08.再会

 再会に向けて高まる期待と……そして不安。

 懸命に呼び掛けるクロエを後ろから全員で祈るように眺める。


「こちらクロエにゃん! その魔法円に飛び込むにゃん!」


 胸の中で、冷静に秒を刻んで時間を計る紅来くくる

 そろそろ一分が経とうとしている。

 だいぶ日も高くなってきた。

 しかし、初美の額に浮ぶ汗は夏の暑さのせいだけではないだろう。

 両手を、二つの魔法円を差し示すように掲げながら、徐々に苦しそうな表情に変わっていくのが解る。


 計算上は、フルMPで一分と十七秒まで魔法円を維持できるはずだ。

 ……が、魔石装備のせいでもともとのMPも多少は削られているだろう。

 MPがカラになるまで引っ張るのはさすがに危険だし、安全マージンを残すなら一分程度で魔法円の維持を解除しなければならない。

 過ぎ行く時間に募る焦燥。


(やはり……ダメなの?)


 紅来が中断を促すために初美へ近づこうとしたその時――――


「一人……誰か来るにゃんっ!」と、クロエ……を通じて初美が叫ぶ。

「一人!? どっち? 紬? 可憐?」と、身を乗り出す華瑠亜かるあ

「まだ解らないにゃん!」


 次の瞬間、左の魔法円から落下して、召集魔法円コーリングサークルの上に尻餅を付いたのは……薄茶色のローブを羽織った金髪の少女だった。


「あいたたたた……」と、少女は両手をお尻に当ててしかめ面になる。

「だ……誰?」


 華瑠亜がつぶやくと同時に、再びクロエが叫ぶ。


「もう一人、来るにゃん!」


 直後、右の魔法円から勢い良く飛び出してきた小さな影が、金髪少女のおでこにぶつかり、ゴチン、と派手な音を立てて落下する。


「いったぁ~~い……」

「リ……リリスちゃん!?」


 金髪少女の膝の上でおでこを押さえながら仰向けに転がっているのは……間違いなく、紬の使い魔、リリスだ。


「ちょっと、クソっぺ! ちゃんと前を見て飛んでくださいよ!」

「見てたわよ! 見てたけど……出るまで何も見えなかったんだから仕方ないじゃない! そもそも、こんなところでボ~っと――――」

「リリスちゃん……よね?」


 ようやく華瑠亜の声に気づき、上半身を起こしてリリスが辺りを見回す。


「み……みんな!? どうして!?」と、キョトンとした表情でリリスが訊ねる。

「それは、こっちのセリフよ! なんでリリスちゃんだけ? 紬は?」


 華瑠亜の質問に、ハッとしたようにリリスが魔法円のあった場所を見上げる。

 が、当然そこにはもうくだんの魔法円はない。


「さっきの……魔法円は?」

「あれは私達が作ったのよ! 紬と可憐に通ってもらうために……」

「洞窟を歩いてたら、突然目の前にさっきの魔法円が現れて……正体を突き止めるためにメアリーこいつとと二人で……」

「って言うか……誰よ、この子??」


 華瑠亜がメアリーを指差しながら訊ねる。


「こいつは、メア――――」


 説明しようとするリリスに被せるように、メアリーが喋り始める。


「さっきの魔法円はあなた達が形成したのですか?」

「え、ええ、そうだけど……あなたは?」

「パパとママの娘です」

「はぁ?」


 華瑠亜の中で、パパやママと呼ばれている人物と紬や可憐が結びつかない。


「そ、そりゃまあ、女の子はみんな、パパとママの娘だけど……」

「そう言う意味じゃないです。何ですかこの鈍い女は?」


 メアリーが華瑠亜を指差しながらリリスに訊ねる。


「に、鈍い、って……誰? この、クソ生意気な子供は!?」


 華瑠亜もメアリーを指差しながらリリスに訪ねる。


「えーっと、まずこっちがメアリー。で、こっちが、華瑠亜ちゃん」


 ざっくりとしたリリスの紹介を聞きながら、更に華瑠亜が質問を続ける。


「で、その……メアリー? は、紬や可憐とどんな関係が?」

「ツムリがメアリーのパパってことですよ」

「ツムリ……って、紬のこと!?」

「このカルアって人は、パパの何なんですか? なぜパパのことを呼び捨てに?」


 そう言えば名前に聞き覚えがありますね、カルア、カルア……と、少し考えた後、何かを思い出したようにメアリーがポンと手を叩く。


「ああ、あなたがパパの愛人壱号ですか!?」

「は~あぁぁぁ?」

「すいませんがパパとの関係はすぐに清算して下さい。もうママがいますので」

「ま……ママ? それってもしかして……可憐のこと?」

「そうですよ」

「ど、どう言うことよ、リリスちゃん!?」

「え~っと、ん~っと……話すとちょっと長くなるかな……」


 華瑠亜の後ろから紅来も近づいてくる。


「何だ、何だぁ? 紬と可憐あいつら、マジで裸で抱き合った上に子作りまで……」


 そんなわけないっつ~の! と華瑠亜が突っ込もうとした矢先――――


「何でそれを知ってるんですか! あなたは何者ですか!?」

「え? ほんとに? 紬と可憐あいつら、ほんとに裸で抱擁そんなこと!?」


 訊き返す紅来に、メアリーが二、三回大きく頷く。


「ええ。狭い部屋で……布団を並べていましたから……裸で」


 華瑠亜が倒れる。


「ご、ごめん……ちょっと眩暈めまいが……」

「だ、大丈夫、華瑠亜!?」


 駆け寄るうららの後ろで、更にドサッ、と音がする。


初美はつみんが倒れたにゃん! 死んでるにゃん!」


 切羽詰ったクロエの叫び声。


「ええっ!? 死んでる!?」と、一斉に全員の注目がクロエに集まる。

「目が、死んでるにゃん……」


 そんな騒ぎにはまったく興味が無さそうにメアリーが口を開く。


「そんなことより……パパとママも呼ばないと! 早く、さっきの魔法円をもう一回作って下さい!」

「い、いや、あれで作られる魔法円は二つまでで、しかも、誰かが通ると消える仕様みたいなんだよ……」


 気が付けば、小瓶に入った紬と可憐ふたりのサンプルは消失しているようだ。

 つまり、メアリーとリリスが魔法円を使ってしまったため、召集魔法円このアイテムは使用済みの状態になったと言うことらしい。


「じ、じゃあ、メアリー達は、パパたちを地底に置き去りにしてここに来てしまったと言うことですか?」

「いえ、でも、ちょっと待って……」と、自分の両手を眺めるリリス。

「私が消えてない、ってことは、そんなに離れてはいないはずよ。飛ぶことまでは出来ないけど……」


 会話を聞いていた勇哉が「そう言えば……」と、思い出したように呟く。


「さっき、石を集めてる時に、大きな縦穴があったな……」

「あんたなんで、それを早く言わないのよっ!」


 立ち上がって勇哉に詰め寄る華瑠亜。


「だ、だって、戻ってきたら華瑠亜おまえが『うっさい、黙れ、気が散る』って」

「ほんと勇哉あんたは、無駄口が多いくせに、必要なことは言わないとか……実は馬鹿でしょ?」

「なんて理不尽な……」

「で? どこよそれ?」

「お、おう……」と返事をして歩き出す勇哉の後に、全員が続く。


 メアリーも、リリスをポケットに突っ込みながら立ち上がり、みんなの後に続く。


「お~っ! 自分からポッケに入れるとか、後輩としての自覚が出てきたわね!」

「飛べそうになったら飛んで下さい。パパが近くにいる証拠になりますので」

「せ……センサー代わり!?」


               ◇


 洞窟の中を足早で歩く。

 リリス……メアリー……いったい、どこに行っちまったんだ、あいつら?

 気はくが、しかし、その気をどこに向ければいいのか解らない。


 とりあえず今は、可憐の言葉に従って出口を目指してはいるが、その後どうやってあいつらを探せばいいのか……。

 まったく方針の見えない不安感。

 チラリと、俺の方を振り向いた可憐と目が合う。


「さっきの魔法円だが……」と、再び前を向きながら可憐が口を開く。

「うん」

「魔法発動のための魔法円ではなく、何らかの魔法効果で出現したものだと思う」

「魔法効果? どんな?」

「状況的に見て、恐らく、転送ゲートのようなものだろう」

「転送? 誰がそんな魔法を?」


 断言は出来ないが……と断った上で可憐が続ける。


「レスキュー関連の動きに関係してるんじゃないかな」

「レスキュー?」

「私たちの目の前に偶然魔法効果マジックエフェクトが演出されるなんて状況は考え辛い。普通に考えれば、狙って出現させたものだろう」

「狙って……って、こんな地底の中なのに、どうやって?」

「解らない。……が、方法はいくつかある。重要なのは、今の私達を転送させようなんて試みるのは、レスキュー関連だと考えるのが一番自然だと言うことだ」


 もしあの魔法円がレスキュー活動に起因するものであるとするなら……。

 転送先は恐らく地上で間違いないだろう。


 すぐに第二、第三の魔法円が現れてくれないのは少々気がかりだが、立夏のギガファイアだって詠唱に四分はかかる。

 人一人を転送させるような時空操作の魔法なんて、なんだか凄そうな気がするし、そうそう簡単に連発はできないのかも知れない。


「よし! 急ごう、可憐!」


 早歩きから駆け足に変わりそうな俺を、苦笑しながらチラ見する可憐。


「なんだ? さっきまで魚が死んだような目をしてたくせに……現金なやつだな」

「え、そう? 俺、そんな目してた?」

「ああ。……ただ、慌てるな。こんな場所で駆け足になるのは怪我のもとだ」


 確かに、足元が濡れて滑りやすいだけでなく、ところどころに、頭の高さまで飛び出た岩や鍾乳石もある。

 可憐に諭され、はやる気持ちを抑えつつ歩を弛めた。


 可憐の後ろに付くと、メアリーが居なくなったことで、日本人離れした可憐の美脚がよく見える。

 そうだな……これを眺めながらしばらく歩くのも悪くない。

 気持ちが落ち着く……美脚テラピーだ。


 可憐の推測が当たっている保証は無いが、しかし、言われてみれば他に上手い説明も見つからないし、かなり確度の高い推論に思えてくる。

 あの猫の鳴き声は気になるが……とりあえず、細かいことは気にしないでおこう。

 と、その時、前方の曲がり角から突然飛び出してくる小さな影!


「紬くんっ!」

「リ……リリスかっ!?」

「よかった~~!」


 両手を広げながら、満面の笑みで近づいて来るリリス。

 俺の首に巻き付くように飛び込んできたリリスの左腕が、勢い余って俺の咽仏をピンポイントで直撃する。


「ゴヘッ!!」

「ご、ごめん!」

「再会するなり……ラリアットかよ……ゴホッ」

「ゴメンってば!」


 謝りながら俺の左肩に座るリリス。

 メアリーとの契約の一件以来、ようやく肩に戻って来たな。

 なんとか機嫌は直ったのか?


「ところでお前、どこ行ってたんだよ?」

「地上よ。さっきのあの魔法円、華瑠亜ちゃん達が作ったみたい」

「華瑠亜たちが?」

「うん。他にも……D班のみんな、上にいるよ!」


 いったい、あいつらがどうやって?

 ……とは思ったが、とりあえずそれを今リリスに訊いたところで正確な答えは返ってこないだろう。

 それはまた、地上に出てから訊いてみよう。


「で……メアリーは?」

「う、うん……いるよ、メアリーあいつも……」


 リリスの表情が曇る。

 う~ん……まだ、メアリーが絡むとブルーリリスに戻るのか。

 今のうちになんとかしておくか。


「え~っと、リリス?」

「うん?」

「ここだけの話だけど、俺にとって一番大切なのはリリスおまえだから」

「は? え?」


 目を白黒させながら赤面するリリス。

 こいつの顔、面白いな。


「ど、ど、ど、どうしたのよ、急に!?」

「いや、メアリーの前じゃなかなか言えないだろ、こう言うこと」

「そうかも知れないけど……」

「なんて言ったってリリスおまえはいろいろ事情も知ってるし、現世界こっちに来てからずっと苦楽を共にしてきた戦友みたいなもんだからな。やっぱり特別だよ」

「せ……戦友……」


 不満そうに俯くリリス。

 あれ? 戦友じゃだめだったか?

 かと言って、親友や恋人と言うのも違うしなぁ……。


「じゃ、じゃあさ……」と、リリスが言葉を繋げる。

「うん?」

「私にも言ってみてよ。さっき……メアリーに言ってたやつ」

「メアリーに? 何か言ってたっけ?」


 サッ、とリリスが、俺の耳元に口を近づけて囁く。


(愛してる、ってやつ!)


 リリスの方を向きながら、目を見開く。


「お、おまえ……聞いてたの、あれ?」

「耳は良いって知ってるでしょ。あれだけ静かな場所なら聞こえるわよ」

「言えるかよ、あんなことっ!」

「メアリーには言えたのに?」

「あ、あれは……儀式に必要だって言うから……それも聞こえてたんだろ?」

「私にも必要なの! 言わないんだったら機嫌も直らない! 言って!」


 ったく……しょうがねぇなぁ……。


「その代わり、メアリーには内緒だからな?」

「うん、解った!」

「俺は、リリスを……」

「う、うん……」

「アイシテル……」


 リリスの頬の赤みが、みるみる顔全体に広がっていく。

 怒ろうか笑おうか迷うかのように、口の端が上がったり下がったりしている。

 やっぱり面白いな、リリスこいつの顔。


「ば、バーカ! 何言ってんのよ!!」

「お、おまえ、言えって言っておきながら、言われて照れるなよっ!」


 その時、ドンッ、と何かにぶつかって足が止まる。

 立ち止まり、冷ややかな眼差しで俺たちの方を振り返っている可憐。


「なんだか紬とリリスおまえら……いいな、平和そうで」

「そ……そりゃどうも」


 可憐の前を見ると、洞窟の先が天井から差し込んだ光で明るく照らされている。

 出口か!?


 お~い! 紬~! 可憐~! いるのかぁ~!


 聞き覚えのあるD班メンバーの声だ。

 やっと辿り着いたんだっ!!


 急いで明かりの元まで行くと、陽光の差し込む縦穴が現れる。

 地上までは三メートルほどだろうか。

 壁の突起や窪みを使えば難なく上って行けそうだ。

 穴の上には、並んでこちらを覗き込む見慣れた仲間の顔。


「おお? 紬! 無事なの!? 怪我はない!?」


 真っ先に声を掛けてきたのは、夜目ナイトアイを使っていた紅来だ。

 三日ぶりだが、もっと長い間、会ってなかったような気がする。


「おう! 久しぶりだな! 可憐も無事だぞ!」


 最初に落ちた地下空洞で、紅来と共に洞窟犬ケイブドッグの群れを撃退した事を思い出す。

 足や肩の傷は、もう大丈夫なんだろうか?

 逆光に慣れ、麗、勇哉、歩牟の顔も見えた。


「パパ~!!」と、ピョコンと顔を出して手を振っているのは、メアリーだ。


 華瑠亜は……微笑んではいるけど、なぜか目は笑っていない気がする。

 隣に初美の顔も見える……が、なんだろう?

 目が、死んでる?


 ……まあいいや!

 とにかく、帰ってきたんだ!

 やっと、地上へ!!

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