第二章 トゥクヴァルス 編

01.テイムキャンプって何?

「お兄ちゃん、テイムキャンプって何?」


 熱く沸かし過ぎたのか、ミルクに息を吹きかけながら、妹のしずくが訊ねる。

 テーブルの上には他に、パンとチーズ、加えて今日は頂き物のキャビアもあるが、概ねいつもの朝食だ。


 この世界の学校では小・中・高の区別がないため、元の世界で中学三年だった雫は、こちらでは九年生となる。二つ上で高校二年だった俺は十一年生だ。


 専攻職の選択は、客観的な適正判断と本人の希望を元に、十年生――元の世界で言えば高校一年の春に行うらしい。

 専攻職の選択をする前の九年生までは別校舎に通っている。話によると、元の世界では中学校があった場所のようだ。


 因みに、あたりまえだが、卒業後は必ずしも退魔兵団や自警団になるわけではない。

 戦闘技能を用いて凶悪犯や魔物と戦うようになるのは一握りの成績優秀者のみ。それ以外は魔具や武器の所持を制限され、一般人としての人生を歩むことになる。


「お兄ちゃん? 聞いてる?」

「ん? ああ……テイムキャンプのことだっけ?」

「そう!」


 モンスターハント対抗戦の怪我から二週間、怪我もすっかり治り、今日の午後からはかねてより計画していたテイムキャンプだ。


 しかし、二週間であの怪我が直るってのは凄いな……。

 あれだけの怪我なら、前の世界であれば全治数ヶ月は必要だっただろう。

 いや、折れた肋骨が飛び出し、肺も穴だらけなんて、生存不可能レベル?


 ダイアーウルフに噛まれた後、優奈ゆうな先生が体力回復ヒールを唱え続け、駆けつけた僧侶プリスートの先生が全力で傷の修復をしてくれたらしい。

 特に、肋骨や肺の損傷がヤバかったらしいが、三人がかりの復元魔法リジェネレーションでなんとか治したんだとか。


 リジェネレーションも、いろいろと制限があって万能ではないとのことだが、それでも元の世界に比べて遅れている医学を、魔法がかなりの部分カバーしているのは間違い無さそうだ。

 内臓優先で治療したため、皮膚にはバッチリ牙の跡が残ったままだが、これはこれで歴戦の勇者みたいでカッコいい。中学二年くらいの年頃だったら、むしろ喜ぶくらいかも知れない。


「ごめんごめん……ちょっと、他の事を考えてて……」

「なに、ボーっとして? まあ、いつものことだけど」


 雫が軽く頬を膨らませながら、しかし、大して怒ってるふうでもなく、好奇心旺盛そうな黒い瞳で真っ直ぐに俺を見つめている。

 中学三年ともなれば、大人に憧れた女の子が少し背伸びをしたがる年頃だ。

 若さという最大の武器をないがしろにして化粧なんかに興味を持つ子も少なくないのだが、この世界の十四歳はかなり純朴な印象だ。


 雫って、こんなに可愛かったっけ?


「簡単に言うと、使い魔を捕まえるためのキャンプらしい」

「大変なの、それ?」

「まあ、ポシェモンみたいにはいかないだろうな、多分」

「ポシェモン?」


 ああ、そっか、雫は知らないのか、ポシェットモンスター……。

 元の世界のサブカルに例える癖は改めないとな。


「タイミングとか、狙ってる魔物によってさまざまらしいよ」

「捕まえたらリリスちゃんと一緒に持ち歩くの?」


 テーブルの上でチーズをかじっていたリリスがビクッと肩を震わせる。


「そ、そうなの?」


 同じ鞄に魔物と美少女メイドを二人きりにする――

 人によっては垂涎すいぜんのシチュエーションかも知れないが……良かったな、リリス、俺にそういう趣味がなくて。


「安心しろ。どうやらファリミアケース、ってのがあってだな……」


 友人たちからさりげなく聞き出した情報を二人に説明する。


「使い魔を出し入れ出来るという超便利アイテムがあるらしいんだ」


 この辺の設定は黒ノートには書いてなかったし、自動生成プログラムによって作られたご都合設定だろうが、実際に異世界生活を始めてみると、ご都合設定ほど有り難いものはない。

 恐るべし、自動生成プログラム! ご都合設定バンザイ! だ。

 ……と言うか、勇哉の設定が穴だらけ過ぎたんだが。


「そのケース、お兄ちゃん持ってるの?」

「いや、立夏りっかって友達のお兄さんがテイマーやってるみたいでさ。昔使ってたお下がりで良かったらあげるよ、って言ってくれて」


 聞けば、かなり高価なアイテムらしく、一週間やそこいらで苦学生が直ぐに用意できるような金額ではないらしい。正直、立夏の申し出は非常にありがたかった。


「ふ~ん。それ貰ったら、リリスちゃんもそこに入れて持ち歩くの?」


 テーブルの上でキャビアをかじっていたリリスがビクッと肩を震わせる。


「そ、そうなの?」

「そうだな。キャビアを食う使い魔なんて、入れといた方が経済的かもな」


 リリスが慌ててキャビアを放り投げる。


「まあ、リリスはちょっといろいろあって、特別だからさ。出してて魔力を馬鹿食いする、ってわけでもなさそうだし、とりあえずはこのままかな」

「そっか。私もリリスちゃんと話せなくなると寂しいし、それならよかった」


 リリスも、安堵したようにホッと息を吐く。


「と・り・あ・え・ず! だからな。なんか不都合があればいつでもケース行きだ」

「キャビアは……食べていいのよね?」

リリスおまえはサイズが小さいんだから、痛風に気をつけろよ」


 そう言えば未だに、リリスについては謎だらけだ。

 元の世界から転送されたのは俺とリリスだけ、って話だったけど、ノートを持っていた俺はともかく、リリスは何なんだ?


 当然、人間ではない。

 前の世界にも人外の存在があった……と言うのはまあ、実際にこれだけ不思議な状況を体験しているわけだし、受け入れることはできる。


 ただ、人間界とどんな関わりを持っていたのか、それくらいは聞いてみたい。こんな世界に転送された今の状況だって、リリスと無関係だとは思えない。

 いつもはぐらかされているが、そのうちきちんと問いたださないとな。


「そう言えばお兄ちゃん、お父さんに〝くん付け〟は止めろって言ったんだって?」

「ん? ああ。……だっておかしいだろ? 息子を〝つむぎくん〟なんて呼ぶの」


 母と親父はお互いに再婚で、前のパートナーとはどちらも死別している。

 元の世界では俺が一歳の頃に籍を入れたと聞いていたし、こちらでもそれは同じなのだろう。

 そのせいか、こちらでは〝くん付け〟で呼ばれていたようだが、向こうでは普通に呼び捨てだったし、気持ち悪いので止めさせた。


 因みに、再婚後に生まれた妹とは、異父兄妹の関係になる。


「そうかも知れないけど……昔からずっとそうだったのに、なんで急に?」

「いや、急に、って言うか……気にはなってたんだよ、ずっと」

「ふ~ん……」


 涼やかな目元から、探るように俺の顔を覗きこむ雫。

 まさか俺が、この世界にいた今までの兄・・・・・とは別人だと気づかれたわけじゃないよな?

 こちらでも子供に〝くん・ちゃん〟を付けて呼ぶのは少数派マイノリティーのようだし、直させてもとくに不自然ではないはずだが――

 女の勘は鋭いというし、気をつけた方がいいだろう。


「ごちそうさま! ……じゃあ、行って来る」


 最後に残った一欠片のパンを口に放り込みながら、テイムキャンプ用の荷物をまとめた鞄を持って家を出る。

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