03.紬くんって、ほんとに紬くん?

つむぎくんって、ほんとに紬くん?」


 隣に並んだうららが、俺の表情を探るようにジッと覗き込む。


「ん? えっと……どういう意味?」


 あまりにも含意がんいの広い質問に、当惑した感情が声色にも表れる。


「あ、ゴメン。その、紬くんは紬くんなんだけど……」

「うん」

「多分、モンスターハント対抗戦の頃からだ思うんだけど……何か、それまでの紬くんと雰囲気が変わったなぁ、って言うか……」


 まあ、そりゃそうだろうけど――


「そう? 自分では全然分からないけど」


 と、答えるしかない。

 そもそも、それ以前はどんな俺だったのかも知らないわけだが。


「ガラっと変わったとかそう言うんじゃないんだけど、雰囲気がなんとなくね」


 さっきリリスにもリサーチ不足を指摘されたが、こちらの世界に関するリサーチが進まないのは俺の境遇を知ってる人間が一人もいないのが主な原因だ。

 唯一知ってるリリスは、ご覧の通り能天気だし。

 さらに言葉を繋ぐ麗。


「もしかして、何かあったのかな、って思って……」


 この二週間、慎重に家族や友人と接してきた結果、皆の記憶の中の俺――いわゆる〝紬像〟と、今の俺の間にそれほど大きな齟齬が生じていないことは確認した。

 以前の記憶がないので少し心配されるような場面もあったが、もともとボーっとしてたようなところもあったらしい。


 脳細胞的にはほぼ同一でも、後天的な性格がガラっと変わっていたりしたら大変だと思っていたが……それについてはどうやら安心して良さそうだ。


 そして、それを踏まえても、微妙な違和感を感じたという麗。

 いい機会だし、いっそ麗には打ち明けてしまおうか? という衝動が頭をもたげる。

 リリスも、『言え! 言え!』という風に大袈裟に口をパクパクさせてる。


 ただ、逆の立場になって考えると……どうだろう?

 これまで数年、長ければ十年以上も付き合ってきた友人が、実は最近別の世界線から転送されてきたばかりで、自分との記憶を全く共有してないと聞かされたら?


 とりあえず、普通は信じないだろう。

 下手すりゃ病人扱いだ。


 仮に話を信じたとしても……正直、いい迷惑である。

 しかも、これまで関係の深かった人物であればあるほど、迷惑の度合いは大きい。

 そんな面倒臭そうなやつとは距離を置きたい……と、俺なら思うかも知れないし、逆に言えばそう思われても責めることはできない。


 思い切って話してしまえば、親身に相談に乗ってくれるんじゃないか? ……なんて期待をするのは、いささか都合が良すぎる気がする。


 改めて、麗のことをマジマジと見る。

 髪の色と眼鏡のせいでだいぶ印象が変わってるが、確かに可愛い。

 元の世界の勇哉ゆうやがハーレムメンバーに選んだのも頷ける。


 身長は百六十センチ弱と言ったところか。

 中肉中背。同学年の女子の中では平均的な身体つきだが、丸顔に、クリっとした黒目の多い大きな瞳が印象的だ。

 キュッと結ぶとアヒルのようになる唇も、自然であざとさはない。


 モンスターハント対抗戦で、アッシュショートのふんわりボブを左右に振り乱しながら踊る姿を思い出す。正直、あれはハッとする美しさだった。


 元の世界では、教室で堂々とBLボーイズラブ系の文庫本を読んでいるような独特のキャラのため遠巻きにされているようなところはあった。

 ただ、勇哉の話では隠れファンも何人かいたと聞く。


 ネットゲームは麗の方が先にハマっていて、それを知った勇哉がお近づきになるために後追いで始めたらしい。

 そんな勇哉の行動力は正直、少し羨ましい部分でもある。


 まあ、それはさておき、少なくとも俺とは殆ど接点がなかったのは確かで、それは恐らくこちらでも同じだろうと思っていたんだが……。

 こんな風に気軽に話しかけてくるところを見ると、この世界の俺は普通に上手く付き合っていたんだろうか?


 俺があまりにも凝視していたせいか、麗が顔を赤くする。


「紬くん、見過ぎっ!」


 片方の頬だけプクっと膨らませて怒る。

 う~ん……なんだこの可愛い生物は!?

 この世界での孤独感が思った以上にストレスになっているのか、ちょっと話しかけられただけでも相手に抱く親近感は半端ない。


 とりあえず、事実を告げるにしろ隠すにしろ、この世界でどんな程度の付き合いだったのかは訊いておいて損はないだろう。


「え~っと、あの……麗? つかぬことをお伺いしますが……」

「はい?」

「俺と麗って、今日で話すの、何回目だっけ?」


 びっくり顔で俺の眼を見つめ返す麗。

 オーバルフレームの眼鏡に俺の顔が映り込む。

 そりゃそうだよな……だいぶおかしな質問だった。


「ごめんごめん。最近、物忘れが酷くってさ。正確じゃなくても、大体でいいんだけど……」


 頭を掻きながら笑ってごまかす。

 いや、ごまかせてるかこれ?


「今日で二回目よ。一回目は、モンスターハント対抗戦の翌日」


 はあ? いや、まさか――

 それじゃあつまり、俺がこの世界に来るまで話したことがなかったってこと?

 元の世界ですら両手の指で足りない程度には話していたと言うのに、さすがに少な過ぎないか?


「ほんとに? たったそれだけ?」


 麗がじっとこちらを見る。


「ほんとよ。こっちでは……」


 こっちでは?

 もしかして、何か鎌でもかけられてる?

 これ、素直に『そうなんだ』と相槌打ってもいいような話なんだろうか。

 と、その時――


「モンスターよ!」


 先頭から後方を顧みて注意を促す可憐かれん

 目的地には結界も張ってあるらしいが、道中にはグリズリーのような恐ろしげな影絵が描かれた〝モンスター注意〟の看板が、来訪者の戒心かいしんを煽っている。


 そんな中、可憐の注意喚起でパーティーメンバーの間にも緊張が走る。

 現状、俺の唯一の武器……立夏から借りた縦笛を握り締める。

 全身の毛穴から汗が吹き出したのは、ダイアーウルフに肺を潰された対抗戦の記憶がフラッシュバックしたからだ。


 まだ充分に明るいものの、陽もだいぶ傾き、夕刻の手前といった時間帯。

 モンスターが凶暴化するにはまだ早いが、注意するに越したことはない。


 可憐の視線の先で、二つの透明ボールのようなものがピョンピョン跳ねている。

 色はどちらも、薄い緑色だ。


 無造作に近づいた可憐が、腰に差していた片手剣で一匹を薙ぎ払った。

 プシャン! と音がして、ボールが消える。

 残ったボールが怒ったように赤く変色したが、可憐の直ぐ後ろを歩いてた立夏が杖で殴ると、それもプシャンと消えた。


「なんだよ……バルーンスライムかよ」


 大楯を構えていた勇哉が気抜けしたように呟く。

 あれが、RPGゲームなんかでは定番の最弱モンスター、スライムか!


「六年生以下でも遠足に来る様な場所だからな。そんなに危ないのは出ないだろ」


 そう言いながら、回復魔法ヒールの詠唱を中断した信二が、スライムの残骸を道の脇に蹴り飛ばした。


 よっわっ!

 え? 街の近くの魔物って、こんな感じなの?

 ダイアーウルフとか言って、あの学校、どんだけ無茶な実習させてんだよ。


「キャンプ場までは、だいたいあんなものね」


 隣を歩く麗にも、特に動揺した様子は見られない。

 それなら、看板もグリズリーじゃなくていいよね!?


「弱かったのは良いんだけどさ……これからテイムするのもあんなレベルじゃないだろうな? いくらなんでもあれじゃあ、何の役にも立たないぞ?」

「大丈夫。どうせ★2以下は耐久力が低過ぎてテイム出来ないし、キャンプ場より上なら★3以上が出るらしいから」


 麗が、刺突小剣スティレットを鞘に戻しながら答える。


「そうなんだ……。詳しいね、テイマーのこと」

「う、うん……ちょっとね。友達のテイマーから、いろいろと話を聞いてるから」


 友達のテイマー?

 そう言えば、うちのクラスにもう一人、テイマー専攻の女子がいるって言ってたな。名前は確か、黒崎――


 その時、先頭の可憐が再びメンバーに声をかける。


「キャンプ場、見えたぞ!」


 百メートルほど進んで林を抜けると、一気に視界が開ける。

 五十メートル四方の野原のようになっていて、左手からはトゥクヴァルスの学園都市が一望できる。

 右手には林が広がっており、露天風呂やお手洗い、調理場などの施設も見える。

 奥に流れる川では釣りもできるらしい。


 貸しコテージの看板も見える。元の世界で言う〝雰囲気だけ楽しみましょう〟的なキャンプ場だ。

 まあ、ボーイスカウトのガチキャンプでもあるまいし、これくらいで丁度良い。


「じゃあ、暗くなる前にテントを張ろう!」


 女子は大丈夫かな? と思って見てみると、既に勇哉が手伝いに行ってる。

 大丈夫かどうかなんて確認する前に、あいつのああいうところはもう条件反射と言うか、無意識に近いんだろう。


 午後六時半、テントの設営が終わった頃はもう、西の稜線に浮ぶ大きな太陽が、近づく夜の訪れを物語っていた。

 今日は早めに夕食をとり、明日からのテイム活動に備えることにする。


 夕飯のメニューはクリームシチューだが、シチュールーなんていう便利なものはない。両親が共働きのため、俺も料理に多少の心得があるが、さすがに小麦粉からシチューを作った経験はないので、調理は女子――

 と、手伝いなのか邪魔してるのか解らない勇哉にお任せだ。


 待っている間、信二に去年の適性検査について聞いてみる。


「なあ。適性検査で俺の魔力が高かったって言ってたけど、具体的にどれくらいだったんだ?」

「ん? 覚えてないのか?」

「あ、ああ……なんかその頃、いろいろ悩んでて、記憶が定かじゃないんだよね」


 適当に言い訳してみたが、特に不審に思われた感じもない。


「俺も人の結果なんてそこまで良く覚えてないけど……」


 そう良いながら信二が木の枝で地面に何やら書き始めた。


「ざっくり、こんな感じだっと思う」


【綾瀬 紬:ビーストテイマー】


 魔臓活量(魔力):測定不能

 腕力:B

 体力:B

 知力:E

 敏捷:B

 カリスマ:A

 ズルさ:AA

 運:E


「正直、魔力以外は適当。俺の勝手な印象も入ってる」


 正確な判定はさておき、だいたいこんな感じ、というところだろう。

 魔臓活量――すなわち魔力だけは、学園史上初の測定不能者として話題になったので覚えていたらしい。


「確か、魔力とカリスマが高いからテイマーとかいいんじゃない? って話してた記憶があるよ」

「ズルさもAAダブルエーじゃ……」

「ああ、それも話題になってたね。だからチーターだと。でもそれ、どのジョブにもとくに役に立たないステータスだから」


 じゃあ、なんで測定するんだよ?

 ただのプライバシーの侵害だろ!


「知力Eって……俺、そんな馬鹿だっけ?」

「ここで言う知力は、あくまでも魔法適正だろ? 忘れたのか?」

「あ、ああ、そっかそっか、思い出した」

「それだけ魔臓活量が多いのに、勿体無いけど魔法職は諦めた方がいいって、みんなで話してた記憶があるけど?」


 みんなと言うのは恐らく、クラスでよくつるんでいる五人のことだろう。


「運とか……どうやって計測したんだっけ?」

「確か……魔具のマスタード入りシュークリームを使ったんじゃなかった?」


 なんだその魔具?


「ロシアンルーレットみたいなことしてたな。おまえ、六回やって、六回全部マスタード入りだったから」


 なんかそれ、逆に凄くね? と言うか、魔具の必要ある?

 どっちにしろ、激しくどうでもいいステータスだってことは解った。


 ポーチからリリスも顔を出してステータスを確認する。


「ちゃんと、狡賢チートな設定が反映されているのね」

「やかましいわ!」


 チートに関してはよく意味が解ってなかったせいか、単に噂を流すだけとか、ノートの精のやっつけ仕事っぷりが目立つ。


 それにしても、不自然に高い魔臓活量は、やっぱり何かある。

 〝ズルさ〟を見ても、いろいろと意識的に設定されているのは間違いないし、なんの理由もなく魔力だけここまで多くするってのは、どう考えても不自然だ。


「夕飯できたわよ~」


 麗の呼ぶ声を合図に、俺と信二はゆっくりと腰を浮かせた。

 同時に、先程の麗との会話を思い出す。

 麗は、俺と話したのは二回だけ、って言ってたんだ。


 こっちでは・・・・・――


 あれって一体、どういう意味だったんだ?

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