07.語りかけるにゃん
「クロエが語りかけるにゃん!」
今の発言が、初美の気持ちを代弁したものなのかクロエ自身の発言なのかは分からないが……クロエの表情を見る限りはヤル気満々のようだ。
「そ……そう? ならいっそ、詠唱もクロエにやって貰ったら?」
「魔具とは言え、直接詠唱者のMPを使うから、クロエじゃ無理でしょ」
「語りかけは大丈夫なの?」
「本人識別については魔力の色相で判断するだろうから、恐らく、使い魔のクロエでも声は届くと思う」
ふ~ん、と言いながら、薄目で初美とクロエを眺める華瑠亜。
「なんか……あれよね。大活躍よね、初美ばっかり!」
「なに拗ねてんのよ」
「別に、拗ねてないわよ! いいんじゃない? 一番成功率高い方法で!」
そこへ、幾つか石を抱えた
「お? 何だよ、魔法円、矢で押さえたのかよ? 石なんて必要なかったじゃん……」
「うっさい! 黙れ! 気が散る!」
華瑠亜の剣幕にたぢろいだ勇哉が
「なんだよ? なにイラついて……」と言いかけた勇哉を華瑠亜がキッっと睨む。
「うっさいって言ってるじゃん! その石、元の場所に戻しといて」
「そんなの全部覚えてねーよ! ってか、ここじゃダメなの!?」
パンパン、と柏手を打つ紅来。
「はいは~い、静かに静かに~! もう始めるよ~!」
麗が、魔具の入っていた箱の蓋を初美に渡す。
裏に呪文が書いてある。
束の間、蓋裏を
本人の意見も訊かれぬままなし崩し的に詠唱係になったが、初美も固辞はしない。
別に、華瑠亜のように自分が活躍したかったわけではない。自分が詠唱することで少しでも救出確率が上がるなら……という気持ちからだ。
もし、自分が詠まなかったことで救出が失敗するようなことにでもなれば、自分で自分を一生許せなくなりそうだと考えると、初美も覚悟が決まる。
「エルテ カルエテ エリエルターマイン サルティエル エルティエーレ……」
初美が、蓋裏を見ながら詠唱を始める。
授業中の音読でも、消え入りそうな声の初美しか記憶になかった全員が、その
――――綺麗な声だ。
「俺……惚れちゃうかも……」と、勇哉がボソっと呟く。
「紬も、
勇哉の隣で囁いた歩牟の言葉に、華瑠亜が反応する。
「
「え? いや、紅来の別荘に泊まった時……寝る前の雑談だよ」と、歩牟。
「お互い、異性の品定めなんて、定番の話題だろ?」と、勇哉も付け加える。
「そ、そう? ……他に、何か言ってた?」
「他?」
「初美以外のことよ。他にも女子はいっぱいいるでしょ!」
「そ、そりゃまあ、いっぱいはいるけど……全員分話すわけでもないし……」
五日前の夜を思い出しながら、勇哉が曖昧に頷く。
正直、五日も前の、
「可憐は頼り甲斐があるところがいいとか……」
「それから?」
「う~ん……立夏の髪の色が綺麗だとか……」
「そ……それから?」
「ん~~、そんなもんじゃね? ……あ、
勇哉の向こう
「ちゃんと思い出しなさいよっ!」
「思い出してるよ! でも、五日も前の寝物語だぞ? なあ歩牟?」
「うん……まあ、そんなもんだったと思うよ? 疲れてすぐ寝ちゃってたし」
「その……私の事は、なんか言ってなかったの?」
「華瑠亜のこと? 言ってなかったんじゃね? ……あ、
再び、勇哉の向こう脛を蹴りつける華瑠亜。
「
「無茶言うなよ……なかったことは思い出せね~よ!」
シイッ! ちょっとそこ! 静かに!
勇哉達を睨む紅来。
見ればいつの間にか、
細かい部分の相違点はあるが、デザインはほぼ
「エルマンテーレ カウラス テル ラゼーラ ティシモ エルテ」
初美が、口を
同時に、現れた魔法円の光が一瞬だけ増したかと思うと、滲んでいた輪郭が、一眼レフで焦点を合わせた瞬間のようにくっきりと浮かび上がる。
詠唱が完了した。
すかさず、初美の肩の上から語りかけるクロエ。
「こちらクロエにゃん! 紬くん! 可憐ちゃん! 聞こえるにゃん?」
クロエが言葉を発する度に、
「紬くん! 可憐ちゃん! 聞こえるにゃん? その魔法円に飛び込むにゃん!」
しかし……誰も現れることなく宙に浮び続ける転送魔法円。
クロエが振り向いて紅来の方を見る。
「ダメにゃん。上手く言葉が届かないにゃん。恐らくあの小瓶に、言葉を届けるための何らかの
「じゃあ……あのヒビのせいで、上手く作動してなってこと?」
「そうにゃん。まったく届いてにゃいわけじゃにゃいけど……断片的にしか伝わってにゃいにゃん……」
「とにかく……時間いっぱい、呼び掛けてみて!」
クロエは頷くと、再び魔法円に向かってか語りかける。
「こちらクロエにゃん! さっさとこの魔法円に入るにゃん!」
◇
「じゃーんけーん……」
ポン! と言う掛け声と同時に、リリスとメアリーが右手を出す。
チョキのリリスに対して、メアリーがグー。
これで、メアリーの十連勝だ。
可憐の肩に座ったリリスの鼻孔がヒクヒクと震え、目にも光る物が見える。
「だから言ったじゃないですか。メアリーは
恐るべし、
“あいこ” すらない、まさに完全試合だ。
最初に負けたリリスが「こ、こう言うのは、先に三勝した方が勝ちなのよっ!」と言い出した時には、はいはい、いるいる、こう言うこと言う奴……と思いながら眺めていたのだが……。
「いいですよ、何勝でも、好きに設定して下さい」と涼しい顔で答えたメアリー。
そして、あっさりメアリーの三連勝。
今度はメアリーからリリスに提案する。
「なんでしたら、メアリーが十勝するまでの間に、リリっぺが一回でも勝てたら、そちらの勝ちってことでいいですよ? ハンデです」
「え? い、いいの? じゃ、じゃあ、それで!」
雀の涙ほどのプライドもないリリスが提案を受け入れる。
いくら何でもそりゃ舐め過ぎだろ、
と思って眺めていたのだが……。
本当に
何気にこの能力、すごくね?
「それって、どういう仕組みなの? ジャンケンにしか使えないの?」
「どう言うわけか相手の出す手が分かるのですよ。ジャンケンにしか使えないのかは分かりませんが……ジャンケン以外で使えた経験は、これまで一度もありません」
予知能力みたいなものだろうか?
ジャンケン限定というのはかなり汎用性に乏しいが……しかし、ここまで完璧ならいつか使いどころはありそうな気がする。
「ぞんなの、ズルぢゃん……じゃんげんまずだぁなんで、ズルぢゃん……」
気が付けば、可憐の肩の上でリリスが半ベソだ。
よほど悔しかったのか?
「そうは言ってもな、リリス。メアリーはちゃんと、最初に
「わだじは、ぎいでながっだもん!」
子供かっ!
しっかり『ラッキーリリスの実力を見せる』とか反論してなかった?
「わだじは、ごんな体だがら、紬ぐんどキスだっで、ぞんなにできないじ……」
鼻をすすりながら、リリスがぐだぐだと何かを言い始める。
……キス?
なんでここでキスの話が出てくる?
「ごのまんまじゃ紬ぐん……メアリーのごどばっがり可愛がるようになっで……ぞれで、ぞれで……わだじのごどなんで、どんどん、かまっでぐれなぐなっで……」
なんだこいつ……育児でよく聞くアレか?
二人目が生まれて、上の子がやきもち、みたいな。
今までだって大してかまってなんかいなかった気もするが……。
めんどくさっ!
「づむぎぐんがメアリーにどられぢゃう…………うえぇぇぇぇぇ~ん」
ついに、両手で涙を拭きながらマジ泣きモードに突入する。
いろいろ複雑な感情が渦巻いていたところに、完膚なきまでに
それにしても……ほんとに
チラチラと、自分の左肩に座るリリスを気にしていた可憐だったが、いよいよ俺の方を振り向いてアイコンタクトを取ってくる。
あれは――――
なんとかしろ、紬!
……って目だな。そんなこと言われても、って話なんだが。
「なあリリス? どっちが上とか下とか、俺はマジでそういうのないから」
「ぢゃあ……上どが下どがぢゃなぐ、どっぢが好ぎなのよ……私とメアリー……」
またそう言う――――
せっかく助け舟を出してるのに、なんでわざわざそんな難問で切り返すかなぁ?
無茶振りすんな!
「んなもん、どっちも大切な相棒だから! どっちなんて決められねぇよ!」
その時、不意に可憐が立ち止まる。
「何だ……あれは?」
可憐の視線の先に目を向けると、青い光の輪のような物が二つ浮いている。
あれは、ゲームやアニメなんかでお馴染みの……魔法円!?
二重円の中心に描かれた
内円の円周にはラテン語のような文字が連なっているのが見える。
いや……別にラテン語が解るわけではないが、ああいうファンタジックシンボルにアルファベッドが使われていたら、それは大体ラテン語だ。
「ちょっと待て。何か聞こえる……」と、人差し指を立てて唇に当てる可憐。
ニャ~ン……ニャ~ン……ニャ~ン……
「ね……猫?」
可憐がクレイモアを抜くのを見て、俺も六尺棍を召喚する。
よく解らないが、もしかするとあそこから猫の化物……例えばキラーパンサーのような魔物が出て来るかも知れない。
誰が何の目的でそんなことをするのか全く心当たりはないが、とにかく、考えるより今そこにある危険に対処することが優先だ!
束の間、何も聞こえなくなったが、再び先程の泣き声が聞こえてくる。
ニャ~ン……ニャ~ン……ニャ~ン……
正直、声を聞く限りでは大した相手だとも思えないが、正体が解らない以上、油断は禁物だ。
メアリーが何かを思いついたようにリリスへ話しかける。
「リリっぺ。ジャンケン勝負は
「ほ、ほんと?」
少し落ち着いてきたリリスが、メアリーの言葉に身を乗り出して食いつく。
すずめどころか、ミジンコの涙ほどのプライドすら怪しい。
「もともと、まったく勝負になってませんし、あれではメアリーが一方的に
「そ、そうね……そうかもね!」
ちょ……チョロ過ぎる……。
さりげなく
「それよりもここは使い魔らしく、仕事の有能さで競うのがいいと思うのですよ」
「と、言うと?」
「あの魔法円の正体を突き止めた方が勝ちにしましょう!」
そう言うと、突然メアリーが魔法円に向かって走り出す。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! 抜け駆けズルいわよ!」
慌ててチョリスもメアリーの後を追いかけて飛んで行く。
「って言うか、おまえら! 二人とも待て! ストォーップ!!」
「大丈夫です! メアリーも結界師の端くれです。危険な臭いは感じません!」
そう言いながら、俺の制止を気にもせずに魔法円に突っ込むメアリー……と同時に、魔法円が一つ消滅する。
「!?」
メアリーに続き、チョリスも残ったもう一つの魔法円に突っ込んでいく。
おいおい!
魔法円ごと消えたメアリーを見てなかったのか!?
ここは普通、
「待てっ! チョリ……じゃない、リリス!!」
しかし、メアリーとの競争心で頭が一杯になっているリリスにはもう、様子見などという選択肢は残っていないようだ。
そう言えばあいつ、ポーカーでも決してダウンはしなかったな。
“ダウンしない女”
フレーズとしてはかなり強そうなんだが、実際はただのアホだ。
リリスを飲み込むと同時に二つめの魔法円も消え去る。
訪れる沈黙――――
ええええ……。
どうするんだよあいつら!?
いなくなっちまったよ!
「と、とにかく、ここまで来たんだ。まずは一旦、外に出よう、紬」
「あ、ああ……」
半ば放心状態で可憐の言葉に従う。
確かに、二人を探すにしても、今は体力も装備も消耗し過ぎている。
可憐が言うように、まずは地底から脱出するのが最優先なんだろうが……。
正直、今まで、使い魔と
実際、こんな状況に陥ってみて改めて思う。
どうすんだよ、これ!?
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