05.階段消失

 これは……階段消失トラップか!

 因みに、トラップ名はてきとー・・・・ネーミングだ。


つむぎ――っ! 紅来くくる――っ!」


 最後に見えたのは、階上で、こちらに向かって手を伸ばしながら叫ぶ華瑠亜かるあの姿。

 既視感のある光景だと思ったら、確かオアラ洞穴の地盤崩落でもこの組み合わせだったな……などとぼんやり思い出す。


「後で合流するから――っ! その部屋から動かないように、待ってて――!」


 下に着いた紅来が天井を見上げながら叫ぶが、その頃にはすでに、頭上の入り口も半ば以上が塞がっていた。


 程なくして階段が完全に床の下に沈み、さらに、中央に向かって盛り上がっていた床もいつの間にか平らな状態になっている。

 上階への入り口も完全に塞がり、頭上に広がるのは何の変哲もない石天板のみ。

 擦石音が治まり、再び静寂に包まれる室内――


 床に伏せていた紅来がゆっくりと立ち上がり、腰に何かを巻きつける。

 ウエストポーチ? 

 こちらに降りる直前、リュックから出していたのはあれか。

 ポンポンと膝やお尻の汚れを手で払いながらこちらに目を向ける紅来。


「さーってと……面倒なことになりましたねー」

「ごめんなさい……」


 俺に抱きかかえられたまま、しょんぼりとうつむくメアリー。


「ああ、ううん、メアリーちゃんのことは全然責めてないよ。って言うか悪いのは、あのドジっ子先生だからね!」

「ですよねぇー! 考えてみればあの先生おっぱいが悪いのですよ!」


 相変わらずメアリーも立ち直りが早い。

 こちらへ歩いてきた紅来が俺の隣に座り、メアリーの顔を覗きこむ。


「顔に怪我はないみたいね。とりあえず、これ飲んで」

 

 紅来がウエストポーチから取り出したのは、痛み止めのポーションだ。

 自分自身の怪我には治癒キュアが使えないメアリーのために、紅来が念のため持参したものだろう。


 ありがとうございます、と、ローブの袖から伸ばすメアリー。

 その腕の所々に、痛々しい青痣あおあざが浮かんでいるのが見える。

 階段から転がり落ちる時に打ったに違いない。


「ほんと、ワリぃ……。俺もそこまで気が回らなくて」

「いいっていいって。娘の危機とあれば、どこも似たようなものよ。うちのパパだって、ちょっとわたしが怪我するだけで大慌てだよ」


 そんな父親の様子でも思い出しているのだろうか?

 少し視線を泳がせて苦笑する紅来。

 そう言えば紅来の父親って……元の世界では確か、県議会の議員さんか何かをしていた記憶があるけど――


「親父さんって、何してるの?」

「ん? パパの仕事?」

「うん」

「えーっと……一言で説明するのは難しいけど、簡単に言うとまつりごと関係ね」


 やっぱりそうなのか。

 オアラに別荘を持ってたり、可憐かれんと同じ高級住宅街に住んでいたり……一般家庭ではないとは思ってたが、やっぱりそういうことか。


 ただ、この世界の政治制度は民主制ではなく、共和制に近い君主制……いわゆる立憲君主制のようなシステムであるということは、リサーチで知っている。

 紅来の父親の役職も、元の世界と違うのは確かだろう。


「で……どうするんだ、この後?」

「〝ダン通〟情報によれば、階段は消えても、必ずどこかの部屋にまた出現してるんだよ。それを探して第二層にいく」

「なるほど……俺とメアリーだけだったら辿り着けなかったかもな」

「だからわたしが来たんでしょ」


 紅来が、ふふっと目を細めて微笑む。


「そうだよな……。うん、ありがとう」

「オアラで助けてもらったお返しね!」

「あの時はまあ、成り行きでああなっただけで……。今日は違うだろ」

「そうねぇ……そこまで言うなら、はい!」


 紅来が俺に肩を寄せ、かすかに上気した頬をこちらへ向ける。


「ん?」

「なんか、どうしてもお礼がしたい、って顔してたから……はい!」


 そう言って再び、にじり寄りながら頬をこちらへ向ける紅来。


「だから……なんの話だよ? お礼??」

「あー、ひどっ! オアラの地下に落ちた時、わたしがお礼にしてあげたこと、忘れたんだ!?」


 オアラ? 地下??

 二十日前の記憶がゆっくりと蘇る。


 そう言えばあの時、地盤崩落に巻き込まれたあと紅来こいつと話していて――

 そう! 突然、頬にキスされたんだ!

 お礼よ、お礼……と言いながら、はにかんでいた紅来を思い出す。


 俺の頭の上で、何かを思い出したようにポンと手をたたくリリス。


「あー、あれね! ほっぺにチューね!」


 リリスの言葉を聞いて、急に顔が火照ってゆくのが自分でも解る。


「思いだした?」と、俺の顔を覗き込みながら、くっくっと笑う紅来。

「い、いや、だってあれは……その場の雰囲気みたいな……助かるかどうかも解らない中での思い出作りみたいな……そういうアレだろ!?」

「んー、どうかなぁ? だったとしても……」


 笑みが消え、今度は真剣な面持ちで俺の目を見つめる紅来。


 いつも、周りを茶化すように軽口ばかり叩いているせいか真剣に向き合うことは少ないが――

 この至近距離で、改めてその品のある、楚々そそとした顔立ちに息を飲む。

 明朗快活といったイメージが強いが、黙っている紅来はむしろ、清楚可憐と言ってもいいほどの顔立ち。

 普段は活き活きと動く、好奇心の塊のような青墨色サファイアの瞳も、こうしてジッと一点を見据えられると、まるで吸い込まれるような神秘の千尋ちひろだ。


「だったとしても、好きでもない男子にあんなことしないけど?」

「ち……ちょっと待て! 紅来は俺を好きだってこと?」


 もしかして俺は今、告白をされてるのか?


「んー……、違うかな?」


 あれ?

 心の中で、ちょっとずっこける。


「って言うかさ、そもそも俺のキスなんかがお礼になるのかよ」

「まあ……された経験がないからね? どんな感じなのか、憧れはあるよ。その相手がつむぎならまあ、有りっちゃ有りかな? みたいな」

「なんだか、上からだなおい……」


 もぞもぞと動きだしたメアリーが、腕の中から俺を見上げる。


「ダメですよ、パパ。浮気をしたら可憐ママに言いつけますからね」


 その言葉に、クスクスと笑いながらメアリーの頭を撫でる紅来。


「大丈夫だよ、メアリーちゃん。パパは、そんなことするほど甲斐性はないから」

「甲斐性って……。そういう問題じゃないだろ? そう言うことはちゃんと好きなやつにしてもらえ!」

「はいは―い」


 おどけたように肩をすくめる紅来を見ながら、だがしかし……と自問する。

 そうは言ってみたものの、リリスやメアリーの目がなければ、もしかしたら俺だって雰囲気に流されることはあるかもしれないぞ?

 こうしてよく見れば、紅来だって並外れた美少女であることは間違いない。


「それじゃあ、まあ、ほっぺにチューはおいといて……」


 紅来が再び俺の方に向き直る。


「一生わたしをまもって、って言ったら、どうする?」

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