04.テイム初日

 いよいよ、今日はテイム初日!

 ……なんだが天候は生憎あいにくの雨。


 夏雨なつさめ特有の蒸し蒸しとした湿気に出鼻をくじかれる。

 全員、テントでは泥濘ぬかるむので温泉施設と隣接している休憩所に避難していた。


「おかしいなぁ……新聞の予報では四十%だったのに」


 うららが憮然とした表情でつぶやく。

 四十%って、意外と高いよな?

 少なくとも晴れを確信できるほどの確率ではないと思うんだが。


 もっとも、そう言えば現世界こっちの天気予報は気象庁ではなく占術士オーガーが占ってるんだっけ。

 どちらの的中率が高いかはよく解らないが、占術結果が新聞によって区々まちまちであることを考えると推して知るべしか。


「どうする? 今日は止めとく?」


 やや面倒臭そうな勇哉ゆうやの言葉に可憐かれんが首を振る。


「いや、そんなに何日も滞在できる準備はしてきてないし、こういう天候も織り込んで雨具も持ってきてる。決行しよう」


 ピシャリとした可憐の言葉で、ややだらけかけていた場の空気が引き締まる。

 そんなみんなの雰囲気に水を差すように口を開く、ポーチの中のあいつ。


「え~、私、嫌だな。雨の中ずっとムレムレのポンチョの中で過ごすなんて……」


 この空気を読めないKY(ケーワイ)メイドが!


「解った。お前をファミリアケースの住人、第一号にしてやろう」

「えっ!」


 ポーチの中に隠れたって無駄だから! 引っ張り出してやる!

 まあ、まあ、まあ、と、両手で俺をなだめるようにリリスへ助け舟を出すうらら


「それじゃあリリスちゃんはお留守番でいいんじゃない?」

「麗ちゃん! ありがとう!」


 麗の優しい言葉に、リリスが両手を胸の前で合わせて大袈裟に感動してみせる。


「いいのか? 一応俺の使い魔なんだけど……そんな我侭わがまま許して?」

「だって、リリスちゃんって戦闘向きじゃないみたいだし……これまでケースの経験もないみたいなのに、いきなりここで初体験って、可哀想じゃない?」


 リリスがうんうんと頷く。

 仕方がないなぁ……。


「じゃあ、お前は今日留守番な。その辺の棚に置いておくから、大丈夫だとは思うけど、呑気に昼寝なんかしてて盗まれるなよ」

「は~い。お菓子、買っておいてね!」


 こいつは……っちゃ、食っちゃ寝、食っちゃ寝……。


「では、班分けをしよう」


 可憐が仕切る。

 どこにいても自然にリーダーに収まってしまう、可憐にはそんな天性のリーダーシップが備わっている。


回復術士ヒーラー信二しんじと、ポーション係のつむぎは別々にして、あとの四人はジャンケンで、勝った方が信二パーティー、負けた方が紬パーティーでいいな?」


 俺が負けチームか。

 まぁどっちかはそうなるんだから別に気にはしないが。


「えぇ~、それじゃあ俺は、勝っても負けても男二人編成じゃん!」


 そう言う部分での頭の回転だけはほんと速いな、勇哉こいつ

 しかし、みんな勇哉のくだらない不平は無視してジャンケンを始める。


 班分けの結果は――――


 A班:塩崎信二しおざきしんじ(回復術士ヒーラー)、雪平立夏ゆきひらりっか(魔法使いソーサラー)、長谷川麗はせがわうらら(踊り子ダンサー)

 B班:綾瀬紬あやせつむぎ(魔物使いビーストテイマー)、石動可憐いするぎかれん(剣士ソルジャー)、川島勇哉かわしまゆうや(楯兵ガード)


 と言う面子になった。


 可憐がテーブルの上に、売店で買った真新しい周辺地図を広げる。


「A班はこの辺りの川辺、B班はこの辺りの林を探索。この、丸で囲んだ範囲を出なければ、どんなに離れても百メートル程度だ」

「モンスターと遭遇したら?」と、信二が質問する。

「★3以下は各々おのおのの判断で殲滅か救援要請を。万が一、★4以上のモンスターに遭遇した時は、必ずもう一班に救援要請するように」


 ゴーレムだけは、★3だがテイムの成功率を上げる為に必ず全員で対処するということも確認した。

 携帯用のペンで印を入れながら指示を出す可憐の言葉に、「了解」と答える六人。


 テーブルの上で、買ってもらったお菓子を頬張りながら地図を眺めていたリリスだったが、さっさとポーチに入れ、荷物棚の下段の奥へ押しやった。

 下の方が人の目に付きにくいし、いざと言う時の脱出も容易だろう。


 先に、A班が出発した。


「じゃあ、紬は売店でポーション十個ほど購入。勇哉は入山記録帳を付けておいて。下山予定は午後三時」

「はいよ~!」


 可憐の指示に従い、勇哉がカウンターへ向かう。

 俺も、みんなにカンパしてもらったお金でポーションを買い込む。

 瓶も、痛み止めの粉末を固めて作られてるアンプルタイプの高級品だ。

 僧侶プリースト司祭ビショップがいないし、念のためだ。


 昨日の夕食の残りで作ったおにぎりを持って、休憩所を後にする。

 外に出た途端、頬から生温なまぬるい雨粒が当たる感覚が伝わってくる。


               ◇


「ここから結界を出るから、一応、注意して」


 可憐の言葉に、俺と勇哉が頷く。

 ここに来てから、可憐ってほんと頼り甲斐あるよなぁと、感心する。

 可憐と居ると世の草食系男子の気持ちも解らないでもない気がする。

 ここまで頼り甲斐があるなら、いっそ全てを任せて付いて行くのも悪くない。


「大体この辺りか?」


 勇哉が防水ケースに入れた地図を見る。


「じゃあ、この辺りで、少しずつ場所を変えながら待ち伏せしよう」と可憐。

「今日は雨だから、土人形ゴーレムとの遭遇は期待できないかもなぁ」


 勇哉の言葉に、なるほどと俺も頷く。

 勇哉とは言え現世界こっちでの経験は俺よりも圧倒的に長い。

 周りの発言全てが俺にとっては現世界こっちのリサーチに繋がる。


 ふと、A班がいるはずの方向を見る。

 生い茂る木々と、雨粒が作りだすもやのせいで視界が悪い。


「A班、あっちの方だよな?」


 A班どころか、川すら全く見えん……。


「そうだな……思ったより視界が悪いな。あまり離れすぎないようにしよう」


 可憐も、眉根を寄せてやや表情を曇らせる。


「なぁに、どうせこの辺じゃ★4なんてまず出ないし、何かあれば信二も俺も声はデカいから直ぐに解るって!」


 何の根拠もないムードメーカーの発言ではあるが、こう言うどんよりとした雰囲気の時にはそれがありがたい。


 それにしても――――

 もう一度、さっきと同じ方向を見る。


 左脇腹がチクチクするな。

 雨で冷えたせいでも、ダイアーウルフに噛まれた傷のせいでもない。

 昔から、悪い事が起こる前は、ここが痛むんだよなぁ……。


               ◇


「B班は……あの辺りの林にいるんだっけ?」


 麗の指差す方向を見て「だな」と信二が頷く。

 雨のせいか、思っていたよりも水嵩みずかさが増している。


「あまり川には近づき過ぎないようにしよう。あと、雨で声も通りにくいだろうから、B班からもあまり離れないように気をつけないと」


 林の中と違って川原は比較的見通しが良い。

 雨で歩き辛いのもあるし、あまり歩き回っても意味がないと信二は判断する。


「よし、足場も悪いし、この辺りの木陰で川原を見張るように待ち伏せしよう」


 その時、後ろで野草がザワザワと動く音がした。

 振り向くと、草むらからグリーンスネークが出てくる。

 ただの緑色の蛇に見えるが、れっきとした★1モンスターだ。


 直ぐに麗が両手に持った刺突剣スティレットで突き殺す。

 今日はテイミングの場面までダンスをすることはないと思い、代わりに物理攻撃用の武器を持ってきていたのだ。


「死骸、どうしよう?」

「川原に置いておこう。もしかすると、他のモンスターをおびき寄せられるかも知れない」


 そう言って信二は、グリーンスネークの死骸を川原に移動させた。


               ◇


 ―――― キャンプ場休憩所


(あ~あ、暇だなぁ。やっぱ私も付いて行けば良かったかななぁ……)


 紬が置いていったポーチの中でリリスが呟く。

 買ってもらった菓子を全部食べ終わった途端、やることがなくなってしまった。

 現世界こっちに来てからは終始、こんな生活だ。


(人間の食べ物で太らないっていうのは、悪魔の良い所ね!)


 本来、悪魔は人間の悪意や絶望など、負の感情を糧に生きていく。

 しかし、世界線を移動したせいか、そんなものがなくてものほほん・・・・と生きていられる。

 言い方を変えれば、目的が無くなって自堕落になっているとも言えるが。


 部屋の時計を見ると、まだ十二時半だ。

 三時下山予定って言ってたから、まだ二時間半もある。


(こんな体じゃ紬を誘惑するなんて無理だし、そもそも、骨抜きにできたところで、課題を提出する学校自体、戻れなくなっちゃってるわけだけど……)


 今後の身の振り方を考える度に、心に暗雲が立ち込めていく。


(とは言え、いつなんの拍子で戻れることになるかも解らないし、こっちでの生活だけを考えても、紬くんのハートは掴んでおくに越したことはないんだけど)


 その時、カウンターの方からスタッフの話し声が聞こえてきた。


「さっき本部から連絡で、この辺りにキラーパンサーの出没警報が出たって」

「マジかよ。★5だよな? よくこの付近の共食いだけでそこまで育ったな」

「ああ。普通の登山客じゃまず殺される」

「入山記録見てくれ。誰か入山してるか?」


 パラ、パラ、と記録長を捲る音がフロントに響く。


「……いや、今日は誰も入ってないな」

「そっか、良かった。雨で、登山者も少なくて助かった」


(ええぇ~~! なんで? 出る時、入山記録付けてたよね?)


 付け間違いなのか、それともスタッフの見落としなのかは解らない。

 ただ、このままではレスキューパーティーの出動がないことだけは明らかだ。

 慌ててスタッフに紬たちの事を知らせようと、ポーチから飛び出した。


 ――――そこで初めて気がつく。

 自分の姿が見えない!!


(なにこれ!?)


 ポーチの中では気がつかなかったのだが、完全に透明になっていた。

 それだけではない。

 いくら声を張り上げようと、スタッフに声が届かないのだ。

 恐らく、他の人からは声も聞こえなくなっていると思われた。


(もしかすると……紬くんの使い魔という設定上、紬くんのそばじゃないと実体化できないとか!?)


 出る前に付けていたテイミング予定エリアのチェックを思いだす。


(あそこなら、今の私でも二十分もかからずに紬くんの元に行けるはず)


 急いで棚から飛び降りるリリス。

 何かあるといけないからと、低めの段に置いて貰ったのが功を奏した。


(とにかく、早く知らせないと!)


 リリスがドアの隙間から表へ飛び出した。


(冷たっ!)


 姿は見えなくても雨は当たるらしい。

 走りながら、恐ろしい予感が頭をぎる。


(もしかすると、紬くんが死んじゃったら私もこのまま消えてしまうかも?)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る