11.役立たず

 間違いない。確かに伊呂波こいつ、役立たずだ。


 元の世界でも『もしかして?』と思える節はあったが、最初から〝男の娘〟資質はあったんだろうな。この世界では完全にはっちゃけて・・・・・・る。


「そうそう、じゃあ、オーナーに話したら結果を連絡しますんで、通話番号教えてもらえます?」

「お、おう……」


 俺が述べる番号をサラサラとメモ用紙に書き取っていく伊呂波いろは

 ペンを持つ細くて白い指も、まさに女の子のそれだ。


「あー、やっと先輩の連絡先教えてもらえたぁ。今まで何度訊いても教えてくれなかったのに、嬉しいですぅ!」


 え? そうなの?

 もしかして俺、ヤバい奴に教えちゃったんじゃないだろうな?


「あ、今度先輩の家に遊びに行ったりするのも、ありですか? 家の場所は大体知ってるんですけど……ウェストフナバシティでしたよね?」

「う、うん……」

「確か、カンナバル二丁目の丁字路を左折した先の右側四軒目――」


 そこまで!? 大体って言うか、特定されてるじゃん!


「……の、二階の右側でしたよね、お部屋?」

「ストーカーっ!?」


 いやだなぁ、冗談ですよ、と、くすくす笑う伊呂波。

 いやいやいや! 部屋の位置、合ってるから!


「家にお邪魔する時は、こんな野暮ったい格好じゃなくて、もっと可愛いの着て行きますね」


 別にそういうのは求めてない。

 それに、見た目だけなら――


「今でも、充分に可愛いと思うけど?」

「や、やだなぁ、先輩ったらっ!」


 俺の言葉に、真っ赤になって照れながら、パシンッと俺の腕を叩く伊呂波。

 えーっと……ほんとーに、男だよね?

 認識なんて阻害しなくても、天然幻術士じゃん伊呂波こいつ


「じゃあ、ボクたちは南口スタートなので、そろそろ行きますね! 今日はお互い、がんばりましょう!」


 ワンピースの裾を翻しながら去っていく伊呂波を、俺も手を振りながら見送る。

 パイを食べ終わったリリスが、指を舐めながら口を開く。


「な~んかまた、濃いキャラが出てきたわね」

「うん……」


 濃いキャラ第一号はリリスおまえだけどね?


「って言うかリリス、限定パイ、全部食っちゃったの!?」

「う、うん……。あれ? 紬くんも食べたかった感じ?」

「いや、まあ、どうしてもってわけでもないけど……普通、一口くらいは残しておかないか? 俺の金で買ったんだし」

「さっき、ねぎまのネギあげたじゃん」

「肉食ってねーし! ……って、なんで俺の方がもらう側になってんだよ」

「そんなことよりさ……」


 話、逸らそうとしてるなこいつ……。


「アルバイトの件、どんな職場か確認しなくて良かったの?」

「ん? ああ、まあ、聞いてる感じではレストランみたいな所だろ」

「でも、〝ああ言う店・・・・・〟みたいなこと言ってたし……ちょっと怪しくない?」

「俺もちょっと引っかかったけど……どんな職場でした? なんて訊くのもおかしいだろ? って言うか、そう思ったならおまえが訊いてくれよ!」

「そんなことよりさ……」


 ま、またぁ?


「なんだよ今度は?」

「私今日、鶏串と豚串は食べたけど、牛串は食べてないっ!」

「……今気づくか、それ?」


               ◇


「遅いぞー、つむぎっ!」


 待ち合わせの広場に近づくと、腕組みをした紅来くくるからお叱りを受けるが、声色からはそれほど怒っている風でもない。


「ごめんごめん、ちょっとそこで、知り合いに会っちゃって」

「知り合い? 誰か、同級生でも遊びに来てた?」

「ううん。バイト先で一緒だった子で……」


 華瑠亜かるあの耳がピクリと動く。


「〝子〟? って、女の子?」

「あ、いや、男の子」


 っていうか、男の娘。


「ふぅん……。あんたの、もう一個のバイトって、何なの?」

「うーんと……レストラン的な? 感じの……ホールスタッフ? 的な仕事?」

「なんでいちいち疑問系なのよ」

「いや、なんて言うか……」


 俺もさっき、初めて知ったところなので。


「それにしても、男でホールスタッフって、珍しいよな?」


 勇哉ゆうやが首を捻る。


「そうなの?」

「レストラン系なら大抵はウェイトレスだろ? 男がホールに出るとなると、酒場バー喫茶店コーヒーハウスが定番だけど……つむぎんとこもそうなの?」

「ど……どうなのかなぁ……」

「あんた、なんでそんなあやふやなのよっ!?」


 さらに猜疑心にくるまれたように、眉根を寄せる華瑠亜。


「いや、なんて言うか……そ、そう! 記憶喪失!」

「……それ、思いついたように言うこと?」


 まだ何か言いた気な華瑠亜を制するすよに、優奈先生がパンパン、と手を叩く。


「とりあえず話は後にして、そろそろスタート地点に向かいましょう!」


 広場中央に仮設された日時計を見ると、時間は午後五時過ぎ。

 俺たちのスタート地点である西口までは十分もあれば着くらしいからまだ余裕はあるが、早め早めの行動を心がけるに越したことはない。


 結界の効力でダンジョンの入り口が開放されるのは毎日午後六時から三十分間だけ。万が一にでもそれに遅れたら参加自体が不可能になってしまう。


「みんな、トイレは大丈夫か? ダンジョン内だと、第二層に着くまで、小はともかく大の方は難しいからね?」


 紅来の再確認の言葉を聞いて、華瑠亜が立ち上がる。


「あ、じゃあ私、ちょっと行ってくる。少し時間かかるかも……」

「〝大〟か〝中〟ですね、かるっぺ!」


 メアリーの大声に顔を赤らめる華瑠亜。


「ちっ、違うわよっ! もしかしたら混んでるかも知れないってこと! って言うか〝中〟って何よ!?」


 とにかく、ちょっと待ってて! と言いながら立ち去る華瑠亜。


「俺も前から思ってたんだけどさ……〝中〟って何?」


 俺の質問に、メアリーが呆れたような表情で口を開く。


「はあ? 人間はあれ・・を何て呼んでるんですか? 本来は固体であるはずの物がドロドロの状態で――」

「あ――――っ! もういいっ! 解った!!」


 慌ててメアリーの口を塞ぐ。


              ◇


 午後五時四十分。

 【かぁりんと愉快な仲間チーム】全員がスタート地点に到着する。

 近くには、係員の待機所だろうか。青い幌の仮設天幕テントが見える。

 テントの前には数名の監視スタッフと……そして、俺たちを担当する時空魔法士イスパシアン雑魚井ざこいの姿も。


「じゃあ、最後にもう一度、潜入直前の確認をするわね」


 輪になって並んだ俺たちの顔を順に眺めながら華瑠亜が口を開く。


「一応、代表者として申し込んでるので、リーダーは私と言うことで。別にD班で集まってるわけでもないし、それでいい?」


 特に反対意見もなく、全員が頷く。


「で、副リーダーは、D班班長ってことで、紬でいいわね?」

「え? 今、D班関係ないって言ってたばかりじゃ……」


 順当に考えれば資質で紅来か、あるいは立場上、優奈先生が適任だろう。


「いいのよ。どうせあんた、前衛の荷物持ちポーターもするし……後衛で私のサポートしてなさい」

「一応俺も三日間も特訓してきたし、Eランクくらいなら前衛も……」

「あのね、魔物相手は、さっきの三馬鹿とはわけが違うんだからね? 相手だって定石通りの動きなんてしてくれないんだから!」

「いや、だから対魔物用の秘密特訓だって……」

「まあまあまあ!」


 俺と華瑠亜の間に割って入るように、優奈先生が言葉を継ぐ。


「後衛が多いパーティーだし、後ろで守ってくれる男の子がいると先生も心強いなぁ。ほら! 魔物も、後ろから襲ってきたりするかも知れないし!」


 はぁ……先生にまで気を使われては仕方ない。

 実は六尺棍の魔力コーティング、ザコ相手に少し試してみたかったんだが……まあ、特訓の成果はまた別の機会に試すか。


「解りましたよ。じゃあ、俺は後衛のガードで――」

「やったーっ!!」


 両手を挙げて万歳をする優奈先生に合わせて、Eカップも上下に揺れる。

 本気で頼まれてたのか!

 さらに、口に手を添えて、ヒソヒソと話しかけてくる優奈先生。


藤崎華瑠亜ふじさきさんはあんな風に言ってるけど、先生は頼りにしてるからね!」

「はあ……どうも」


 耳元に口を寄せるのに合わせてEカップが俺の右肩に押し付けられたので、慌てて身をよじって体を離す。

 こういう無防備さがほんと罪だよな、この人……。


柴田絵恋しばた先生も言ってたよ! 綾瀬くんはなかなかだ、って」


 そう言って、励ますように俺の背中をポンと叩く。


「なんだか……ふんわりとした評価ですね?」

「そう? う~んと、そうそう! なかなか飲み込みが早いって言ってた!」

「絵恋先生が?」

「うんうん」


 特訓中はダメ出しされた記憶しか残ってない。

 どっちか言うと俺、褒められて伸びるタイプだと思うんだけどなぁ。


「それに、メアリーちゃんも……なんだっけ? そうそう! 綾瀬くんパパの強さは草生える、って褒めてた」

「それ、褒め言葉じゃないです……」


 最後にもう一度、全員を見回して最終確認をする紅来。


「言ってもランクEだしね。出現する魔物はほぼ★2まで。ごく稀に★3の出現もあるかも知れないけど……注意するべきはむしろ、トラップの方」

「トラップって、結構ヤバいのもあるのか?」


 紅来の説明を聞いて少し不安になったので訊いてみる。

 そう言えば魔物のことばかり気にしてたけど、人工型ダンジョンだからトラップだってあるんだよな。


「催し物で使われるくらいだし、そこまでヤバくはないね。トラップデータは公開情報だから頭に入れてあるけど……足止めや捕縛系がほとんどかな」

「公開情報ってことは、トラップの位置も解るの?」

「ううん。次元相違結界のせいで潜入の度にルートが変わるから……予めトラップの位置を把握するのは無理だねぇ。解ってるのは種類だけ」


 なるほど。不〇議のダンジョンみたいなものか?

 緑色の罠でおにぎりを腐らせたら、リリスが怒りそうだ。


 と、その時、フェスティバル会場から打ち上げられた号砲が、空に白い煙を散らしてパンパンパン、と鳴り響く。

 午後六時の合図だ。


「それでは〝かぁりんと愉快な仲間チーム〟のみなさん、これより三十分以内にダンジョン潜入を開始してくださぁーい」


 待機所の前から、恥ずかしいチーム名と共に声を掛ける監視スタッフ。

 同時に、目の前の巨岩が透けるように色を失い、その向こう側に現れたのは……巨石で組まれたダンジョンの入り口!


 誰が愉快な仲間だよ……と独りちながら勇哉が右手を上げる。


「んじゃ、行きますかっ!」

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