03.初美のお泊り
普段なら考えられないような大胆な初美。
完全に酔っ払ってらっしゃる!?
慌てて初美のお泊りセットから目を逸らすように顔を横に向けると、薄目で俺の方を見ているリリスと目が合う。
「な……なに?」
「今、初美ちゃんのパンツ、見てたわよね?」
「チラッと目に入っただけだよ。前触れもなくいきなり出されたし……」
「いやらしっ!」
「サキュバスのくせいに下着くらいで細かいこと言うなよ。
先程にも増して、リリスの顔がみるみる赤くなる。
「ああーーっ! やっぱり見てたんだっ! 私のパンツ!」
「いや、ちがっ! メアリーが、紐パン紐パン言うから、なんとなく、想像で……」
「想像したの? いやらしっ!」
メアリーが初美のお泊りセットににじり寄ってしげしげと下着を眺める。
「メアリーも、こう言う大人っぽいの、欲しいです」
「いいじゃん、ブタさんのままで、可愛くて…………ゴフッ!!」
四つん這いのまま俺の方へ伸ばしたメアリーの後ろ足が、俺の脇腹に突き刺さる。
「ブタさんの話は、みんなの前でしないでください!」
「わ、分かった分かった……(ケホ、ケホッ)。明日、可愛いの買いに行こう……」
「約束ですよ! メアリーのモチベーションに関わりますので!」
こいつ、頼み事の度にモチベーションで脅してきそうだな。
「そう言えば初美が来た時、忘れ物を届けに……って言ってたけど、何だったの?」
「そうそう、これにゃん」
クロエの声に合わせて、初美から一枚の申込用紙のような紙を手渡される。
「これは?」
「使い魔の登録申請書にゃん。明日の昼、
実は明日、初美に付き合ってもらって、メアリーとブルーの登録申請のためにギルドホールまで行く予定だったのだ。
通常、新しい使い魔を使役する事になった場合や、使い魔の進化が認められた場合、二週間以内にギルドへ登録の必要があるらしい。
学生の場合、通常は学校側が代理申請をしてくれるのだが、今は夏休み中のため直接本人が行かなければならない。
因みにリリスは、世界改変の際の設定で使い魔となっていたので、登録も既に済ませてあることになっているらしい……と言うことを、食事の時に母に確認した。
「ふ~ん……。でも、こんな用紙、普通ギルドホールにも置いてあるんじゃ?」
「当たり前にゃん。置いてあるに決まってるにゃん」
「じ、じゃあ、なんでわざわざ持ってきたの?」
「そんなの、紬くんの様子を見にくるための口実に決まってるにゃん」
「そ……そっかぁ。お疲れさん」
と言うか、作戦バレバレ状態だけど、いいのそれで?
それとも、それも含めて何かの作戦!?
「じゃあ……せっかくだし、今のうちに記入しておくか」
机に座り、筆と
まだ、元の世界で使っていたボールペンやサインペンも残っているのだが、早くこの世界の道具に慣れるため、今は敢えて筆を使っている。
普通、中世ヨーロッパ風のファンタジー世界なら筆記用具の相場は羽ペン辺りだろうが、この世界のスタンダードはむしろ筆と墨だ。
羽ペンもあるにはあるが、漢字圏の設定のため、羽ペンでは含めるインクの量が少なすぎて画数の多い文字を書くには不便なのだ。
元の世界なら、羽ペンが登場したのは五世紀頃のヨーロッパだが、筆は四千五百年前には既に中国で使用されていたはずだ。
古代中国の先進性と言うのは、現代文明から離れたこんな生活をしていると、日常のいろいろな場面で感じることが出来る。
因みに、マジックのような構造をした携帯用のペンもあるが、線の太さの微調整もできず、直ぐにインクも切れるので普段使いには向かない。
■使役者登録番号:000706
■使い魔名:ブルー
■種族:ベビーパンサー
■性別:不明
■主な
■使い魔名:メアリー
■種族:ノーム
■性別:女性
■主な
メアリーが用紙を覗き込んで眉をひそめる。
「こういう書類は普通、本名で書くのではないですか?」
「おお……。珍しく正論だな」
「珍しくとは何ですか! メアリーは間違ったことなんて言ったことないですよ。シャーマンに向かって失礼です!」
「悪いが、普段使いもしないのにあんな長い名前覚えてられないから。
「まったく……パートナーの本名も覚えられないとか、先が思いやられますよ」
どの口でそれを言う?
ちょうどその時、風呂から出て二階に上って来た
「じゃあ、お前たち、先に風呂入ってこいよ」
「分かりました。……行きますよ、りりっぺ!」
「え、ええ……って言うか、なんか、言葉遣いが上からな気がするのよね……」
やはり、メアリーがさり気なく
そう言えば、魔法円調査対決はどっちの勝ちになったんだろう?
「
「全然オッケーじゃないから! いろんな意味で!」
「残念にゃん……。因みに、水着は
「いやいや、上目遣いで言われても……水着の種類の問題じゃないから」
ほんとに、いつもの初美と同一人物か?
初美は、酒が入ると痴女に変身?
セパレートタイプとか、細かい
部屋を出るリリスの後にメアリーが続き、さらに、しぶしぶ初美も続く。
「ところで、Cの……セック? とはなんですか?」
部屋を出る間際、メアリーが振り返って初美に質問する。
「正式にはセックス……つまり、性行為のことにゃん。男性器を……」
「どわあぁぁぁぁーーーー!!」
慌ててクロエをひっ掴んで初美から引き離す。
「にゃ……にゃにをするにゃん! クレームにゃら初美んに……」
「だめだ! あいつ今、痴女美だ!
「にゃんとかと言われても……使役者はあくまでも初美んにゃん……」
「とにかくABCの話はなしだ! 俺の使い魔にはまだ早過ぎるんだよ。従わないなら、今後俺の前で
俺に睨まれ、クロエがガタガタと震えだす。
「わ、分かったにゃん。ABCの話は禁則事項に指定しておくにゃん……」
「そんな便利な指定ができるなら、さっさとやっとけ」
再びクロエを初美の肩に戻し、階段を下りて行くリリスと二人を見送る。
お酒は二十歳になってから――――
日本の法律がいかに
◇
俺も風呂から上がり、二階へ上って部屋を覗く。
既に布団が二組並べて敷かれていた。
俺がベッド、布団で寝るのは初美とメアリー、ということになるだろう。
時間は既に二十三時半。
ネットもテレビもゲームもない
布団の上ではメアリーと初美が向かい合って話をしていた。
一緒にお風呂に入ったりして、だいぶ打ち解けたようだ
ブルーが布団の上で、ネットから出された神水晶を転がしながら遊んでいる。
さらに、ブルーの背中に乗っているのは……リリス!?
カウガールのようにブルーに跨り「行け、ブルー!」などと声を上げている。
とっても楽しそうだ。
「じゃあ、はっつんは、パパの幼馴染ということになるのですね?」
入り口に背を向けながら、メアリーが訊ねる。
はっつん? 初美のことか?
「そうにゃん。タ〇チ、トゥルーティ〇ーズ、メジ〇ー、ニセ〇イ……古今東西、幼馴染が大勝利する名作は数多いにゃん!」
古今東西って……現代日本限定じゃねーか。
しかもニセ〇イなんて、大勝利もなにも……ヒロイン全員幼馴染だし。
「それじゃあ、初美ちゃんも紬くん狙いなの?」と、リリス。
「ん~~、それがよく解らにゃいにゃん。声とか手とか足とか……たんにゃるパーツフェチのようにゃ気もするし、体が目的のようにゃ気もするにゃん……」
顔とか性格とか! そういう普通の視点はないのかよ!
……というか、さっき以上に目が据わってる気がする。
飲んだ後のお風呂はダメって聞くけど、そのせいか?
「ところではっつん、さっきよりもさらに顔が赤くなってる気がするのですが?」
「お風呂から出たあと、ダイニングでまたお父さんにワインを勧められたにゃん」
なに考えてんだあのクソ親父!
本気で間違いを起こさせる気か!?
ダメだもう……さっさと寝ないと何が起こるか解らん!
「よ~し、寝るぞ~!!」
声を掛けながら部屋に入る。
振り向いたメアリーの服は、見覚えのあるTシャツとショートパンツ。
これは……
一二〇センチのメアリーにはさすがにブカブカで、ゆったりとした襟元から薄い胸が真っ直ぐに見下ろせた。
慌てて視線を逸らすと同時に、使役契約でのベロチューが脳裏に蘇る。
見た目が小学生とは言え、相当ハイレベルな美少女であることは間違いない。
初美から監視委員会の話を聞いた時は、正直『馬鹿じゃねぇの、こいつら?』と思ったが……実は、監視して貰って助かったのかも。
俺はロリコンじゃない!
……と言う
リリスが、ブルーの背中から神水晶を見下ろして訊ねる。
「そう言えば
「向こうもそんなに暇じゃないとは思いますけど……可能性としてはありますね」
リリスとメアリーの会話を聞いて、初美も不思議そうに水晶を眺める。
「それでこの部屋が覗かれちゃうってことにゃん?」
「まあ、そう言うことも可能ってことだ。理由もなくわざわざそんなこともしないだろうけど……」
そうは言っても、いつ見られてるか解らないというのは、確かにあまり気持ちがいいものじゃない。
その辺の、見える所に出しておくのは、やはりちょっと
神水晶を拾い、とりあえず机の引き出しにしまうことにした。
「これで大丈夫。向うからは見られない」
「
薄目で、非難がましい視線を向けてくるメアリー。
「そんなんじゃねぇよ。……ただ、いつ誰に見られてるかも解らないって、ちょっと落ち着かないだろ?」
「そうにゃん。見られて困るのは男女の営みだけとは限らないにゃん。一人で処理してるところだって、見られたら恥ずかしいにゃん」
「一人で……処理?」と、メアリーが小首を傾げる。
「どわあぁぁぁぁーーーー!!」
再び、慌ててクロエを引っ掴んで口を塞ぐ。
このリアクションも、お互いにだいぶ慣れてきた。
「そんなもん、しね~よっ!」
「しにゃいのか!? 十七歳にもなって、それは逆に不健全にゃん!」
「いや、まあ、とにかく、今はリリスもいるし、そんな気軽にはできない、って言うか……とにかく! “一人で処理” も、メアリーの前では禁則事項だ! いいな!」
そう言いながら、クロエを初美の肩に戻す。
クロエ、戻れ、と初美が呟き、ようやく危険な精霊がケースに収まった。
初美とメアリーが床敷きの布団に入り、リリスは机の上のクッションに横なる。
「よ~し、ランプ消すぞぉ」
「おやすみなさ~い」
今日は初美が来ていたのでランプを二つ点けていたが、明かりを落とすと一気に部屋が宵闇に満たされる。
俺もベッドに入り、横になる。
月は出ていないが、ぼんやりとカーテンを照らすランプの薄明かり。
夏休みだし、隣の部屋ではまだ、
瞼を閉じる。
疲れた……。
地底にいた時ですら、肉体的にはともかく、ここまで精神的にグッタリとする夜はなかった気がする。
一〇分ほどで、下から寝息が聞こえてくる。
気が付けば、隣室の
カーテンを照らしていた薄明かりもいつの間にか消えている。
俺も、ゆっくりと意識を手放しかける。
と、その時――――
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