08.ルサリィズ・アパートメント

「ルサリィズ・アパートメント……?」


 木製のA型看板に書かれた店名を読みながら、立夏の方を振り向く。


「……ここ?」


 俺の指差す方向を見ながら、黙ってうなずく立夏。

 再び視線を前に向け、今度はドアの上の吊り下げ看板を仰ぎ見る。


 アルファベットで大きく【RUSALII'Sルサリィズ APARTMENTアパートメント】と書かれた直ぐ上に、小さく【コスプレ喫茶】と書かれている。

 再度、立夏の方を振り返る。


「ここなの?」


 今度は、少しムッとしたように軽く頬を膨らませながら、もう一度頷く立夏。

 コスプレ喫茶ぁ?


「なに、ここ?」

「……ルサアパ」

「いや、別に、略称を訊いたわけじゃないんだけど……」


 俺の呟きに、今度はクロエが口を開く。


「ルサリィは、ルーマニアの伝承における有名な風の妖精にゃん。ご存知の通り、慈悲と邪悪の二面性を持つと言われてるにゃん」

「ご存知じゃねぇよ、そんなの」


 そもそも、イタリア人で首を傾げられるような世界線にルーマニアが存在してるんだろうか?

 クロエ……もとい、初美も、やけに詳しいな。


「どうしたんですか? 早く入りましょうよ!」と、メアリーが俺の手を引く。

「お、おう……ちょっと待って……ブルー、戻れ!」


 一応飲食店だし、動物型のブルーは戻しておいた方がいいだろう。

 ブルーの背中から俺の肩へ、ふわりと飛んで移動するリリス。


「じ、じゃあ……仕方がないから、入りますか……?」


 恐る恐る、ピンクに塗装されたファンシーなドアを開けると、ピンクに彩られた小さなエントランスに、同じくピンクの受付カウンター。


 目がショボショボする。


「お帰りなさいませ、ご主人様!」


 前の世界向こうのメイドカフェなんかでは超有名なセリフだ。

 声のした方を見ると、カウンターの奥に立っているのは……メイドさん!?

 歳は俺たちと同年代くらいだろうか?


「ご帰宅は本日が初めてでしょうか?」

「え、ええ、まあ……」


 初めての帰宅とか、どんな自宅だよ?

 ……と思いながらも、繁々と目の前の店員を眺める。

 恐らく、アルバイトであろう可愛らしい女の子が、リリスほどではなにしても、なかなかビザールなメイド服を着て立っている。

 この世界にもこんな服あるんだ!


「本日はお食事になさいますか? それともご休憩になさいますか?」

「え~っと、あの……食事の方で」

「かしこまりましたご主人様。それではテーブル席の方へ……」


 と言いながら、メイドさんが立夏に気づく。


「あれ? え~っと……確か、雪平立夏ゆきひら……さん?」

「うん。これから、仕事」と、立夏。

「そうなんだ! じゃあ、みなさんは雪平さんのお知り合い?」


 立夏が黙って頷く。

 案内のためにカウンターから出ようとしていたメイドさんが中へ戻っていく。


「そっかぁ。じゃあ、案内と接客は雪平さんにお任せしていい?」

「うん。大丈夫」


 先に歩く立夏の後に続いて、ホールに入っていく俺と初美とメアリーの三人……と、肩の上のリリスいっぴき


 客席ホール内はかなり涼しかった。

 冷気系の魔石のせいだろうか?

 一般家庭で使われることは少ないが、商業施設等で室内温度を下げるにはポピュラーな方法のようで、ここも例外ではないのだろう。


 中に入ってまず最初に目に飛び込んできたのは、ナース、チャイナドレス、婦人警官といった装いの……恐らくウェイトレス達。

 多少独特のデザインではあるものの、前の世界向こうではお馴染みのコスチュームだ。


「うっわ! 紬くんの大好きそうなお店だ!」


 リリスが人聞きの悪いことを言い始める。


「つむぎん、こう言うのが好きにゃん?」


 いつのまにか、呼び方が “紬くん” から “つむぎん” に変わってる。

 記憶は消えてるけど、幼い頃の愛称か何かだろうか?


「いや、確かに嫌いではないけど、ウェイトレスは普通でいいかなぁ……」


 正直、こんな中で落ち着いて食事ができるとは思えない。


「じゃあ、そこ座って待ってて。着替えて直ぐに来るから」


 そう言って立夏が、奥のレストルームへ姿を消す。

 指示されたテーブル席に三人で腰掛けると、リリスがすかさずテーブルの上に降りて、真ん中に置いてある金平糖こんぺいとうのような砂糖菓子に手を伸ばす。

 恐らくテーブルチャージのようなものだろう。


 トレイにお冷を乗せて、チャイナドレスの店員が近づいてくる。


「別に、あんた達のために持ってきたわけじゃないからねっ! でも……もし飲みたかったら、飲んでもいいわよ……」


 そう言いながら俺たちの前に水の入った木製のカップを並べて立ち去る。

 ポカンと大きな口を開けて、チャイナガールの背中を見送るメアリーとリリス。


「な、なんですかあれ! いくら世間慣れしていないメアリーでも、あれがお客に対する態度じゃないってことくらいは解かりますよ!」

「ほ、ほんとよ! あんなんで接客になるわけ!?」


 珍しく、使い魔Sつかいま~ずが意気投合して憤慨しているが――――


「あぁ~、多分あれ、ああいう演出なんだと思う……」

「エンシュツ?」

「そう。ああいう言い方されて、喜ぶ男がけっこういるんだよ」


 すいませ~ん! こっちにもお冷下さ~い! と、すぐ隣のテーブルで、別の男性客が手を挙げると、先ほどのチャイナガールが再びお冷を運ぶ。


「べつに、あんたに言われたからって、喜んで持ってきたわけじゃないんだから!」


 そう言いながらコップを置くチャイナガールをうれしそうに眺める男性客。

 それを、ポカ~ンと口を開けて眺めるメアリーとリリス。


「だろ?」

「だろ? と言われましても……なぜあのような態度で喜んでいるのか、メアリーには全く解かりません」

「あ、あれは……いわゆるツンデレってやつね? それをウェイトレスにさせる店があるっていうのは、さすがの私も盲点だったけど……」


 どこが「さすが」なのかはともかく、人間界のリサーチをしたことがある分、リリスの方が理解度は上のようだ。

 とは言え俺も、ランチのオプションにあんなものを求めていたわけではないので、気持ちとしてはメアリーに断然近い。


 続いて近づいてきたのは婦人警官ミニスカポリスだ。

 頼むから、もうそっとしておいてくれ……。


「萌え萌えドリンクの説明をしておくわね。署内では、千チップで一時間のフリードリンク制だけど、飲めるのは三杯までよ」


 全然フリーじゃねぇ!


「因みに一杯目は担当の立夏が持ってくるわ。でも、三杯までフリーだからって無茶な頼み方をして、もし残したりたら……殺しちゃうぞっ!」


 ウインクをしながら親指で自分の咽を掻き切る仕草をする婦人警官ミニスカポリス

 そこは普通、「逮捕しちゃうぞ」とかなんだろうが、警察がないこの世界では少しセリフも違ってるんだろう。


 とは言え――――


「の、飲み物を残しただけで殺されるとは……人間界は物騒なのです! さすがのノームも、そこまでは厳しくないのです! えらい店に入ってしまいました!」


 まったくだ。

 本当に殺されるわけじゃないから、と震えるメアリーをなだめる。


 それにしても不思議なのは、この店のコスチューム。

 メイドやチャイナドレスくらいならまだなんとか収斂進化しゅうれんしんかの結果として流すこともできたが、ナースや婦人警官まで出てくるとなるとさすがに話は別だ。


 この世界の施療院で働くのは修道士や修道女で看護師はいない。

 開業医では外科医や内科医もいるが、働いているのはロングスカートのメイドのような格好をした女性で、この店のミニスカナースとは似ても似つかない。


 さらに不思議なのがミニスカポリスだ。

 婦人警官に対応する職業自体がこの世界にはないのだから……。

 まさかとは思っていたが……ひとつの可能性が頭に浮ぶ。


 この世界に転送されているのは、俺たちだけではない?

 この店のコスチュームデザインがどう言う経緯で考えられたのか調べる必要がありそうだ。

 それは後で、立夏にでも訊いてみよう。


 そこまで考えた時、レストルームのドアが開き、ようやく立夏が姿を現す。

 カウンターに出されたドリンクをトレイに載せてこちらへ近づいてくる立夏。


 前後に二本ずつプリーツの入った浅葱色あさぎいろのスカート。

 トップスの白い長袖にも、スカートと同じ浅葱色のセーラーカラーと赤いリボン。

 足もとは、紺色のハイソックスに焦げ茶色のローファー。

 端的に言えば、前の世界向こう女子高生JKルックそのものだ。


 しかし、あのデザイン……どこかで見たことがあるぞ?

 確か……あの、超有名な非日常系学園アニメのキャラクターだ。

 普通の主人公と、宇宙人、未来人、超能力者が、超常現象を引き起こす女子高生と共に珍妙なサークルを作って、さまざまな事件に巻き込まれるって言う、アレだ。

 その作品に出てくる制服とそっくりのデザインなのだ。


 制服にカーディガンを羽織った立夏は差し詰め……宇宙人役の長〇有〇!?

 いや、正確に言えば 対有機生命体コンタクト用に作られた “ヒューマノイド・インターフェース” なのだが……今はそんな設定はどうでもいい。

 問題は、なぜそんなコスプレがこの世界で見られるのか!? という事だ。


「立夏……その格好……」

「異世界の学生が着る制服……女子高生と言うみたい」


 立夏に説明されるまでもなく、それは俺がよ~く解かってる。

 ただ、俺がいた現代日本のような世界がこの世界から “異世界” として認識されているというのは驚愕の事実だ。


「しかもそれ、ただのJKじゃなくて……超有名アニメの……」


 そう……“現代日本のような世界” なんかじゃない。

 こんなピンポイントなコスチュームが出てくるということは、俺が元居た現代日本そのものが異世界として認識されているんだ。

 少なくとも収斂進化なんかで説明できる現象でないことは確かだ。


「よく解からないけど、設定はダンデレだから、それになりきるように言われてる」


 いや、設定要らないだろ!?

 素でいいじゃん!

 髪の色さえ合わせれば、かなり再現度の高い長〇さんだよ立夏おまえ


「最初の萌え萌えドリンク、勝手に選んだけど……オレンジジュースでよかった?」

「萌え萌えドリンク?」


 テーブルに並べられたのは、一見、なんの変哲も無いオレンジジュースに見える。


「じゃあ、今から、美味しくなるおまじないをするから、私に続いて一緒にやって」


 はあ? なにそれ?

 メイド喫茶と混ざってないか?


 俺の戸惑いを他所に、有無を言わさず立夏が「美味しくなぁれ」と、目の前に大きなハートを描くように両手を動かし、俺たちを待つように動きを止める。


 えぇっ! それ……俺たちもやるの!?

 立夏と同じように、俺と初美とメアリー、そしてリリスも、ハートを作りながら「美味しくなぁれ」……


 続いて立夏が「萌え、萌え」と言いながら両手で小さなハートを左右に作る。

 続いて俺たちも、左右にハートを作りながら「萌え、萌え」……


 最後に立夏が、もう一度胸の前でハートを作ると、キュ~~ン、と言いながら、そのままドリンクに向かってハートを押し出すようなポーズを取る。

 俺たちもハートを押し出しながら、立夏に続いて「きゅ~~~ん」……

 そんな様子を、生暖かい目で見守る他のお客たち。


 なんですかこの、はずかしめの刑は!?

 しかも、あんな無表情な “萌え萌えきゅん” 、初めて見たわ!


「アルコール以外は三杯までフリーだから、お代わりがあれば呼んで」

「いや、多分、一杯でおなかいっぱい……」

「とりあえず、何か食事メニュー選んで」


 そうそう……さっさと食うだけ食って退散しよう。

 テーブルに立ててあるメニューを手に取る。

 この手の店では定番のオムライスが、イラスト付きでメニュー表の半分を占めているが……これを選んだらさらに過酷な辱めの刑が待っていそうな気がする。


「じゃあ、ミックスピザを……」

「ピザは今、ピザ釜が故障してて」


 ピザ釜?

 そんな本格的なもの、この店にあるの!?


「じゃあこの……出来立てミートソースパスタを……」

「製麺するので一時間ほどかかる」


 麺も出来立てってことか。

 それにしたって、一時間も待つ客いるのかよ!?


「じゃあこの、出来立てローストチキン……」

「それは、これから鶏を絞めるので二時間かかる」


 そこからかよっ!

 出来立てにこだわりすぎだろ!?


「じゃあ他に、何があるの?」

「オムライス」

「じ、じゃあ、それで……」


 選ばせる必要、なくね?

 因みに、メニュー表には一切値段が書いてない。


「オムライスっていくら?」

「時価」


 時価って……オムライスの値段って、そんなに変動するもの?

 さすがに、金貨持ってて足りなくなることはないだろうが……。


 オーダーを取り終わり、カウンターへ向かう立夏の後姿をぼんやりと眺める。

 再現度はアニメに忠実なのかも知れないが、やけに短いスカートだ。


 あのスカート、恐らく膝上二〇センチ近くあるだろ?

 少し動いただけでも下着が見えそうな丈だ。

 ……って言うか今、白い下着、少しだけ見えなかった!?

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