなさ。


 どうなってる!?


 再び俺の傍を掠めるように飛んで行くボウガンの矢。

 だが、今度の射線はドラゴンから大きく外れ、部屋の左隅へと伸びてゆく。


 どこ狙ってるんだ華瑠亜あいつ


 そう思った次の瞬間、ギャイン! と言う鳴き声とともに、宙に溶けるがごとくおもむろに消失するドラゴン。


「!?」


 な、なんだ? 何が起こった!?

 気がつけば、華瑠亜が放った二射目の矢筈やはずが部屋の隅でぴくぴくと動いている。

 何か小動物を仕留めたらしい。


 リリスを元に戻しながら、近づいてよく見てみると……射られて痙攣しているのはアライグマの胴体に犬の顔を付けたような小型モンスターだった。


「バーゲストね」


 その声に振り向くと、華瑠亜の青白く光る・・・・・瞳孔がこちらを見据えている。


「お前、その目……」

心眼マインドアイ。気配で敵の位置を特定する技能スキルよ」

「なるほど……」


 射手アーチャーは目が命。各種狙撃支援系スキルは必須なのだろう。

 先日まで夜目ナイトアイですら梃子摺てこずっていたはずなのに、もうこんなスキルまで……。こいつはこいつで頑張ってるんだな。


「……で、この狸犬たぬきいぬが何だって?」


 足元で息絶えた魔物を指差しながら訊ねる。


「バーゲスト。通称ミミック・ラクーン。幻術のような技を使って人間を騙してくる魔物よ。黒犬妖精カーシーから進化する★3ね」

「★3……」


 一匹出るか出ないか……という確率のはずの★3が、のっけから?

 もちろん、確率的に皆無ではないのだろうが……。


「まあ、戦闘力も知能も低いし、出現予測できていればそれほど苦労する相手ではないけど……」

「まんまと騙された誰かさんのせいで、こんな序盤から〝リリスたん〟を使っちまったよ」


 唇を尖らせ、とぼけた表情で左右交互に首をかしげるリリス。


「誰かさん? ……紬くん?」

リリスおまえだろっ! 肉っ!!」


 こんな場所にあった豚の丸焼きに迷わずかぶり付くとか、信じらんねーよ。


「この扉は、幻術ではなく本物みたいですね」


 入り口を塞いでる石扉をペシペシと掌で軽く叩きながら、メアリーが呟く。

 メアリーと一緒に石扉の周囲を観察していた優奈先生もこちらを振り向く。


「魔力感知系の仕掛けは見当たらないし、恐らく……接続路から人がいなくなるのを察知して自動的に発動する、物理的なカウンタートラップじゃないかしら」


 ほら見ろ! とでも言いた気に先生を指差すリリス。


「ほらっ! お肉、関係なかったじゃん!」

「この部屋に入ってみたい、って言い出したのは、誰でしたっけ?」

「……えーっと……紬くん?」

リリスおまえだっつーの!!」


 新しく開いた通路を覗き込んでいた華瑠亜が首を振りながらこちらに向き直る。

 猫のように黄白色に輝く瞳孔。

 今度は夜目ナイトアイか。


「なんの変哲もない通路に見えるけど、おそらく下は落とし穴ね。いずれにせよ、この先は行き止まり」

「脱出方法は?」

「壁を破壊するか……外からトラップを解除してもらうか、或いはライフテールを捨ててコールしてもらうかね」


 そっか。最終的にはコールがあるから、ここで飢え死に……なんてことにはならないんだよな。

 実際に使うかどうかはともかく、セーフティーネットがある安心感は大きい。


 もっとも、直後に雑魚井ざこいの顔が思い浮かんで少し気持ちは沈んだが……。


「因みになんだが……そのカーシーとやらから進化する★3には、他にどんなやつがいるんだ?」

「代表的なのは、ケイブドッグね」


 直ぐに華瑠亜が答える。

 ケイブドッグと言えば……そう!

 オアラの地下空洞でさんざん相手をした洞窟犬だ。

 数十頭の群れだからこそ苦労したが、あの程度が一頭二頭出たところで大した脅威にはならないだろう。


「あとは……〝送り犬〟や〝サラマー〟なんて言うのもいるわね。特殊条件下だけど〝ティンダロスハウンド〟なんていうのも……」


 華瑠亜の後を継いで説明を加える優奈先生。 


「特殊条件、ですか?」

「うんうん。アンデッド系の犬型モンスターね。墓地セメタリー系ダンジョンみたいに死霊が集まる場所限定で、突発変異が稀に見られるわ」


 どうやら、このダンジョンには関係なさそうだ。

 となると可能性があるのは、ケイブドッグに、送り犬、サラマー辺りか。


バーゲストミミック・ラクーン以外に注意すべき魔物はいる?」

「うーん……他は全部、物理攻撃のみだから大丈夫じゃない?」


 先ほど撃った矢を拾い集めながら、華瑠亜が答える。


「さっき先生が言ってた〝ティンダロスハウンド〟なんかは、きちんと対策立てておかないとまずいけどね」

「対策?」

「うん。アンデッド系は、聖水か聖なる武器ホーリーウェポン、あとは死霊浄化魔法ターンアンデッドあたりがないと対処できないから」


 その時、石扉の向こう側から人の声が聞こえてくる。


『おーい! そこにいるのかぁー!』


 この声――


「おお――っ、勇哉ゆうやかぁ!?」

『ああ――、やっぱりそこかぁ――……』


 石扉の向こうで何やらボソボソと話している声がする。

 くぐもっていてよく聞き取れないが、勇哉と紅来で間違いないだろう。

 続いて聞こえてきたのは、今度は紅来くくるの声。


『今からトラップ解除するからぁ! 念のため扉から離れててーっ!』


 紅来の声に従い、みんなで退避して数秒後――

 ズゥン、と短く振動した石扉がゆっくりとスライドして壁の中へと消えていく。

 扉の向こう側から現れたのはもちろん、紅来と勇哉だ。


「ったく、なにやってんだよおまえら」


 呆れ顔の勇哉。

 一斉に目を伏せる俺たちを一瞥しながら、紅来も口を開く。


「ほんと……なんでこんな場所に入ってんのよ。しかも全員でっ!」


 返す言葉もないとはまさにこのことだな。


「まあいいじゃん! どんまいどんまい!」


 拍手かしわでで拍子を取りながらみんなに声を掛けたのは……リリス!


リリスおまえは気にしろっ!」

「なんでよー。こんなの、連帯責任じゃん」

「そうかも知れないけど……だとしても、言い出しっぺのお前は主犯格だろ」

「そう言うの、良くないよ? ささやかな探究心を結果論で非難するのは」

「おまえのはただの食い意地だろうが」


 リリスが、両手を耳の後ろに当てて首を傾げる。


「何言ッテルカ解リマセン。悪魔語デオッケー」

「黙れトンチキ!」


 この部屋に入ったせいで魔力も、ざっくりだが四万程度は消費しただろうか?

 魔粒子濃度がほぼゼロのダンジョン内では、睡眠をとっても魔力の回復は限定的だろう。


 リリスたんを使う場面がそうそうあるとは思えない。

 が、ここまでだってそう思って来たのに、半分近くを使わされたのもまた事実。

 やはり、あまり良い気はしない。


「まあいいや。大したロスにもならなかったし、次から気をつけてよ?」


 そう言って話を終わらせると、とりあえずここを出よう、と言ってきびすを返す。

 メイン通路に戻りながら、今度は探索結果について説明し始める紅来。


「今探索サーチしてきた感じだと、ほとんどの部屋に魔法効果マジックエフェクトが探知できたので、何らかのトラップがあるとみていいと思う」


〝ダン通〟にも九割の部屋がトラップって書かれてたしね……と、付け加える。

 その情報、最初に教えといてほしかったなぁ……。


「とりあえず、歩きながら話そっか」


 紅来の言葉に従い、先ほどまでと同じ隊列でメイン通路を進む。


「トラップっていうと、みんなあんな感じなのか?」

「多分ね。侵入者を閉じ込めたり、落とし穴にはめたり……」


 辺りをきょろきょろ見渡しながらメアリーも口を開く。


「このダンジョンの作り、習ったことがありますよ。ノムネスク様式……つまり、ノーム族独特の建築様式ですよ」

「そうね。このダンジョンを作ったのは古代ノームという説が有力ね」


 相槌を打ったのは、メアリーと手を繋いだ優奈先生。


「古代も今も、基本的には温厚ですからね。そんな、マジやばいトラップなんて作りませんよ。自然科学や数学の知識にも秀でていて――」

「それって、どれくらい昔の話?」


 長くなりそうなので別の質問で話を切る。


「ど……どれくらいとは?」

「いや、だから、古代ノームってのは、どれくらい前に活動してたのかな、と」

「それは、今のパパにどうしても必要な情報なんですか?」

「いや別に、そういうわけじゃないけど……ただの好奇心だよ」

「い……一兆億年くらい前です」

「…………」


 ほんとに自然科学や数学が得意なのかよ、ノーム。


「でも、あんなモンスターとセットで罠を作るなんて、念が入ってるわよね」


 先ほどの出来事を思い出すように華瑠亜が口を開くと、意外そうな表情でこちらを振り向く紅来。


「モンスター?」

「うん。さっきの部屋でバーゲストが出たのよ。そもそもあいつが肉の臭いなんて出さなければ、部屋に入ろうなんて思わなかったはず」


 いやぁ……例え肉の臭いがしたって、それに釣られるのはリリスくらいだろ。


「バーゲストって言えば、★3……だよな?」


 先頭の勇哉が、隣を歩く紅来を見やる。


「うん。でも……トミューザムで魔物と連動型の高度なトラップが仕掛けられてるなんて、聞いた事ないよ」

「でも、実際にさっき、いたのよ!?」

「多分、トラップを利用するために犬妖精カーシーが突発進化したんじゃないかな」


 不意に、勇哉が足を止めて通路の隅の暗がりを指差す。


「んで、そいつらがさっき、俺たちが倒したやつ」


 無造作に放置された魔物の死骸。数は三~四頭だろうか。

 見覚えがある。あれは――


洞窟犬ケイブドッグ!」


 小さく首肯する勇哉。

 でも……ちょっと待てよ。ケイブドッグだって★3だよな。

 ランクEダンジョンじゃ、滅多に出ないはずの★3が、あの狸犬たぬきいぬに続いてこんなに沢山!?


「まあ……事前の観窟結果は、あてにしない方がいいね、ここ」


 サクッと、紅来が重大な分析を口にしたその直後――


 ウウウ――……、ウウウ――……


 にわかに、辺り一面に、低い犬の唸り声が響く。

 気がつけば、いつの間にか通路の幅が広がり、広場のように広くなっている場所に出ていた。

 見渡せば、ここを取り囲むように小部屋の入り口が並んでいる。


 不気味に並んだ暗いいりぐちに気を遣れば、徐々に数を増していく光る点。

 禍々しい獣の気配が肌に纏わりついてくる。


 あの光る眼――ケイブドッグか!!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る