第十四章 トミューザム 編 ~潜入開始

01.愉快な仲間

 誰が愉快な仲間だよ……と独りちながら勇哉が右手を上げる。


「じゃあ、行きますかっ!」


 そう掛け声を上げた勇哉ゆうやのすぐ後ろに紅来くくるも駆けより、二人が先頭に立って入り口へ向かう。

 薄っすらと見えているホログラムのような巨岩が、先頭の二人を飲み込むと同時に、波紋で震える水面みなものように歪む。

 続いて、隣同士で俺と華瑠亜かるあ

 最後に、手を繋いだ優奈ゆうな先生とメアリーが続く。


 いよいよ、ダンジョン攻略スタートだ。


 入り口をくぐるとすぐ、あらかじめ聞いてはいた事だが、通路の明るさに驚く。

 真っ直ぐに切り出された無数の角石かくいしで組み上げられた、さながらピラミッドの通路のような壁。そこに、一定間隔で組み込まれている輝く石――


 照明石か!


 大きさは区々まちまちだが、概ね、幅は三十~五十センチ、長さは一~二メートル前後といったところ。奥行きは解らないが、かなりの大きさだ。


照明石これ……便利だよな。なんで人の住居では使ってないんだ?」

あんた、ほんとに何も知らないのね」


 隣の華瑠亜が真顔で首を捻る。

 笑って小馬鹿にされるよりもショックなリアクションだ。

 まあまあ藤崎さん、と、後ろから優奈先生が取り成すように声を掛けてくる。


「綾瀬くん、対抗戦で大怪我を負って、記憶が戻らない部分もあるんでしょう? 忘れちゃったことはまた、教えてあげればいいんだから」


 そう言って嬉しそうに説明を始める優奈先生。

 先生らしいことができそうな場面では嬉々とした表情になる。

 ……まあ、それは構わないんだが、どうも足元が覚束おぼつかない。


「照明石はね、大気中のマナを媒体にして効果がでるような自動術式で組まれてるのよ」

「説明はありがたいんですが……足元にも注意して下さいね?」

「もう! 喋っただけで転ぶほど先生はドジじゃ……きゃあっ!」


 グキッ、と足首が変な方向に曲がり、よろめく優奈先生。

 わざとやってるんじゃ? と疑いたくなるほどの、圧倒的なお約束感。

 先生の腕を、メアリーが慌てて抱きかかえるように支える。


「ちょっと……先生おっぱいは、おっぱいが大き過ぎて、足元が見えないんじゃないですか!?」

「そ、そんな、大袈裟よ……」


 そう言って顔を赤らめる先生だが、言われてみれば充分にあり得そうだ。

 多少転んだところで今日はメアリーも一緒だし、怪我は治せるが……。

 一応レースの途中だし、あまり悠長なことはしたくない。


「で、その……照明石の話ですけど、魔粒子(MP)マジックパーティクルでは媒体にならないんですか?」

「魔力変換塔でマナを魔粒子に変換する際、属性も全て反転してるのよ」


 つまり、マナが司るエレメントは〝水〟〝土〟そして〝光〟。これが、魔粒子に変換されると、それぞれ〝火〟〝風〟そして〝闇〟へと変化する。

 照明石の効果を発揮するために必要なエレメントは当然〝光〟だ。


「魔粒子でも明かりを作りだすことは可能だけど……韻度【九】以上のかなり高度な術式になる上に、効果も弱いのよ」


 韻度【九】と言えば召集魔法コールよりさらに上のランクだ。

 複数の術者が必要なうえ、魔法石に術式を封印しても、使用者にもそれなりの錬度と詠唱時間が要求される……らしい。


「つまり……費用対効果コストパフォーマンスの問題ということですか?」

「金銭的なコストだけじゃなく……毎晩、蝋燭よりも暗い光のために五分も発動詠唱するなんて面倒でしょ? ランプの方が安上がりで効果も大きいのよ」


 例えば、冷気石は水属性だ。

 部屋全体の気温を下げるような大きな冷気石は、商業施設くらいでしか使われていないのもコスパが悪すぎるのが理由だろう。


「因みにこの照明石は、冷気石みたいに効果が切れたりはしないんですか?」

「光のエレメントはマナでいくらでも供給されるから、魔石力自体はほとんど消耗しないのよ。全くではないけど、石さえ無事なら数千年は持つとも言われてるわ」


 なるほど。冷気石は、魔粒子には備わっていない〝水〟属性だから魔石力とやらの消耗が激しいということか……。


 と、その時、先頭の紅来が右の掌をこちらへ向けて立ち止まる。

 それを見て、全員の歩みも止まる。


 ふと周りを見渡すと、これまでのっぺりと続いていた石壁に凹凸が目立つようになり、所々に入り口のような暗がりも……。


「小部屋が多くなってきた。この先はいよいよトラップも多くなってくるから、少し探索サーチスキルで調べてくる」

「大丈夫か? わざわざそんなことしなくても、通路を外れなきゃいいだけじゃ?」


 俺の提案に、しかし紅来が首を振る。


「ううん。実はどこかの小部屋が正解ルートで、通路にはトラップが……なんていう場所もあるらしいから。〝ダンジョン通信〟で特集されてた」


 そんな専門誌があるのか。


「でも、それにしたって、わざわざ先行探索するほどのこと? みんなで移動しながら、発見次第対処していけばいいんじゃ……」


 チッ、と舌打ちをしながら、紅来が肩を組んで来る。


「普通のメンバーならそれでもいいよ? でもさ、ズバ抜けてどん臭いのが一人いるじゃん?」


 そう語りながら、優奈先生の方へ視線を向ける紅来。

 いくらヒソヒソ声とはいえ〝どん臭い〟はさすがに可哀想じゃない?


「なるべく事前にトラップを把握して、無駄のないルートを選択したいんだよ」

「でも、いちいちそんなことしてたら時間がいくらあっても……」

「大丈夫。ダン通・・・のクロスレビューによれば、ルート誤認のトラップが一番多いのは第一層らしいから。第二層以降は嫌でも全員で動くことになるよ」


 一緒に行こうか? と言う勇哉の申し出に、少し考えるように視線を宙に向ける紅来。


「それじゃあ……人数に応じて発動するトラップもあるらしいから、私が見えるギリギリの距離を保ってついてきて」

「オッケー!」

つむぎと華瑠亜は留守番よろしくね! 余計なことするなよ? 三十分経っても戻らなかったから、皆で先に進んで」


 そう言って立ち去る紅来。

 七~八メートル程距離を開けて、勇哉もついて行く。


「なんだかやけに、紅来と親しいのね?」


 横を見ると、訝しそうに俺を見ている華瑠亜の視線にぶつかる。


「俺のこと? クラスメイトなんだし……普通だろ」

「そう? 肩組んだりとか……あなたたち、そんなスキンシップまでするような仲だったかしら?」

「かしら? って……そんなこと言われても、紅来の距離感がやけに馴れ馴れしいのは華瑠亜おまえも知ってるだろ」

「それだけかなぁ? ミーティングの時、何かあったんじゃないの? 私が寝てる間に」

「あるわけないだろ! 立夏りっかも、妹のしずくもいたんだぞ」

「いなかったら、何か起こってたってことね」

「なんでわざわざ逆に言うかなぁ……」


 そう言えば――と、何かを思い出したように口を開くメアリー。

 嫌な予感がする。

 経験上、このタイミングの〝そう言えば〟からはろくな情報が出てこない。


「そう言えばミーティングの日、パパが華瑠亜かるっぺの部屋から戻ってきた時、紅来くくりんの胸をじっと見てました」

「なんだその、世界で一番どうでもいい情報は!?」


 そんな俺の抗議を無視して、なおも思い出しながら説明を続けるメアリー。


「あの時紅来くくりんが、『シャツのボタン外しておいたら、紬のやつ、私の胸元を見るか実験だーっ!』って言ってましたので」 


 何くだらないことやってんだよ、紅来よっぱらいめ……。

 言われてみれば確かに、第三ボタンまで外されたシャツのせいで、紅来の胸の谷間がはっきりと見えていたのは覚えている。

 目のやり場に困った記憶があるが、あれ、トラップだったのか。


「パパ、メアリーには〝ちっぱい〟がいいと言っていたくせに……がっかりです」


 そんなこと言ったっけ!?


「ちっぱい……それはそれで、問題ね」と、厳しい表情を崩さない華瑠亜。

「やっぱり、大き過ぎるのはダメなのね……」と、優奈先生まで悲しそうに呟く。


 いつの間にこんな話になったんだ?

 そもそも、メアリーに発言を許したのが間違いだ!


 その時、肩の上からふわりと飛び立ったリリスが話を遮る。


「私、そこの部屋に入ってみたい。夜目も利くし、ちょっと調べてみるよ」

「はあ? ちょっと待て! トラップでもあったらどうするんだよ!」

「不〇議のダンジョンって確か、全部床スイッチでしょ? 飛んでいくから大丈夫よ」

「いやここ、不〇議のダンジョンじゃないし……」


 だが、そんな俺の制止に聞く耳も持たず、鼻をくんくん鳴らしながら傍の部屋へ姿を消すリリス。

 ん? あいつ、何か嗅ぎつけたのか?


「仕方ないなぁ……私も付き添うよ。リリスちゃんに」


 そう言って腰を上げる華瑠亜。


華瑠亜おまえまで……。リーダーがそんな軽率でいいのかよ!」

「だって退屈だし……。そもそも、付近にトラップがあるなら探索魔法サーチを使っていた紅来が注意するはずでしょ?」


 どうだろう……。そんな魔法を使っていた様子もなかったが?

 まさか紅来も、のこのことこんな怪しげな部屋に入る奴がいるなんて思ってないんじゃないかな。


 だがしかし……愉快な仲間を舐めてはいけない。


「リリっぺにだけ手柄を立てさせるわけにはいきません。メアリーも行きます!」

「なら先生も……引率として放っておくわけにはいかないわね」


 この人たちみんな……暇なだけなんじゃないの?


 とは言え、一人で残っているのも寂しいので、俺も結局ついていくことにする。

 使い魔二人を含めた五人全員が、芋づる式・・・・に近くの小部屋を探索することに。


 暗い通路を少しだけ進むと、直ぐに四十平米へいべいほどの小部屋に出る。畳なら二十畳強と言ったところか。室内にも照明石が使われていて明るい。


「やっぱり~っ!!」


 最後尾の俺が部屋に入ると同時に、最初に入ったリリスの歓声が聞こえた。


「どうした?」

「なんか、焼肉みたいな……燻製みたいな臭いがすると思ったのよね」


 見れば、部屋の奥に置かれたテーブルの上に、百五十センチほどはあろうかという、こんがりと色づいた豚の丸焼きが鎮座している。


 なんで、ダンジョンの中に豚の丸焼きが!?

 当然だが……見るからに如何わしい。

 こんな、あからさまな地雷に手を出す奴なんているんだろうか?


「ひゃっほーっ!!」 


 すかさずテーブルに近づき、躊躇ちゅうちょなく豚にかじりつくリリス。


 マジかよっ!


 次の瞬間、豚の丸焼きがテーブルごと白い煙に変わって霧散する。

 同時に、背後からズズンッ、という嫌な音が……!

 振り返ると、どこから出てきたのか、石の扉が今来た通路を塞いでいた。


 トラップかっ!


 再び前方に視線を戻すと、霧散した白い煙が、何かを形作るように再集結していく。二足歩行のトカゲのような胴体に、大きな翼。

 あの形は、まさか――


「ド……ドラゴン?」


 呟いたのは、慌てて俺の肩に戻ってきたリリス。

 ドラゴンって……ファンタジーの世界では定番の最強生物だぞ!?


「まさか……ランクEダンジョンよ!? そんなの出るわけないじゃない!」


 華瑠亜の言葉を聞いて、すぐにリリスが訂正する。


「じゃあ……ドラゴン以外かな」

「広いわっ!」



TAMUYYN

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