03.光る眼
あの光る眼――ケイブドッグか!!
一体、何頭いるんだ!?
広場を取り囲む部屋の入り口は左右に四つずつ。
そして、視認できるだけでも、それぞれの
三十頭前後はいるのか!?
「走って!!」
「きゃぁっ!!」
「お、
足がもつれて倒れこむ先生を、メアリーだけで支えきるのは無理だ。
……が、転ぶ直前、まるでそれを予測していたかのように、両脇から先生を支える俺と
一瞬間、華瑠亜と視線が交差する。
直後、周囲の部屋から、一斉に飛び出してくる
すかさず
「
勇哉を中心に広がる空気の波動。
同心円状の波紋が漆黒の群れを一瞬で飲み込む。
直後、一斉に勇哉に群がる数十頭のケイブドッグ!
「
おなじみの説明セリフも、最後は
姿が見えなくなるくらい魔犬の群れに埋もれてしまっては、ぼやくのも無理はない。
出口へ辿り付くと、時を移さず結界石を散らせて詠唱を開始するメアリー。
俺も先生を結界の中まで運び、そして、振り返る。
勇哉を取り囲んでいたケイブドッグの一部が、
紅来っ!
いつの間にか、二刀の
さらに、華瑠亜の
それぞれが、正確に三頭のケイブドッグの頭部を射抜いて致命傷を与える。
「
オアラでは、まだ不安定だと言ってたはずだが。
「あれだけいれば、だいたい当たるわよっ」
「そ、そっか」
「一本くらい勇哉に当たったって、メアリーちゃんいるしね!」
「…………」
言っている間に放たれた二射目が、さらに三頭を仕留める。
勇哉を取り囲んだ魔犬の壁が、古いタイルのようにみるみる剥がれ落ちてゆく。
「おれつえぇーっ」
担いでいた大きな荷物を地面に下ろしながら、俺も六尺棍を召喚。
肩幅に広げた両手で中央の接合部を挟んで持つ――
いわゆる〝二分の一遣い〟。
そのまま、ケイブドッグの群れに突っ込む。
「うおおおおっ」
どうか、ボウガンの矢が俺に当たりませんように……。
同時に、意識を向けた先は両の掌。
弓技の宮下先生の元で行った〝魔力練成〟の訓練を思い出す。
六尺棍の両端を、綿棒のわたのように魔粒子で包み込むイメージ……。
初撃、ギャウン! と悲鳴を上げたケイブドッグが大げさに飛び上がる。
六尺棍が当たった脇腹に、一瞬で
続けて、六尺棍を回転させ〝石突〟で二撃目、反回転でさらに三撃目!
それぞれ別のケイブドッグに打突を叩き込む。
首筋、そして背中に、それぞれ〝魔傷〟を負って跳ね上がるケイブドッグ。
力は、せいぜい全力の六~七割程度しか入れていない。
致命傷にはなっていないが、退散する魔犬を見ながら確信する。
いける……いけるぞっ!!
「……三、……二、……一、……切れたっ」
言うと同時に、勇哉が楯の裏側に仕込まれた片手剣を抜いて迎撃に参加。
フィックスターゲットの効果は切れたが、ケイブドッグも残り四~五頭。
撃退完遂!――と、思った矢先、信じられない光景に固唾を呑む。
広場を囲む部屋の入り口に浮かび上がった、新たに光る
この数、最初に撃退した数には及ばないものの、それでも二十頭以上はいるのではないだろうか!?
そう……思いだした。
オアラの地下空洞でもそうだった。
こいつらは、全頭で一気に襲ってきたりはしない。
戦力の逐次投入で相手を観察し、衰弱させ、徐々に追い詰めていく……それがこいつらのやり方だ。
すかさず、
三頭がボウガンの矢に貫かれ、弾かれる。
と同時に、それが皮切りだったかのように一斉に広場に溢れる漆黒の第二波。
「勇哉っ!」と、紅来が振り返る。
「まだダメだっ! あと三十秒!」
フィックスターゲットの事か?
恐らく、ゲームで言う
俺と勇哉、目配せをしながら頷いて前に出る。囮だ。
だがしかし――
俺たちを狙ってきたケイブドッグは群れの約半数。
あとの半分は、他のメンバーを標的にして横をすり抜けてゆく。
あの数を相手に……あと二十秒!?
無理だ!
もちろん、オアラの時とは違い今はメアリーがいる。
致命傷を負わない限りあとで治療も可能だろう。
俺と勇哉だけで済むならそれでもいい。
でも――
オアラの地下空洞で目にした、紅来の痛々しい姿がフラッシュバックする。
いくら後から治療できると言っても、女性陣に群がる魔犬の群れを数十秒も傍観していていいものか!?
それにもしメアリーが負傷したら、自身には
一瞬、後ろを振り返る。
そろいもそろって、
ダメだ、あんなんじゃ……。
五頭のケイブドッグが、前に出た紅来に一斉に飛びかかる。
気がつけば、反射的に叫んでいた。
「リリス! 守れ!」
指示と同時に、紅来に向かって宙を飛んでいた五頭の頭部が一瞬で消失する。
いや、消えたのではない。
気がつけば、斬り離された五つの頭部が、五本の赤い筋を引きながらさらに宙高く舞っていた。
ドサリドサリと落下する、五つの首無し胴体。
そして、一瞬間の時間差――
同数の頭部がドッ、ドッ、と地面に転がり落ちる。
紅来の前に立ち、怜悧な視線でそれを見下ろしているのはもちろん――
早くも、本日二回目!!
恐らく、使った技はオアラでも見せた〝
消費魔力一万五千。
リリスたんの維持コストも考えれば、これで魔力六万程度は消えることになる。
危険信号が点る。
精神的に。
「リリス! 通常技で……あと二十秒! 時間を稼ぐだけでいいから!」
「解りました、ご主人様」
レイピアを下段に構えて〝待ち〟の姿勢に変わる。
〝眼光魔犬を射る〟と言った様相で
もう一度
そう考えて発した指示だったが、
直後、先頭に近い何頭かがジリリと後ずさったかと思うと、すぐにくるりと体の向きを変えて通路の奥に姿を消す。
それを合図に、他のケイブドッグも一斉に走り去り、二十秒……どころか十秒も待たずに、広場から全ての魔犬が姿を消した。
再び、周囲を包みこむ静寂。
「も……もどれ、リリス……」
ふう……。
全員の口から安堵の吐息が漏れる。
「さて、と……」
両手の
「どうする、
一瞬、ケイブドッグの死骸を眺めてボーっとしていた華瑠亜が、紅来の問いかけにハッとして視線を上げる。
「ど、どうする、って?」
「このあとだよ。進むか……戻るか」
「戻る?」
「もう解ってると思うけど、今のトミューザム、ランクEなんかじゃないよ」
淡々と事実を
いや、華瑠亜だけではない。
この場にいる全員が、うすうす感じながらも口に出すことをためらっていた事実を、あっさりと紅来に指摘されて思わず息をのむ。
照明石のおかげで明るく照らされたダンジョン通路が、急に薄暗さを増したような錯覚に陥る。
「あ……
華瑠亜が、俺に質問を振ってくる。
「なんで俺に……」
「サブリーダーでしょ!」
「おまえこそ、リーダーだろっ」
しかし、全員の視線が俺に注がれる。
そんなに俺が的確な答えを持ち合わせているように見えるのか?
中身はまだ、ここに来て二ヶ月の異世界ド新人だ。こんな命に関わりそうな重大な決定を下すのは荷が重過ぎる。
「実際のランクは……どうなんだ、ここ?」
訊いたのは勇哉だ。
紅来が宙を睨んで考える素振りを見せたのも一瞬、すぐに答える。
「最低でもランクD。観窟の知識はないけど……もしかするとCくらいはあるかも」
「Cというと……★4でも普通に出現するレベル?」
「そういうことになるね。第一層でこれだけ★3が大量に湧いてるとなると、可能性は充分あるよ」
「★4って言うと……ダイアーウルフと同ランク!?」
「そうそう。犬系モンスターからの進化だと、ほかにヘルハウンドなんかも★4。さらにその上だと★5のオルトロス……」
「いや、もういい! やめよう。戻ろう!」
★4までならフィックスターゲットが有効とはいえ、今の攻撃力でダイアーウルフ級を八秒で沈められるとは思えない。
もちろんリリスなら可能かも知れないが、残りの魔力の使用限界は推定四万。
……危険過ぎる。
勇哉がエスカッシャンを背に担ぎながらつぶやく。
「まあ、仕方ないべ。★4、★5の名前まで挙がるようじゃ……ザ・エンドだ」
そこは〝
「でも……」と、リリスが口を開く。
「そうなると、投票券、無駄になっちゃうよ?」
「……は?」
投票券?……ああ、あのレース賭博のアレか。
――って……ん?
「無駄? 俺たちがリタイアしたって、
「聖さん? って、ああ、あの胸パットプリーストか……」
パットじゃねぇよ、あれは本物だよ! と、すかさず勇哉が口を挟む。
「どっちでもいいわそんなの! と言うか
「うん。一番数字の大きいやつ」
「数字、って……それ倍率だぞ!? ……一番大きいって、最低人気じゃん!」
「え? そ、そうなの?」
最低人気……つまり、俺たち!?
馬鹿なのか? 悪魔って、実は馬鹿なのか!?
慌てて鞄の中から投票券を取り出す。
薄い木の板で、表はフェスティバル運営委員の焼印と青いペイント。
裏には、恐らく購入金額であろう、一万ルエンの文字。
他に、チーム名などは書かれていない。
「あー、それ、私たちのチームカラーね」
俺の手元を覗き込んだ華瑠亜が、ひょいっと投票権を取り上げて裏を見る。
「
「あ、うん、まあ……」
じゃないと、限定パイが……。
「と言うか、チームカラーって何だよ?」
「
言われてみればそんな気もするが……意識してないし、いちいち覚えてない。
つまり、間違がって自分達の投票権を買ってしまった、ってこと?
「あ――……、リリスに任せた俺が馬鹿だった……」
リリスが俺の肩をポンポン、と叩く。
「判断ミスは誰にでもあるよ、紬くん。ドンマイドンマイ!」
「おまえが言うな!」
銀貨一枚、馬鹿リリスのせいでドブに捨ててしまった。
「で……あたし達、何倍だったの?」と、華瑠亜。
「確か、四十五倍くらいじゃなかったかな」
「四十……ってことは、あたし達がトップなら、四十五万ルエンゲット!?」
「最終オッズは見てないけど、まぁ、そうなるかな」
一人でそんなもの買ってたなんて、さすがチーター紬だぜ、と
「ま、まあ、これはあたしが預かっておくわ」と、華瑠亜が投票権をポケットに入れながら、言葉を続ける。
「と言うわけで、とりあえず、もう少し進んでみない?」
「はぁ? 何が『と言うわけで』だよ!?」
急に積極的に意見しだした華瑠亜の光る眼が、
「いざとなったら
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