09.俺たちの戦いはこれからだ

「これが、そのへんの小説なら、ここで大団円! ハッピーエンド! 俺たちの戦いはこれからだ! って場面なんだろうけど……」


 華瑠亜かるあが、縦穴から這い出た俺の前に立ってなにやらブツブツ呟いている。

 とりあえず、俺たた・・・エンディングはダメなやつだぞ。


「けど?」

「私は今、素直に喜べない気分なの」

「何かあった?」

「なによこれ!? 誰よこれ!?」


 俺の質問に対し、隣のメアリーを指差しながら質問で返す華瑠亜。


「ああ……え~っと……」


 ようやく、五日振りに地上に出られたと思ったら、早速ツンツン華瑠亜か。


「ちょっと、疲れてるんだけど……後にしない? ちゃんと説明するから」

「いえ、今よ。ついでに、可憐かれんにも話を聞きたいし……。後回しになんてしたらまた、なあなあ・・・・になりそうじゃない」


 いいよ、なあなあ・・・・で。


「話って……メアリーそいつの説明だろ? なんで可憐も?」


 その時、俺の後ろから「よいしょっ!」と、紅来くくるの声が聞こえてきた。

 振り向くと、紅来が縦穴から可憐を引っ張り上げたところだった。


「ありがとう」と言う可憐の短い礼を遮るように、彼女に抱きつく紅来。

「お疲れさま!」

「ああ……うん。しかし、よくここが解ったな?」

「うん。ダウジングって方法でね、紬と可憐ふたりの移動ルートをトレースしてたのよ」

「ほぉ……?」


 小さく頷いてはいるが、可憐もあまり解ってなさそうだ。

 魔法が発達してるこの世界では、ああいったスピリチュアルな道具は逆にマイナーなのかも知れないな。


 さらに、魔法円はWCSウィッチクラフトショップで買った “召集魔法円コーリングサークル” という魔具で形成したこと、ダウジングも魔法詠唱も初美はつみが担当したことなどを、紅来が簡単に説明する。


 へえ~、あの初美がねぇ……。

 俺も横で聞きながら、初美の意外な活躍に少し驚く。

 じゃあ、魔法円から聞こえた猫の鳴き声は、もしかしてクロエだったのか?


 ……そう言えば、初美はどこだ?


 辺りをキョロキョロと見回すと――――いた。

 華瑠亜の真後ろに、ピッタリ重なって隠れるように……。

 隣にうららが立ってなければ見過ごすところだった。


 相変わらず、目が死んでるな。

 クロエがやけに静かなのは、大役を果たして放心状態……とか?


「そんなことより……可憐も、ちょっとこっち来て!」と、手招きする華瑠亜。

「どうした? 恐い顔して?」


 歩いてきた可憐が俺の横に立ち、華瑠亜の前に俺と二人で並ぶ。

 嬉しそうに、俺と可憐の間に入って両手を繋ぐメアリー。

 例の、休日親子連れモードだ。


「その子のことなんだけど……」と、華瑠亜がメアリーを指差す。

「うん……名前は、メアリーだ」

「名前はとっくに聞いたわよ!」


 可憐の後ろから近づいてきた紅来も口を開く。


メアリーその子の話に寄るとさ……紬と可憐あんたらが地底にいる間に、裸で抱き合って子作りをして、生まれた娘がそのメアリーちゃんだって言うのよ」


 はあぁぁぁぁ!?

 一体、何人で伝言ゲームしたらそんな話になるんだよ!?

 さすがの可憐も、顔を真っ赤にしながら大きく目を見開いている。

 とりあえず、この手の話題で可憐は役に立たないだろう。


「……だったよね? メアリーちゃん?」と、紅来が確認する。

「まあ……だいたいそんな感じです」


 全然違う感じだろっ!

 伝言ゲーム、一人目からして、そうとう問題アリだ!


「まてまて! そんなわけないだろ! 数日でここまで育つわけないじゃん!」


 小首を傾げるメアリーを指差しながら慌てて突っ込んではみるが、最初に突っ込むべき部分はそこじゃない気がする。

 と言うか、突っ込み所が多過ぎてどこから否定していいか解らない。


「とにかくっ! 一つ一つ確認していくから! いい!?」


 人差し指を立てながら問いただす華瑠亜を前に、俺と可憐が黙って頷く。


「は、裸で、二人で、一緒の部屋で寝てた、ってのは、ほ……ほんとなの!?」


 確かに、メアリーに助けられて最初に目覚めた時はそうだったし、事実かどうかで言えば事実だが……どう考えても “イエス” と答えちゃダメな質問だ。


「んなわけないじゃん!」「事実だ」


 ほぼ同時に、まるっきり正反対の答えを口にする俺と可憐。

 思わず俺は、右手で両目を覆いながら項垂うなだれる。


 なんでそこで認めちゃうかなぁ、可憐?

 認めるにしても、順を追って、ってのがあるんだよ……。

 本来はもう少し気が回るはずの可憐も、とんでもない誤解の審尋しんじんを受けて少なからず動転しているようだ。


「い、言ってることが、二人で違うじゃない! どっちが本当なのよ!?」

「どうなの? リリスちゃん」


 もう一度、今度は紅来がリリスに訊ねる。

 一応、使い魔ウソつかない、という原則が紅来の中にはあるらしい。


「まあ……そうね……それは事実ね」


 あっ……、華瑠亜が倒れた。


「ご、ごめん……ちょっと眩暈が……」


 常識人がつく嘘以上に、アホが語る事実は始末が悪い。

 何の演出もなく語られた事実は、時に計算され尽くされた虚偽以上に真実を歪めることもあるのだ。

 華瑠亜の後ろで話を聞いていた初美の目も、さっき以上に虚ろだ。

 相変わらず静かなクロエを見る限り、心も同じように虚ろなんだろう。


「ちょっと待てっ! 確かにそれは事実だけど、真実じゃない!」

「そうです、そう言えば!!」


 メアリーが何かを思い出したように大きな声を上げる。


「あの時パパは、ママの布団を捲って裸を眺めてましたっ!」


 俺は思わず、雲ひとつない青空を見上げる。

 なんで子供って、思いついたことをすぐ口にするんだろう?

 その情報、今、必要?


「だからそれは! ちゃんと理由も説明……」


 そこまで言って、ふと異変を感じる。

 ……殺気だ。

 華瑠亜の方に視線を戻すと、矢がセットされたクロスボウがこちらを向いている。

 目は……完全に据わっている。


「どわっ! ちょっと待て! それは洒落にならないからっ!」


 向うから勇哉の声が聞こえる。


華瑠亜そいつ、本当に撃つから気をつけろよ~」


 気が付けば、思わず華瑠亜とは反対方向に走っていた。

 逃げ出す俺の後をメアリーも慌てて追ってくる。


「なんであの愛人壱号はパパを攻撃しようとしてるんですか!?」

「あ……愛人!?」


 ああ……地下で可憐に聞いたこと、覚えてたのかメアリーこいつ


「もしかして、“痴情のもつれ” というやつですか!?」

「違うわ! メアリーおまえがたった今、決定的にもつれさせたんだよ!」

「みなさん、パパのお仲間さんなんですよね? これからは地上で平和に暮らせると思ってたのですが……」


 甘いぞメアリー。

 俺たちの戦いはこれからだ。

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