第十章 監視委員会 編

01.はじめまして

「はじめまして。メアリーです」

「は……はじめまして……こんにちは……」


 玄関を入ってすぐに自己紹介を始めたメアリーに、出迎えた家族の三人もキョトンとした表情で返事をする。


 昨日、地上に脱出後、紅来の別荘で一泊。

 今日はゆっくりと帰り支度を整え、別荘の掃除などを済ませた後、遅めの昼食を取ってからオアラを出立してきた。

 俺が今日戻るという知らせを受けて、家族全員でディナーの準備をしながら待っていてくれたらしいのだが……。


「お兄ちゃん……年上の彼女に懲りたからって……今度は年下過ぎない?」

「違うわっ」


 いもうとのとんでもない誤解を即座に否定する。 

 説明が面倒だったので、事前の通話ではメアリーの事は伝えずに戻ってきたのだが……さすがに驚かせてしまったか。

 こんな女の子をいきなり使い魔だと紹介しても混乱させるだろうか?


「こいつは俺の、え~っと……」

「嫁です」と、メアリーがペコリと頭を下げる。

「それも違うわっ」

「だって……ケッコンするなら……今度はフーフになるわけですよね?」

「いや、結婚もしないから……。説明が終わるまで黙っててくれ。ややこしくなる」


 やけに難しいことを沢山知ってるくせに、結婚に関する知識だけはなんで小学生以下なんだ?

 そして、少し驚いたのはしずくは俺の元カノを知っていたことだ。

 こっちの俺も、一年前、同じ人と付き合っていたんだろうか?


「メアリーは、私の後輩になったのよ!」

「…………」


 リリスの説明を聞いても、いまいちピンと来ない様子の三人。

 説明の仕方もアレだが、家族の方も察しが悪い。


「リリスちゃんの後輩、ってことは、つむぎく……紬の使い魔に?」


 ようやく事態を飲み込む親父おやじ

 “紬くん” と言いかけて “紬” と言いなおす。


 母と親父はお互いに再婚で、前のパートナーとはどちもの死別していた。

 前の世界向こうでは俺が一歳の頃に籍を入れたと聞いていたが、現世界こちらでもそれは同じなのだろう。

 そのせいか、現世界こっちではずっと “くん”付け で呼ばれていたようだが、前の世界向こうでは普通に呼び捨てだったし、気持ち悪いので止めさせたのだ。


 因みに、再婚後に生まれた妹とは、異父兄妹の関係になる。


「まあ、そう言うことだ」

「それにしても、しばらく会ってないうちに……」


 そう言いながら親父が俺の足元にいるブルーに視線を落とす。

 指輪のおかげでブルーこいつも、進化が進むまでは出しっ放しにできるようになった。


「紬の周りも、ずいぶん賑やかになったな」


 チビメイドに、金髪童女に、青い猫まで引き連れているからな。

 道中もかなり注目を浴びていたのは気がついている。


「とりあえず……立ち話もなんだし、座らせてくれよ」

「そ、そうね。食事の用意も出来てるけど……」


 パタパタと台所に戻る途中で、思い出したように母が振り返る。


「え~っと、メアリーちゃん? ……も、普通の食事でいいのかしら?」

「うん。大丈夫」と、メアリーの代りに俺が答える。


 さすがファンタジーワールドだ。

 使い魔と紹介されても特に驚くわけでもなく、普通の食事を出そうとする。

 あっさり過ぎてこっちがビビる。


 ダイニングに入ると真っ先に目に飛び込んできたのは、普通どころか、これまで元の世界の自宅でも見たことがないような超豪華な食卓。

 テーブルの中央に置かれた木製の大皿にはマスカットやオレンジなどの果物が敷き詰められ、その上には存在感タップリのローストターキーがどんと乗っている。

 丸焼きだ。

 元の世界でオーダーすれば、これだけで二万円は下らないだろう。


 各人の前に並べられているメインディッシュは、大きな肉がゴロゴロと入ったビーフシチュー。

 皿の隅にはとうもろこしやブロッコリー、じゃがいもなどの野菜が添えられ、真ん中には、コントラストを変えた写真のように濃い黄身の目玉焼き。


 サラダボウルにはレタス、粉チーズ、焼きベーコンをドレッシングで和え、クルトンが振り掛けられたシーザーサラダ。

 その横の陶器の器には、パンにホワイトソースを乗せて焼かれたパングラタン。


 そして嬉しいのは、白米が添えられていることだ。

 パン食中心のこの世界でも、現代日本から転送された俺の好みはやはり “米” だ。

 同じ炭水化物なのに米じゃないと落ち着かないのは、日本人にかけられた呪いか何かだろうか。


 この世界に来て『米が好きだ』と打ち明けた時には、十七年間育ててきて初めて知ったと母に驚かれたが、それ以降は何度か白米を出してくれるようになった。

 買ってきたままポンと出せるパンに比べ、炊飯器もなく、精米技術も未熟なこの世界でお米を焚くというのはなかなかに面倒な作業だ。

 専業主婦でもないのに、わざわざそれをしてくれる母には感謝しかない。


「むほっ!!」


 目の色が変わったリリスが俺の肩から飛び立ち、テーブルの真ん中に陣取る。


「リリスちゃん、飛べるようになったの!?」

「ああ、うん、こいつのおかげで……」


 と、左手を上げてしずくにムーンストーンの指輪を見せる。


「魔石の指輪!? どうしたの、それ!?」

「うん、まあ、今回の合宿の戦利品みたいな物……かな」


 俺の隣にもう一つ椅子を用意しると、そこにちょこんと腰掛けるメアリー。

 リリスほどではないが、目の前の豪華な食卓に目を輝かせている。

 俺が無事帰って来ることを知って、みんなで用意してくれたんだろうな……。


「悪かったな、みんな。心配かけて……」

「そんな事よりつむぎ……この子、どうするんだ?」


 親父がメアリーを見ながら訊ねる。

 そんなことより?

 息子が地底に落ちて五日間も行方不明だったことが……そんなこと扱い!?


「どうするもこうするも……マナ供給を止められないから俺から離れられないし、この家に置いてもらうしか……」

「ほお……なんだか新しい娘ができたみたいだな! 紬からのプレゼントか!?」


 なぜか嬉しそうな親父。

 なんで俺が、親父に金髪童女をプレゼントしなきゃないんだよ?

 言われてみれば、母も背が低くて、どちらかと言うと童顔の部類だし……もしかして親父このひともロリコンじゃないだろうな!?

 ……いや、この人「は」だ。

 俺は違うから。


 念のためファミリアケースに入れられるかも試してみたが、やはり無理だった。

 立夏りっかにも確認したが、やはり亜人をケースに収納するのは無理とのこと。

 これからこの家でどうやって同居していくのか、いろいろ考える必要がある。


 キッチンから、母が赤ワインの瓶と、三~四枚の木製の取り皿を持ってくる。

 取り皿は、重ねたままメアリーの前に置かれる。


「ごめんねメアリーちゃん。シチューやサラダ、人数分しか用意してなかったから……。あんた、メアリーちゃんに取り分けてあげてね」

「う……うん」


 俺の帰還祝いなのに、俺が取り分ける役?

 そもそもさっきから、五日間も行方不明だった息子が帰ってきたわりには、マイファミリーのリアクションが薄くないか?


「一応聞いておくけど……俺、結構大変だったのは知ってるよね、みんな?」

「ああ……地底に落ちて行方不明になってた、って件でしょ? 連絡貰ったし」


 母が、四つの木製グラスにワインを注ぎながら答える。


「そうそう……のわりには、みんな、リアクション薄くない?」

「だって……ライフテールも光ってるし、大丈夫ですよぉ~、って言われたし」

「誰に?」

「鷺宮先生……だっけ? 結構のんびり話されてたし、大して心配な状況でもないのかな、て思ってたんだけど、違うのかい?」

優奈ゆうな先生か……」


 あの人は、危機感をおもてに出すことができないんだよ……。


「それじゃあみんな……ありがとう!」


 なぜかお礼を言う親父に続いて、拍手をする雫と母。 


「お父さん、お誕生日おめでとう!」


 え? お誕生日? 親父の? 今日だっけ?

 俺もとりあえず、皆に合わせて拍手をするが――――


「こ、この食事、俺の帰還祝いだったんじゃないの?」

「なんであんたが帰ってくるだけで、こんな豪華な夕飯にしなきゃないのよ」


 拍手を終えた母が、怪訝な表情を浮かべながら、ワインを一口飲む。

 親父と雫も食事を始める。

 リリスは……ナイフを持って丸焼きのローストターキーに突撃。


「い、いや、そりゃそうだけど、それ言うなら、親父の誕生日だってそんな……」

「家長の誕生日はどこの家でもしっかり祝うのがあたりまえでしょうよ」


 そ、そうなのか?

 世界改変で、昔の戸主制度みたいな文化でも復活させたんだろうか。

 親父の誕生日なんて誰も知らなかった前の世界とは大違いだ。

 でも、普段の生活の中で、親父が特に敬われている気もしなかったが……。


 もしかして “現象” だけを取り入れて “根拠” は置き去り、みたいなやり方?

 前の世界で言えば、仮想行列と化してるハロウィンがそんな感じだ。

 ノートの精の “チート” の扱いを鑑みると、それも充分にあり得そうだ。


「何か、取ってくださいよ」


 まあ、家長の威厳を、“根拠は置き去り” と切って捨てるのも可哀想だが……。


「パパ! 聞こえてますかっ!?」

「え? あ、ごめんごめん……なに?」

「なにじゃないですよ! 何か取ってくださいと言ってるんです! 料理!」


 メアリーが、ナイフを持った手でテーブルをドンと叩きながらこっちを睨む。

 肩から上は卓上に出ているものの、料理に手を伸ばすには不自由そうだ。


「ごめんごめん……何が食べたい?」

「リリっぺが突撃してるやつです」

「はいはい。……飲み物は、水でいいか?」


 ターキーを切り分けてメアリーの前の木皿に乗せる。

 木製のワイングラスに口を付けながら、何かを探るように俺達を眺める雫。


 因みに、この世界で飲酒が認められているのは一応十四歳かららしいが、まあ、それ以下の子供が飲んだからと言って補導されるようなこともない。

 要するに、そこまで親切な・・・世界ではない。


 元の世界で未成年の飲酒が禁じられていたのは、依存症等の精神障害や中毒症等の健康障害、また、酔ったことで巻き込まれる各種トラブルから未成年を守る為だ。

 しかし、この世界では全て自己責任。


 酒で健康を害そうが、酔って喧嘩に巻き込まれようが、それは全て自分の責任だ。

 当然、前の世界向こうの日本ほど治安も良くなく、少しマナ濃度が上がれば魔物も出るようなこの世界では、僅かな気の緩みが死に繋がることもある。

 それを覚悟ではっちゃけるなら、どうぞご自由に、ってことだ。

 元の世界ほど人命が尊重されていないのは、そういう部分からも感じられる。

 

「お兄ちゃん……パパって呼ばれてるの?」と、ワインを一口飲んで雫が訊ねる。

「ああ、うん、まあ……あだ名みたいなもんなんだけど……」


 って言うか、パパはもう止めろって言ったじゃん、とメアリーをたしなめる。

 一応、亜人との勝手な婚姻や養子縁組は禁止されているし、対外的にその呼び方は何かと誤解を招く恐れがある。


「慣れ親しんだ呼び方を変えるのは大変なのですよ」

「まだ三日じゃん」

「しかも、ツムリなんて長いですし」

「いや、パパよりは長いけど、それでも三文字じゃん! 少なくとも、ジュールなんちゃらだのレアンなんちゃらよりはずいぶん短いだろ!?」


 それには答えず、メアリーがターキーを頬張る。


「お兄ちゃんがパパ、ってことは、ママ役もいたの?」

「ん? ああ……え~っと、可憐かれんだな……」

石動いするぎ先輩かぁ……。あの、黒髪の、美人さんだよね」


 記憶を辿るように、視線を宙に泳がせる雫。

 九年生……元の世界で言えば中学三年生までは、この世界でも別校舎に通学する。

 当然、俺はそこに通った記憶はないが、二学年下の雫にとっては比較的年の近い先輩として記憶にも残っているのだろう。


 思い返せば、中学一年生の頃は、三年生の先輩と言えばものすごく大人っぽく見える憧れの存在でもあった。

 特にあの凛とした可憐のことだ。

 相当目立っただろうし、もしかしたら生徒会的なこともやっていたかも知れない。

 いかにも生徒会長なんかがさまになりそうな外見だ。


「石動先輩と夫婦役になって、メアリーちゃんみたいな可愛い子からパパって呼ばれて……なんか、だいぶ満喫してきたみたいね、バカンス」

「そんなんじゃないから! おまえ、俺達の、地底での艱難辛苦かんなんしんくを聞いてから物を言え。なあ、メアリー?」


 横を向いて同意を求めると、メアリーもチラリと俺を見る。

 いつのまにか俺のビーフシチューをすすっている。


「え? ああ……え~っと、メアリーは結構楽しかったですよ。少なくとも、一人で過ごした四十九日間に比べたら、夢のような三日間でした」


 一人で過ごしてたのは二週間らしいけどな。


「私も、いろいろあったけど、なんだかんだ楽しかったかもなぁ……」と、リリス。


 だめだこいつら。お気楽過ぎる……。

 確かに、一人の時より楽しくなったと言うメアリーは、まだ解らなくもない。

 でも、リリスにとっては明らかに普段よりも過酷な地底生活だったはずだし、記憶でも飛んでるんじゃないのか?

 バカンスっつ~か、ただのバカだろ!?


 その時、足元で干し肉をかじっていたブルーが顔を上げ、玄関の方に顔を向けながら耳をクルクルと動かす。

 ほぼ同時に、テーブルの上で「やっと来た!」とつぶやくリリス。

 やっと来た?

 直後、玄関ドアと叩くトントン、というノック音。


「誰かしら、こんな時間に……」


 母が立ち上がり、玄関へ向かう。

 時計を見ると、既に夜の八時を回ったところだ。

 元の世界ならともかく、現世界こっちでは他所の家を訪問するにはかなり遅い時間だ。


「あらあら! どうしたの、こんな時間に!?」


 玄関から母の声が聞こえてくる。

 続けて、母に答える訪問者の声。


「忘れ物を届けに来たにゃん」


 にゃん? にゃん、って、まさか……なぜ!?


 俺も慌てて腰を上げ、玄関へ向かおうとしたその時、通話機の呼び鈴が鳴る。

 立ち上がったところだったので、通話機は直ぐ俺の目の前だ。

 仕方なく受話器を上げる。


「はい、もしもし?」

『ああ……紬?』

「その声は……華瑠亜か!?」

『うん。ちょうど良かった』

「なんだよこんな時間に」

『明日なんだけど、あんたバイト来られる?』

「バイト? ハウスキーパー? オアラに行く二、三日前に行ったばかりじゃん」

『うん。でも、もう汚れちゃったのよ』


 もう? 今日を含めたって、使ったのは実質四~五日だろ?

 どんな使い方してるんだよあいつ!?

 まあ、バイト代出るならいいんだけど……。


「ん~……解った。昼間は用事あるから……夕方からでいいか?」

『解った。それから……』

「ん? まだ何か?」

初美はつみに手を出したら、殺すから』

「……え?」

『そんだけ! じゃあね!』


 そう言うと、一方的に通話を切られる。

 はあ? なんのことだ?


 さっき玄関から聞こえたのはクロエの声だ。

 訪ねて来たのは初美で間違いないだろう。

 でも……何でそれを華瑠亜が知ってる?

 なんだよ、今の脅迫通話は!?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る