04.第二層

「いざとなったら召集魔法コールだって用意されてるんだしさ。とりあえず第二層まで行ってみて、高ランクモンスターに接敵してから考えてもいいんじゃない?」


 華瑠亜かるあの言葉を聞きながら、紅来くくる優奈ゆうな先生をかえりみる。


「先生は、どう思います?」

「そうね。基本的には綾瀬くんの意見に賛成だけど……でも、いざとなればコールもあるし……」


 みんな、コールを信頼し過ぎじゃないか?

 詠唱者があの雑魚井よっぱらいだぞ?

 そこまで信じていいものなんだろうか。


 考えをまとめるように一瞬だけ唇を結ぶも、すぐに言葉を続ける優奈先生。


「今のところは生徒達みんなの決定を見守ろうと思う。生徒にはやっぱり、人の意見に左右されず、自らの判断できちんと歩いていける大人になって欲しい!」

先生おっぱいはまず、自分の足できちんと歩いてください」


 先生が、メアリーの心無い切り返しにションボリとうつむく。


「ま、まあ、それじゃあここはリーダー権限で……もう少し進みながら様子をみるってことでいいかな?」


 華瑠亜の提案に、俺以外の皆が一様に頷く。

 一人だけ首を縦に振らない俺に気づいて、視線を止める華瑠亜。


「どうしたのよ、つむぎ? 何か意見でもあるの?」

「ああ……いや、みんなの決定だからそれには従うよ。でも、リタイアした方がいいんじゃないかっていう個人的な意見は、変わらない。無理はしないで欲しい」


 ちくりと痛む左のわき腹を軽く手で抑えながら、華瑠亜を見つめ返す。

 久しぶりの疼痛とうつう

 この痛み――例の〝虫の知らせ〟ってやつだ。


 まぁたあんたは、ヘッポコなんだから!

 ……なんて馬鹿にされるかと思っていたが、意外にも真顔で俺を見つめ返してくる華瑠亜に、俺の方が一瞬たじろぐ。


「わかってる。一度はあんたに助けてもらった命なんだし、粗末にするようなことはしないわよ……」

「お、おう……?」


 俺に……助けてもらった?

 魔物狩りモンスターハント対抗戦――あの、ダイアーウルフ戦のことを言ってるんだろうか?


「へえ~~」


 紅来が、華瑠亜の横顔を流し見るように目を細める。


「な……なによ」と、少し顔を赤らめる華瑠亜。

「いや、何ていうか、華瑠亜と紬あんたたちもいつまで経ってもアレだなぁ、って思ってたんだけど……いつの間にか、ちょっとはアレになってるんだ?」

「だから、なんなのよ!? アレとかアレとか!」

「いえ、べっつにぃ」


 とぼける紅来の横顔を、今度は華瑠亜がキッと睨み返す。

 茶化しながらも、どこか本質を見極めるような眼差しをするのは、元の世界の紅来も一緒だったけど……いまの紅来こいつは何を見ているんだろう?


「じゃあとりあえず、決まったならさっさと行こうぜ。広い場所は危険だ」


 そう言いながら勇哉ゆうやが、先ほど洞窟犬ケイブドッグが大量に湧いた部屋の一つへ向かって歩き始める。


「あれ? 通路は、こっちじゃないの?」


 チッ、チッと、舌打ちをしながら偉そうに人差し指を振る勇哉。


「その先は密集トラップだ。確か、この部屋から迂回するのが正解のルート……だったよな?」 


 勇哉に訊ねられて、紅来も頷く。


「うん。このあたりの小部屋は奥で繋がってるから、通路代わりとして使えるよん」

「部屋の方は、トラップはないのか?」

「多少あるけど、避けて通れる程度だから」


 通路の密集トラップは解除しながら進む必要があるため、迂回するより時間がかかる……ということらしい。


 紅来と勇哉のあとに付いて部屋に入っていくと、確かに最初の部屋とは違い、他にも接続路の入り口がいくか繋がっているのが見える。

 その中の一つを選びながら、どんどん奥へ進んでいく紅来。

 瞳に、ほんのりと緑色の光が浮かんでいる。

 あれが、探索眼サーチアイというスキルだろう。


 時折、紅来が振り向いては床を指差し、「そこ、デロンデロンの罠があるから、気をつけて!」などと注意を促す。


「デロンデロンの罠?」

「うん。発動させると、みんなの持ってる食べ物が全部腐っちゃうんだよ」

「不〇議のダンジョン!?」


 ほんとにあるのかよ、そんな罠!

 もしかすると、この世界の元になったというゲーム、L・C・Oラストクレイモアオンラインが他のゲームの設定をパクっ……参考にしていただけかも知れないが。

 それにしても、食べ物だけ腐らせる……ってどんな仕組みなんだ?


「やっぱり、あれ? 緑のお湯みたいなのが、デロンデロンと出てくるの?」

「なに言ってんの? 呪術系のトラップだよ。常識でしょ?」

「ああ、そっか……そうだな」


 肩の上からリリスが俺の髪の毛を引っ張る。


「ちょっと紬くん? 絶対そんな罠踏まないでよ? 踏んだら一生恨むからね!」

「一生って……やけに重いな!」

「恐るべし、古代ノームだよ。下手に矢が飛んでくるよりイヤな罠ね」

「いやそれはない」


 それはないが……確かに食べ物が腐るというのは地味にイヤだ。

 某ゲームでは腐ったおにぎりでも腹の足しにはなったが……現実では、腐った食べ物を食べると言う行為はかなり強いメンタルを要する気がする。


「って言うか、食べ物の話をしてたらお腹が減ってきた! 何か取って」

「いやいや。罠の話であって、食べ物の話じゃないだろ、今の」



 前を行く紅来が右手を挙げ、皆が一斉に歩みを止める。

 その場にしゃがみ込むと、盗賊短刀シーフダガーの柄で石床をコツンと叩き、地面に耳をつけて何かを探るように目を瞑る紅来。


 先ほどから何度か繰り返されているその行動を、みんなも黙って見守る。

 石を鳴らした反響で建造物の構造を把握する〝振動定位〟バイブロケーションというスキルらしい。いわゆる、コウモリの〝反響定位〟エコーロケーションのようなものだろう。


「階段の部屋は、すぐそこだね。今夜はそこでムフフ・・・キャンプを張ろう!」


 そう言いながら立ち上がると、再び先頭に立って歩き始める紅来。


「なんだよ、ムフフキャンプって?」

「ポップアップテント、三つでしょ? くじ引きでテントペアを決めるんだよ」


 紅来の言葉に、ウヒョー! っと勇哉が奇声を挙げる。


「マジで!? ちょっとそのクジ、俺と紬は別々にしといてくれよ!?」

「うん、別々だよ。勇哉は特権枠シードだから」

「……シード?」

「うん。一つだけ、一人用テントあったでしょ? それ、勇哉あんた用」


 なんだよそれっ! 納得いかねーよ!!

 と、激おこプンプン丸の勇哉を尻目に、再び紅来が右手を挙げる。


「よし、着いた。階段部屋、ここだね!」


 立ち止まった紅来の肩越しに、目の前に広がる部屋を覗き込む。

 他と同様、明るさは照明石で確保されている。

 かなり広い……おそらく百平米へいべい(約五十五畳)はありそうなほぼ正方形の部屋。床が中央に向かって徐々に盛り上がり、その頂上に上り階段が見える。


「上り!?」


 ダンジョンと言うから、すっかり下へ下へと潜っていくものだと思いこんでいたのだが、第二層というのは上階のことだったのか。

 隣の華瑠亜が、またか……とでも言いたげに横目で俺を睨むが、文句を言うこともなく説明をしてくれる。


「トミューザムは全四層ダンジョンで、祭壇があるのは最上階の四層ね。出るときは最上階から続く螺旋階段で、頂上の出口に向かうらしいわよ。おわかり?」

「ほーん……。じゃあ、その螺旋階段とやらから入ればいいんじゃ?」

「はあ? 馬鹿なの!? そんなの出口専用に決まってるじゃん! 外からは進入できないように結界が張ってあるわよ!」

「結界?」

「うん……。確か、作った古代ノームたちにしか解除術式は知らされていないとか……」


 説明によれば、俺たちが入ってきた入り口の方が、古代ノームたちにとっては非常口のような役割を果たしていたらしい。


「っていうか、ふもとからスタートしてる時点で察しなさいよ!」

「へいへい」


 まあ確かに、出口から入れるならわざわざ麓の入り口なんて使わないだろうが……〝結界〟という概念があまりにもご都合主義過ぎて未だに慣れることができない。


「それにしてもこれじゃあ……テントは広げられないわね」


 華瑠亜も、部屋を覗き込みながらつぶやく。

 部屋の境界から中央+に向かって、床全体が隙間なく斜面を形成しているため平らな場所がない。


「ま、室温もちょうどいいし、テントなんてなくても寝袋だけでいいんじゃね?」


 一人用テントを指定された勇哉がふてくされ気味につぶやく。


「今は適温でも、あとから下がるんだよ」


 そう言いながら、再び紅来の両眼にほんのりと浮かぶ緑色の光。

 探索眼サーチアイだ。

 十秒ほどかけて部屋全体を望見ぼうけんしたあと、再び紅来が口を開く。


「大丈夫。正面の斜面にはトラップはないから、階段に向かって真っすぐ進んで」


 先にわたしが行く、と言って斜面を登り始める紅来。

 わずかに苔むした床に、薄っすらと紅来の足跡が描かれてゆく。

 続いて勇哉と華瑠亜。

 その後ろで、先に優奈先生とメアリーを行かせ、最後尾に俺が付く。


先生おっぱいは……ゆっくりでいいですから、絶対転ばないでくださいね!」

「う、うん……」


 ふるふると震える先生の足元は、思ったとおり非常におぼつかない。ここで転べば、その場で倒れるだけでなく二人揃って斜面を転がり落ちていくだろう。

 メアリーが心配するのも仕方がない。


「ここだけ、俺が繋ぎますよ、手」

「あ、ありがとう……」


 代わりに俺が先生と手を繋ぎ、今度はメアリーが後ろに下がる。

 他のメンバーの手前、多少気恥ずかしさはあるが、手を繋ぐことに関しては以前にもトゥクヴァルスで経験しているのでそれほど抵抗はない。

 先生から見れば、俺たちなんて弟や妹のような存在だろう。

 

「ちょっと、上を見てくる」


 先に頂上に着いた紅来が、石階段を上り、慎重に上階の様子を伺う。

 天井裏を覗き込むように頭だけを出し、少しの間サーチアイで周囲を見回していたが、程なくしてこちらに向き直る。


「上も小部屋になってるね。ルームトラップもなさそうだし……出入り口周辺のフロアトラップにだけ気をつければテントも使えそうだよ」


 そう言うと、再び上を向いて残りの数段を上りきり、完全に階上へ姿を消す。

 続いて階段を上る勇哉。

 スカートの上からお尻を抑えながら、華瑠亜も続く。

 手を繋いだ俺と先生も、無事に階段を上りきる。


「荷物ちょうだい」


 階上に着くと、すぐに紅来が声をかけてきた。

 前衛担当の紅来と勇哉は身軽にする必要があったため、二人の荷物も俺がまとめて担いでいたのだ。

 大きなリュックを床に下ろすと、紅来が蓋を開けて寝袋やポップアップテントなどを取り出し始める。


「あっ……」


 不意に、背中越しに聞こえてきた優奈先生の短い叫び。

 振り返ると同時に、先生が腰から下げていたはずのヒールステッキが床へ落下していくのが見えた。


 ホルダーの金具でも壊れたのだろうか?


 一旦床に落ちたステッキが階段の方に跳ね返り、階下へ落下していく様子がスローモーション映像のように流れてゆく。

 まだ階段の途中にいたメアリーが、慌ててそれを掴もうと手を伸ばしたその時――


「あうっ!」


 今度は、無理に手を伸ばして足を滑らせたメアリーが、体勢を崩して転倒する。


「メアリーっ!」


 そのまま、ゴロゴロと階段を転がり落ちるメアリー。

 俺も反射的に飛び降りると、そのまま階段を駆け下りる。


「つ、紬くんっ! ちょっと、危なっ……」


 慌てて宙に飛び立ったリリスも、急いで俺の後を追いかけてくる。

 階段を下りきったところでメアリーを抱きかかえる……はずだったのだが、ギリギリ手が届かない。

 さらに一階の斜面を転がっていくメアリーを俺も追いかけようとしたが、足を滑らせて尻餅をつくと、そのまま床を滑り落ちていく。


「ちょっと! そっちダメ!!」


 階上から紅来の声が追いかけてきたが、滑り始めた体は止まらない。

 斜面の途中でようやくメアリーに追いつき、小さな身体を抱きかかえると、そのままの勢いで部屋の角に激突する。


つう――っ……」


 肩の鈍痛をこらえ、滑り落ちてきた斜面を振り返ると……数箇所、ぼんやりと赤味がかった光を放つ床石に目が止まる。

 同時に、ゴゴゴゴゴ……と、どこからともなく響く、石と石を擦り合わせるような不気味な音。

 追いかけてきたリリスが、俺の頭の上で髪の毛にしがみつきながらキョロキョロと辺りを見回す。


「な……なに!?」

「な……なんだろう……」


 俺にだって何が起こっているのかは解らない。

 チェッ! と、階上の紅来が大きな舌打ちを鳴らす。


「先生! みんなのこと、お願いしますねー!」


 俺が置いてきた鞄から何かを取り出しながらそう叫ぶと、こちらへ向かって駆け下りてくる紅来。

 それを待っていたかのように、天井から分離した石階段が徐々に床へ沈みこんでいく。


 これは……階段消失トラップか!

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