02.キャンプメンバー

 放課後、校舎と渡り廊下で繋がっている礼拝堂の横に、テイムキャンプの参加メンバーが集まる。


 今日から夏休みだ。

 この日まで待ったのは、俺の怪我のせいもあったが、それだけじゃない。

 目当ての魔物の飼い慣らしテイミング梃子摺てこずっても、何日か滞在できるように……と言うのは、計画立案者の可憐かれんの弁。


 紅来くくるは外せない家の用事があるとのことで欠席。

 華瑠亜も、学校の公式イベントや課題関連ではないということで、親から外泊の許可が得られなかったらしい。

 結局、女子の参加メンバーは可憐、立夏りっかうららの三人。


 そして、泊りがけのイベントに男子一人ではさすがに肩身が狭いので、俺以外に楯兵ガード川島勇哉ゆうや回復術士ヒーラー塩崎信二しんじを誘った。

 以上、二年B組選抜の六人パーティー。

 テントは三人用が二つだから、人数・男女比共に、結果的には丁度良い構成だろう。


「はい、これ」と、立夏からファミリアケースを渡される。

「年季は入ってるけど、モノは悪くない」


 確かに、細かい傷などはあるものの、充分に立派な代物だ。

 金属製で、表面中央にはグリフォンやキメラのような魔物と、それを取り囲むようにつたのような植物のレリーフが施されている。

 素人目に見てもかなり精緻な細工に見える。


「おお~! ほんとにこれ、貰っていいの?」

「うん。あとこれ。こっちは貸すだけだけど」


 縦笛だ。


「必要でしょ? テイム用武器」


 そうなんだ……。

 お兄さんからのお下がりか何かかな?

 それにしては使用感がなくて、ほとんど新品のようにみえる。


「でも俺、笛なんて吹けないよ?」

「テイムする時は殴るだけだから、別に何でもいい」


 そうなんだ。


「じゃあ、楽器じゃなくてもいいのか?」

「いいけど……昔から、テイムの成功率は楽器武器インストルメントが一番高いと言われてる」

「そうなんだ……なんでだろう?」

あなたなら、剣で斬りかかって来るいかついファイターと、縦笛でコツンって叩くだけの美少女だったら、どっちのお世話になりたい?」


 圧倒的に後者だけど……そういうこと!?

 その選択肢じゃ、武器は関係ないよね?


「それに、テイムした魔物を使役するには、体内の魔力をマナに戻して継続開放する必要がある」

「継続開放?」

「そう。インストルメントを演奏することで開放する方法と、魔石装備で常時開放する方法があるけど、魔力量の少ない人は楽器を使うのが一般的」


 ふむふむ。見た目とかじゃなく、こっちが本当の理由だろう。最終的には、楽器の演奏ができない俺は、魔石を装備するしかないのだろうか?

 とりあえず、テイマーは成り手が少ないらしいし、立夏には今後もいろいろと話を聞くことになるかも知れない。


「ありがとう。何かお礼できることがあれば言ってよ」


 立夏がコクンと頷く。

 もっとも、この二週間で解ったけど、立夏ってかなり優等生なんだよな。そんな立夏に俺の手助けが必要になることなど、そうそうあるとも思えないが。


「で、つむぎは、どんな魔物をテイムしたいんだ?」


 可憐が広域マップを開きながら訊ねる。


「よく解らないけど……やっぱり楯っぽい奴かな? 先日のダイアーウルフ戦だって、楯役さえいたら、可憐も両手剣で本来の力が発揮できたわけだろ?」


 モンスターハント対抗戦の時のことを思い出しながら答える。

 後から聞いた話によれば、D班ではバランスを考えて盾を装備しているが、可憐の専門は両手剣で、戦闘力も片手剣の時とは比較にならないという事だった。


「なら、テイムし易いのはゴーレム系か、動物系ならタートル系辺りか……」


 思量に入った可憐の横で、出し抜けに有用な情報を語り出したのは、信二だ。


「紬は、去年の測定で魔蔵活量が異常に高かったからな。維持コストもコールコストも考えなくていいだろ」


 どうやらこの世界の人間には〝魔蔵〟と呼ばれる臓器が備わっていて、その働きの大小に応じて短時間に使える魔力量が左右されるらしい。

 端的に言えば、魔力タンクのようなイメージでいいのだろう。


 つまり、俺の魔蔵の働きは、平均よりもかなり活発だということだろうか?

 この世界に来て二週間の俺には、去年のことなど知る由もないが、その測定結果、すごく知りたい!

 もしかすると、この世界でやっていく一つの鍵になるかも知れない。


 ここで、残念そうな表情を浮かべながら勇哉が口を開く。


「インストルメントも扱えないのに、よくテイマーなんて選んだよな、紬」


 選んだのはお前だからな!?

 楽器以外でもなんとかなるように、もうちょっと設定練っておけよ!


「とりあえず学校には、キャンプ予定地をトゥクヴァルス丘で仮提出してるんだけど……そこでいいかな?」


 俺の目を見ながら訊ねる可憐。

 ――が、トゥクヴァルスと言われてもどんな場所なのかさっぱり解らない。

 答えあぐねている俺を見て、さらに可憐が説明を続ける。


「そんなに強力な魔物も出ないし、街も近いから緊急避難も楽。露天風呂やトイレもあるから女子にも安心のキャンプ場だ」

「い、いいんじゃないかな。楽しそうで……」


 なんか、ほんとにただのキャンプらしくなってきたな。

 可憐の意見にみんなも、特に反対する理由はなさそうだ。

 職員室へ、キャンプ計画の本提出に行った可憐が戻るのを待って、勇哉が号令をかける。


「そんじゃ、しゅっぱぁ――つ!」


 張り切る勇哉を横目に、可憐の地図を見せてもらうと、見慣れた形の海岸線にハッとする。東京湾だ!

 目指すトゥクヴァルスの丘というのは、前の世界では筑波山のあった辺りだろう。

 ウエストポーチから顔を出して、リリスも一緒に地図を眺める。


ノートの精あいつが言ってた〝世界線の分岐〟って言うのはほんとだったみたいね」


 家から持ってきた焼き菓子を頬張りながら、何やら納得している。


「そう言えばリリス、今日ずっと、何かしら食べてないか?」

「うん……。こっちに来てからやたらお腹が空くようになったのよ。理由は解らないけど……」

「ぽっちゃり使い魔になったら、クビだからな? 気をつけろよ?」


 茨城県か……。

 元の世界では、千葉から茨城まで、なんて言えば小旅行感覚だった。

 少なくとも気軽に遊びに行くような場所ではなかったが、こっちの世界ではこれくらいの移動はとくに珍しいことではないのだろうか。


 駅で茨城県……じゃない、トゥクヴァルス方面の船電車ウィレイアに全員で乗り込む。座席が半分ほど埋まったところで、俺たちを乗せたウィレイアが発車する。

 電車のダイヤみたいなものはなく、運行システムは乗り合いバスに近い。


 茨城県と言えば真っ先に思い浮かぶのは納豆だが、現世界こっちにはあるんだろうか? それとなく信二に訊いてみる。


「トゥクヴァルスの辺りって、何か名産物ってあったっけ?」

「名産物、ってわけじゃないけど……トゥクヴァルスと言えばやっぱり、トゥクヴァ学園都市が真っ先に思いつくな」


 トゥクヴァ……筑波学園都市か!


「いろんな研究施設を繋ぐ形で街が形成されてるんだ。東の魔法研究の中心地みたいなところだな」


 おれつえ~だの、トゥクヴァ学園都市だの……ノートの精とやらは、やたら駄洒落や捩󠄁もじりが好きらしい。


               ◇


 トゥクヴァルス山道の入り口には一時間半ほどで到着した。

 元の世界の自動車に比べると速度は遅いが、郊外はだだっ広い草原が広がり、建物も疎らになるので、駅から駅へ直線距離で結んでいけるのはメリットだ。


 暗くなる前にはキャンプ地に到着したいと言うことで、直ぐにみんなで山道を上り始める。俺は最後尾から着いて行く。


「そう言えばさ、前の世界だと、船橋市は六十万、千葉市なんて百万人近くの人口だったよな」

「そ~お?」


 ウエストポーチから、リリスのどうでもよさそうな返事が聞こえる。

 ポーチの中には、全てリリス用にしつらえたアイテムが詰まっている。さしずめリリス専用のカプセルホテルと言った状態だ。


「今までのところ、前の世界の人間はそのまま引き継がれているっぽいけど……明らかに建物は少なくなってるし、ほんとにそのままの人口が維持されてるのか?」


 リリスが、人差し指を笑窪えくぼの辺りに当てて小首を傾げる。

 意識的ではなさそうだが、微妙にあざと可愛い。


「多分だけど……紬くんに関係の薄い人間は間引きされてるんじゃないかな」

「マジで!?」


 それはそれで、結構ダークな展開。


「ノートの精は紬くんを中心に世界を作り変える、って言ってたから、紬くんからの繋がりが薄くなるに従って、消されてる人も出てるんじゃない?」


 ん~、ご都合設定ここに極まれり、って感じだ。


「前から思ってたんだけどさ、紬くん、いろいろリサーチ不足じゃない?」


 リリスが、ポーチのなかで仰向けになりながら、少し呆れたような表情で紬を見上げている。

 ご主人様のポーチの中で寝転がってるとか、なんてメイドだ。


「この世界のこと、もっといろいろ調べておいた方がいいんじゃないの?」

「それは解ってるんだけどさ……下手なことを訊いたら、それこそ常識のない馬鹿扱いされそうだろ? どのラインまで訊いていいものか、匙加減が難しいんだよ」

「そんなもんですかねぇ……。ぱぱっと訊いちゃえばいいんじゃない?」


 ぱぱっと訊く……というのは、まあ置いといて、俺の知りたいことを代わりにリリスに訊いてもらうというのは、確かにアリかも知れない。

 問題は、この能天気そうなチビメイドと、どこまで疑問点を共有できるかだな。


 そんなことを考えているうちに、気がつくとだいぶ前を歩いてたはずのうららが、俺の直ぐ目の前まで下がって来ている。

 アッシュに染めたショートボブといい、オーバルフレームの眼鏡といい、元の世界とはだいぶ印象が変わったよな、麗も。


「どうした、麗。疲れたのか?」

「ううん、そう言うわけじゃないけど……」


 こちらでは踊り子ダンサーだし、戦闘中に何分も踊り続けられるような麗が、これくらいで疲れるわけないか。


「ちょっと前から気になってたんだけど……紬くんってさ……」

「うん?」


 わずかに逡巡する麗。

 何かを考えるように中指で眼鏡のブリッジを上げ直した後、再び言葉を続ける。


「紬くんって、ほんとに紬くん?」

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