02.紬サポート計画

「それじゃあ、つむぎサポート計画のミーティングを始めるわよ」


 紬が帰宅する四時間ほど前――――

 オアラから地元のフナバシティまで戻る船電車ウィレイアの車内で、謎ミーティングの開催を宣言しているのは、華瑠亜かるあだ。


 優奈ゆうな先生以外の六人が、客室の後部二箇所に設置されたコンパートメントのうちの一つに集まっている。

 壁などで間仕切まじきりされているわけではないが、三人掛けの椅子クロスシートが向かい合うように設置されているので、六人で話し合うのにちょうど良い。


「紬くんのサポート……って、何をサポートするの?」


 うららの質問に、あご先で男子メンバーの方を指す華瑠亜。

 車内前方の窓沿いの椅子ロングシートに、手前から歩牟あゆむ勇哉ゆうやつむぎと並んで座っている。

 そして最奥、壁際には、物珍しそうに車窓や車内をキョロキョロと見渡しながら腰掛けている金髪の美少女――――


「紬くんと……メアリーちゃんのこと?」

「そう」と、小さく頷きながら華瑠亜が腕組みをする。


 昨日は別荘まで戻る道すがら、華瑠亜も紬と可憐から大体の説明は受けていた。

 別荘に着いてからも、立夏と優奈先生を加えてさらに詳細な話を聞くことができたので、地底での出来事については概ね華瑠亜も把握できていた。


 まあ、事情を聞いて一応納得もしていたのだが……。

 しかし、それと感情面はまた別の話だ。


「ぶっちゃけさ、相当危険だと思うのよね、メアリーあのこ

「危険? なにが?」


 今度は紅来くくるが聞き返す。


「なにがじゃないわよ! 盗賊シーフのくせに紅来も危機感足りないわね!」

「シーフ関係ないじゃん……」

「だってさ、紬のことパパとか言っちゃってさ、ベタベタ引っ付いて……」

「まあ、慣れるまで仕方ないんじゃないの? 知り合いは紬と可憐くらいなんだし」

「そりゃそうだけどさ……紬だってほら! なんかデレデレしちゃって!」


 華瑠亜に言われ、紅来も目を細めて紬の様子をうかがうが――――


「そう? 至って普通に見えるけど……」

「至って普通じゃないわよ! ねえ、リリスちゃん?」


 自らの左肩に視線を向ける華瑠亜。

 なぜかそこに座っているのは……リリスだ。


「うん、危険! メアリーあのこは危険!」


 オアラ土産の煎餅せんべいをかじりながらリリスが頷く。

 紬が家族への土産に買ったものだったが、既に四分の三が消失している。

 家族の分も残しておけ、と言われたので、しかたなく三枚は残す予定だったのだが……それすら怪しくなってきた。


 華瑠亜が、オブザーバーリリスの意見を受けて大きく頷く。


「可憐の話に寄ればメアリーあの子、裸で紬のベッドに夜這いした、って言うし……」

「いや、夜這いってわけじゃない。一応、後から聞けば理由もあったし……」


 慌てて可憐が否定する。


「でも、女の子はマセてるから……幼くみえても油断はできないわよ。……ねぇリリスちゃん?」

「うん、油断ダメ! メアリーあの子には油断大敵!」


 再び、リリスオブザーバーの返答に大きく頷く華瑠亜を、紅来が薄目で眺める。

 この二人、いつのまにこんなに結託したんだろう? と不思議そうな表情だ。


「でも、間違いなくキスはしてるにゃん」


 不意にクロエ……を通して初美から投下される巨大爆弾。


「きっきっきっ……きすっ!?」


 華瑠亜が分かりやすく狼狽する。


はつみんも知識だけでしか知らにゃいけど、亜人との使役契約には “血の契り” と “口付けの契約” が必要だと、授業で聞いたことがあるにゃん」

「それは……ほんとう」


 立夏も、チラリと紬達の方を見ながらクロエの情報を肯定する。


「しかも、ライトなやつじゃダメにゃん。精神的に強い絆を確認するためのものにゃので、基本はベロチューにゃん!」

「べっべっべっべっ…………」


 また、眩暈でもしたのだろうか。

 華瑠亜が天井を仰いで、背凭せもたれにドッカと身を預ける。


「でも、ベロは入れてない、って言ってたよ」と、リリス。

「ほ……ほんと!?」

「うん。入れるつもりだったけど、その前にマナの流入が始まったから、って」


 華瑠亜が、疑うような表情でリリスの顔を覗きこむ。

 ある意味、最も紬の近くにいる存在だ。


(仲間に引き入れておいて損はないんだけど、でも――――)


 言っちゃ悪いけど、リリスちゃんって相当チョロそうだからなぁ……という思いは、華瑠亜のみのならず、女子全員の統一見解だ。

 嘘はついてなくても、言い包められてる可能性は充分にある。


「どうなの、可憐? 可憐も契約の場とやらにいたんでしょ?」

「うん、まあ……。でも、少し離れていたし……確かに、少し長めだった気はするけど……そこまではしてないって本人達も言ってたし……それを信じるしか……」


 可憐もなにやら歯切れは悪いが、とりあえずここはこれ以上疑っても仕方ない……と、華瑠亜も切り替えることにする。


「まあ、とにかく! メアリーあの子が人間社会の常識を身につけるまで、D班全体で少しサポートしていく必要があると思うのよ」

「…………」

「……お、思わない?」


 可憐と紅来と麗の三人は、「はあ?」という表情で首を捻る。


「D班とは、関係ないだろ」と、可憐。

「テイマーと使い魔なんだし、あいつらの問題でしょ」と、紅来もつれない。

「私も……ちょっと……」と言う麗は、基本的に面倒臭いのが嫌いなタイプ。

「ちょっと、何よあんたたち……ヤル気ないなぁ……」


 憮然とした表情で華瑠亜がコンパートメント内を一瞥する。


「じゃあ、決を採るわ。サポートが必要だと思う人! 挙手!」


 華瑠亜本人と、立夏、初美の三人が手を挙げる。


「……三対三ね」と、麗。

「いえ……四対三よっ!」


 華瑠亜が親指で自分の肩を指差す。

 肩の上で、リリスが手を挙げていた。

 オブザーバーって話だったのに、議決権あるの? と、紅来が首を捻る。


「そもそも初美とリリスちゃん、D班じゃないじゃん」

「細かいこと言わない! オアラ組はみんなD班みたいなもんよ!」


 可憐が、やれやれと言った様子で首を振る。


「と言うか……D班全体の問題にしなくても、サポートしたい人だけでボランティアでやってればいいんじゃないのか?」

「可憐……冷たいわね? 仮にも地底ではママ役やってたんでしょ?」

「だからだよ……。私はしばらく距離を置いておかないと、一緒に紬の家で住もうとか言い出しかねないぞ、メアリーあの子は……」


 メアリーに紬の愛人だと思われ、可憐ママがいるから関係を清算しろと言われた事を、華瑠亜も思い出す。

 確かに、可憐がメアリーの周りでウロウロするとかえって面倒なことになるかも知れない……と、考え直す華瑠亜。


「わ、解ったわ。じゃあ、挙手したメンバーでサポート委員会を結成しましょう」


 発足した、紬サポート委員会のメンバー……華瑠亜、立夏、初美の三人と、プラスリリス一匹がコンパートメントの奥に集まる。


「とりあえず今日、帰ってから紬の家の環境を確認しに行ける人、いる? 立夏も一人暮らしよね?」

「私は……無理。今日は実家。明日はアルバイト」

「私も……今日は実家に来いって言われてるのよね……。初美は?」


 華瑠亜の質問に、クロエが答える。


はつみんも、一旦家には帰るけど……近所だし、様子を見に行くくらいにゃら、多分大丈夫にゃん」

「じゃあ、今日のところは初美に行ってもらいましょう」

「様子見るのはいいとして……何を見てくるにゃん?」

「ぶっちゃけ、生活環境ね。紬の家って、間取りはどうだっけ?」


 華瑠亜が、煎餅を取ってあげながらリリスに訊ねる。


「ありがと! ……4DK、っていうのかな、あれ」と、答えるリリス。

「二階の二部屋は紬くんと妹さんの部屋。一階は、一部屋がママさん達の寝室で、もう一部屋がリビング、って感じね。あとは物置が何箇所かあるわ」


 ふむふむ……と、握り拳を口に当てながら華瑠亜が頷く。


「と言うことは……ファミリアケースにも入れられないし、メアリーあの子は紬の部屋で寝ることになるわけだ……。危険ね」

「うん、危険! メアリーあの子は危険!」


 華瑠亜の言葉に、再び大きく頷くリリス。


「部屋のことは……私が、親に相談してみるわ。問題はそれまでどうするか……」

「どうするか?」と、立夏がオウム返しで聞き返す。

「当面の目的は、とにかく紬とメアリーを二人きりにしないこと。いい?」

「私がいるから、二人きりにはならないけどね!」


 そう言うリリスを、しかし、やや冷めた目で見据える華瑠亜。


「まあ、リリスちゃんは……」アテにならない、と言いかけて言葉を飲み込む。

「……一人では大変だろうから、私達三人でサポートするのよ」


 華瑠亜の言葉に、立夏、初美、リリスも頷く。


「それじゃあ……紬監視委員会発足ということで……頑張りましょう!」


               ◇


「……と言うわけにゃん!」

「いや、ちょっと待て! なんだよサポートって……って言うか最後、おかしな団体名に変わってなかったか!?」

「細かいこと気にすると、ハゲるにゃん」


 初美を加えて更に一時間ほどダイニングで食事をした後、とりあえず俺の部屋まで一緒に上がってきたところだ。

 既に夜の九時を回っている。


 こんな時間に、息子の部屋に女友達が入るなど、普通の親であれば警戒しそうなものだが……。

 幼い頃は互いの家を気軽に行き来していた幼馴染のせいか、親も脇が甘い。

 リリスやメアリーがいるので、二人きりではないと言うのもその一因だろう。


 そもそも、現世界こっちの男女の習俗に関する温度感も、かなり生暖かい気がする。

 平安時代は夜這いも文化だったと聞くが、なんとなくノリ・・がそれに近い。


「で、その、監視委員会おまえらは具体的に、何をする気なんだ?」

「紬くんとメアリーちゃんの間に間違いが起こらないよう監視するにゃん」

「起こらないわ、そんなもん!」

「解らないにゃん。既に、全裸夜這いとベロチューの前科があるにゃん」

「いや、ベロって……話を聞く限りでは、リリスや可憐から舌は入れてないって説明は受けたんだろ!?」

「なんだか、怪しいにゃん……」


 クロエと初美が目を細める。

 いわゆる “ジト目” と言うやつだ。

 クロエが暴走して初美が赤面する、というパターンは何度も見ているが、これだけ際どい話題で二人の表情がシンクロするのは珍しい。

 まあ、初美が赤面している点については今夜も一緒なんだが……。


「間違い、って、何ですか?」と、メアリーが訊ねる。

「恋のABCのことにゃん」

「恋のABC?」

「Aはキス、Bはペッティング、Cはセック――――」

「どわあぁぁぁぁーーーー!!」

 

 俺は慌ててクロエの口を塞ぐ。

 初めて触ったが、リリスより凄くフワフワしていて、綿アメのような感覚。

 リリスほどしっかりとした質量も感じられない。

 これが、いわゆる “精霊” というやつか?


クロエおまえ、子供になんてこと教えてんだよ!」

「クロエじゃにゃいにゃん。初美んにゃん。って言うか、気軽に触るにゃっ!!」

「ご、ごめん、思わず……」

「以後、クレームは使役者の初美んにお願いしますにゃん」

「わ、解った……」


 それにしても、恋愛のABCとか……昭和かよ。


「それで……ペッティングとは何ですか?」


 メアリーが脱いだローブをポールハンガーに掛けながら質問を続ける。

 まさかとは思うが初美、こんな質問に答えないよな?


「お互いの体を触り合うことにゃん。つまり、男性器を女性器に挿入しない状態で行う性行為……端的にいうと、愛撫のことにゃん」


 よ……淀みなく言い切りやがった……初美クロエ

 メアリーが、首に掛けていた神水晶を外して床におくと、ブルーが飛びついてコロコロと転がして遊び始める。


「それが間違いなんですか? 私とパパは済ませちゃいましたけど」

「人聞き悪いこと言うなっ!」


 ……っていうか、どうなってるんだ?

 相変わらず初美の顔は赤いが、視線もジト目で……と言うより、据わってる?

 そう言えばさっき、下でワインを少し飲んでたのは見たけど……。

 ほんの一口二口だよな?

 まさかあれだけで酔っ払った?


「な、な、何なのよ今日の初美ちゃんは!? も、もう止めようよ、下ネタ!」


 そう言うリリスの顔の方が、今夜はむしろ真っ赤っかだ。

 こいつはこいつで、ほんとにサキュバスなんだろうか?


「もう、今日は遅いし……家まで送るからからさ、そろそろ出ようぜ?」


 これ以上ここで話していてもロクなことはなさそうだ。

 初美を送るために腰を上げようとしたその時――――

 階段を上って来る足音に続いて、母が部屋に顔を出す。


「今、黒崎さんの家に連絡してね、もう遅いから今夜はうちに泊めますって言っておいたから……初美ちゃんも、久しぶりにゆっくりしていきなさいよ」

「ええっ!? 何だよそれ! どこで寝るの!?」

「どこって……いつもこの部屋だったじゃない。お布団ならちゃんとあるから」


 誰も布団の心配なんてしてねーよ!


「いつもって……それ、ガキの頃の話だろ? 年頃の男女を同じ部屋で寝かせて間違いでもあったらどうすんの? 親として、そいうの心配じゃないわけ?」

「別に……初美ちゃんなら間違ってもいいけど……」


 いやダメだろ!

 どうなってんだよ、現世界こっちの貞操観念は?

 マジで、平安時代かよ?

 ユルユル過ぎない!?


「まあ、リリスちゃんやメアリーちゃんもいるしね!」


 心配なんてしてないわよん……と言いながら再び階下へ遠ざかる母の足音。

 確かに、元の世界に比べれば治安も良くはないし、夜遅くに出歩くくらいなら、という判断も解らなくはないが……。


 それにしても、年頃の男女を同部屋に寝かせるというのは、いかがなものか?

 初美が、鞄からパジャマとタオルを取り出し始める。


「お泊りセットが役に立ったにゃん」


 最初から泊まる気だったのかよ……。


 初美のお泊りセット……最後は、替えの黒いパンツまで出てきた。

 普段の初美からでは考えられない大胆さだ。

 完全に酔っ払ってる!?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る