09.華瑠亜が泣きながら俺の名前を叫んでる
華瑠亜が泣きながら俺の名前を叫んでる……。
その姿を映したのを最後に、俺の意識は白く、そして視界は黒に塗り替えられた。
ああ、これが死ぬという感覚か……。
なんだか、今朝起きてから今までの数時間が全て、死ぬ前に見ていた不思議な夢のように感じる。
まあ、でも、無駄に死んだわけじゃないよな。
少なくとも、死の直前に華瑠亜を助けることはできたんだ。
いろいろ思い残して死んでいくのに比べたら、少なくとも友達の女の子一人は助けたんだぞ! と思いながら死ねるのは、ある意味幸せかも知れない。
――っていうか、あれ?
なかなか意識が飛ばないな。
誰かが俺を抱きかかえている……。
「綾瀬君! しっかり! 綾瀬君!」
優奈先生の声?
と言うことは、この右頬に当たってるのは、優奈先生のEカップ?
なんとか、少しだけ瞼を押し上げると、目の前に必死で
俺の顔に覆いかぶさるように、Eカップが目隠しをしている。
「綾瀬君! 鼻血まで出てきてる!」
それは多分、ダイアーウルフのせいじゃないだろうな……。
先生の隣で泣きながら俺を覗き込んでる、見覚えのあるツインテール。
華瑠亜か……。
それにしても……上半身が馬鹿みたいに痛い。
死ぬのは仕方がないとしても、この痛みだけはなんとかして欲しい。
早く気絶したいのに、回復呪文のおかげか、妙に意識がはっきりしている。
なんだか、周りがバタバタと騒がしい。
他の先生達の声も聞こえる……。
『ウルフは、大丈夫か?』
『今、数名がバインドで抑えてる。綾瀬君はどうだ?』
『ヒールじゃ間に合わん。
『今こっちに向かってる!』
『傷が酷いし、出血も多い。これじゃ、体力の前に痛みに
『ヒールの効果は落ちるが……仕方ない、一旦眠らせよう』
再び、俺の瞼が閉じる。
そして今度こそ、俺の五感は
◇
次に目が覚めたのは、薄暗い石作りの部屋に置かれたベッドの上だった。窓の外に見える
部屋の壁に備え付けられた数個のランプには既に火が灯されていたが、LEDの蛍光灯に慣れた現代日本人にとってはムーディーな間接照明のような薄暗さだ。
体を起こそうとして、途端に激しい痛みが上半身を襲う。
「痛っ!」
俺の声に、ベッド脇の椅子でウトウトしていた優奈先生がハッと目を覚ます。
「あ、気がついた? まだ立っちゃダメ!」
優奈先生が慌てて俺の両肩に手を添える。背中に手を回されて再びベッドに寝かされる際に、先生のEカップが俺の右腕に触れる。
先生……これじゃあ、別の部分が勃っちゃいます。
「今日は一晩、ここで泊まりだからな!」
優奈先生の後ろから、保健医の柴田先生が声を掛けてきた。
下の名前は、なんだったっけな……リンダだったか、ヘレナだっか……なんか外国人みたいな名前だった記憶がある。
「酷いケガだったんだぞ~、おまえ。牙で背中と胸、左肩、それに左上腕、計十八箇所、穴開けられてたからな」
特に左上腕は前後から計二本の牙が貫通していて、一歩間違えば肩から下は切断だったと説明を受ける。
そっと左手を動かしてみる。
―――動いた。
良かったぁ!
「さっきまでご両親も見えられてたんだが、命に別状はないってことで、とりあえず帰ってもらう事にした。妹さんもいるらしいしな?」
傷が酷すぎて痛み止めの効果も限定的だから注意しろ、と説明を続ける柴田先生の声を聞きながら、徐々に
そっか……。
今朝は
前に雫に会ったのはいつだっけ?
なんだか、ひどく懐かしく感じる。
「ギリギリ、心臓を外れてたのが不幸中の幸いだった。心臓に穴が開いてたら即死だったぞ」
蘇生呪文使えるヒロインを一人作っておくべきだったか。
「華瑠亜は、無事でしたか?」
「ええ。ちょっと膝に掠り傷が出来た程度よ。心配ないわ」
そう答える優奈先生の笑顔を見て、俺は改めてホッと胸を撫で下ろす。
「よくやったな~、綾瀬。噛まれたのが
多分、ケガの跡も残るんだろうし、華瑠亜じゃなくて本当に良かった。もし噛まれたのが華瑠亜だったら、俺はもっと苦しんでいた気がする。
「藤崎もここに残るって言い張ってたんだけどな。まあ、いつ目覚めるかも解らないし、明日には会えるから、ってなんとか帰したよ」
「準備室で言ったこと、謝っておいて下さい、って頼まれたわ」
優奈先生の言葉に、しかし俺は首を振った。
もともと、俺がもっと戦力になれていたなら、あんな場面にだってならなかったはずなんだ。
あ! そう言えばリリスは?
ぐるりと室内を見渡す……までもなく、ベッド脇の袖机に俺のワンショルダーが掛けられている。
鞄のポケットを覗くと、中でリリスが膝を抱えて寝ているのが見える。
一応、こんなんでも唯一の使い魔だからな。大事にしとかないと。
「じゃあ、
「いえ、私も一緒に……」
「あとは私の仕事。先生は先生の仕事があるでしょう? 他の生徒のケアとか」
ちょっと残念だが仕方ない。ここは潔く見送ろう。
「大丈夫ですよ優奈先生。おかげで、だいぶ良くなりました。
「ううん。もっと上級職になっていれば、傷を治したり痛みを和らげたりしてあげられたんだけど……ごめんね」
優奈先生に謝られるようなことなど何もない。かえって申し訳ない気持ちになる。
「では、お先に失礼します」
優奈先生が出て行くと柴田先生が包帯を持って近づいてきた。
「よし、包帯替えるか。ちょっと痛むけど我慢しろよ」
俺は、ずっと気になっていたことを訊ねた。
「ジュリアでしたっけ?」
「エレンだよっ!」
◇
翌朝、左腕を木枠と包帯で固定して医務室から直接教室へ行く。
俺の姿を見ると、みんなが一斉に駆け寄ってくる。実は昨日の中庭の実習戦は、この教室から観戦できるのだ。一応、魔法史の自習だったはずだが、観戦は先生方も黙認しているらしい。
「見てたぜ紬! チーターの割には男気見せたじゃねぇか」
さっそく
当然、ここで言うチーターには
「そんなんじゃねぇよ」
実際、そんなんじゃない。今でも戦力になれなかった事を情けなく思う気持ちの方が圧倒的に強い。
「まあでも、チーターのイメージは払拭でいいんじゃないか?」
「俺はもともと、そんな風に呼んだことないぜ」
「あんだけの男気を全校生徒の前で見せられたら、もう呼べないでしょ」
うん、いつらとはこっちの世界でもまた親友になれそうだ!
最後にまた、勇哉が口を開く。
「あれじゃね? これからはネコ科のチーターってことにすればいいんじゃね?」
お前はいつかぶっ飛ばす……。
「あ、あの……大丈夫?」
声の方を向くと、D班の女子が一人立っていた。
え~っと、そうそう、
前の世界での記憶も心許ないが、こちらでは眼鏡をかけている上に、グレーアッシュに染めた髪のせいでかなり印象も変わっている。
勇哉とゲームのことなんかで話してるのは何度か見かけたが、俺は……多分、片手で数えられるくらいしか話したことがないはずだ。
元の世界では確か……演劇部だったっけ?
「うん。もう、だいぶ良くなったよ。昨日はお疲れ様。」
ほんと、ずっと踊りっぱなしだったからな、麗。
RPGなんかでは、踊り子って魔力節約のキャラくらいにしか思ってなかったけど、実際にやるとなると大変な職業だわ……。
続いて声を掛けてきたのは、麗のすぐ後ろから現れた、薄桃色のショートボブと亜麻色のツインテール――
「昨日は、噂の話なんかして、ごめんなさい」と、立夏。
「ああ、チーターの? そういう噂があるっていうのは事実なんだろ? 立夏もそれを言っただけだろうし、謝ってもらうほどのことでは――」
そんな俺の言葉に被せるように、立夏を
「ほんと、立夏は口調がぶっきら棒だから、気をつけた方がいいわよ!」
いや、
「ん~っと、昨日はその……ありがとねっ!」
視線を逸らしながらお礼を言う華瑠亜の頬に、少し赤みが差す。単に照れ臭いだけなのか、ツンデレでも目指しているのか……。
元気な華瑠亜を見て、なぜだか急に鼻の奥がツンと痛くなる。
よかった……ほんとによかった……。
思わず、右手で目頭を押さえる。
「ちょ、ちょっと
いや、こんなことで泣くなんて、自分でもかなりびっくりだ。前の世界では絶対に経験しなかったような死線を彷徨って、感傷的になっているのか?
「泣いてねぇよ。ただ、一瞬死を覚悟したからさ。最後に見たのが
お互いに生きていた喜び……それだけじゃない。
怪我をしたのが俺で良かったと、すらりと眩しい華瑠亜の姿を見て改めて思う。
「紬……」
なんか、華瑠亜まで少し涙目になってるようだ。
「いやいやいや……誰のせいかは別にして、ああ言う行動はなかなか咄嗟にできるもんじゃないよぉ」
立夏と華瑠亜の間を掻き分けるようにして入ってきたのは……
華瑠亜もなかなかだが、二人が並ぶとやはり、紅来の胸の存在感は一段上だな。
「どんな
実戦……。
昨日のダイアーウルフ戦は飽くまでも模擬戦だ。しかし今後は〝実戦〟と呼ばれるような場面に遭遇することもあるんだろうか。
いや、そんなことより、
「背中を預けるパートナーが、いざって時にどんな行動をとる奴かってのは重要だよ。……って言うか、聞いてる、紬!?」
「あ、ああ、ごめんごめん、聞いてる聞いてる」
胸を押さえながら聞き返す紅来に、慌てて相槌を打つ。
「まあ、私の胸に
くくっと悪戯っ子のように笑う紅来。
その横から、華瑠亜の半眼にジットリ見られているのが気になるが……。
うん、なんて言うか……だいぶみんなの好感度も上がった気がするぞ?
チーターの称号もどうやら卒業できそうだし、そう考えるとこの負傷も、滅茶苦茶痛かったけど相応の収穫もあったんじゃないか?
「昨日は、お疲れ様」
最後に、長い黒髪をなびかせながら声を掛けてきたのは
「お、おう。そっちこそ、大変だったな」
実質、ずっと一人で前衛張ってたようなもんだからな。
大したもんだよ。
「可憐の方は、怪我、なかったか?」
「うん。私が飛ばされた時は、直ぐに紅来が魔物を惹きつけてくれたしな」
「そっか、良かった」
「紬のことも見直したよ。ああ言う行動が取れる奴なんだな、って」
だけど……と、可憐が少し言い淀む。
ん? こういう歯切れの悪さは、可憐にしては珍しい。
「自分でも分かってるみたいだから言うけど、戦力として不十分なのも事実だ」
「あ、うん。それは、痛感してる」
「ちょっと可憐! なにも今、そんな話をしなくても!」
可憐を制するようにフォローしてくれたのは華瑠亜だ。
しかし、可憐の指摘は俺も昨夜、ずっと
「いいんだ華瑠亜。本当のことだし、俺も悔しいと思ってる」
とにかく、いつ元の世界に戻れるかも解からない。この世界にいる限り、あんな戦闘力では命がいくつあっても足りなそうだ。
少し間をおいて、再び可憐が話を続ける。
「だから、怪我が治ったら、テイムキャンプに付き合ってやる」
可憐の言葉の意味がよく解らないが、とりあえず頷く。
テイムって言うからには俺の
「可憐が行くなら、私も行こうかな!」と、紅来。
「私も! 実家の方、説得してみる」と、華瑠亜。
「私も……」と、立夏。
「わ、私も……大丈夫です」と、麗。
結局全員かよ? 何だ、テイムキャンプって?
様子を見ていた勇哉が、俺の右肩に肘を乗せて茶化してくる。
「おう、おう、おう! なんだなんだ? D班はハーレムパーティーか?」
ああ、おかげさまでな。
「それにしても、あれだな。おまえら、前衛は少ないわ、回復はいないわ、ほんとバランス悪いパーティーだよな。誰が組み合わせ考えたんだよ?」
お前だよ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます