09.膝上20センチ

 あのスカート、恐らく膝上二〇センチ近くあるだろ?

 少し動いただけでも下着が見えそうな丈だ。

 ……って言うか今、白い下着、少しだけ見えなかった!?


 アニメだからこそギリギリの絶対領域を維持できてたわけで、あんな丈の服をそのまま現実に作ったら、そりゃまあ、ああなるよな……。


「あんまり、美味しくないです……」


 両手でオレンジジュースのコップを傾けながらメアリーが呟く。

 俺も一口飲んでみる。

 味はともかく……うん、確かに、ちょっとぬるい。


 もちろん、この世界に冷蔵庫などと言うものはないが、保冷室や保冷庫用の小さな魔石があるので、それを定期的に購入して食料の貯蔵に使うのが一般的だ。

 最初に聞いた時は、それもかなりご都合主義的なアイテムだとは思ったが……。

 まあ、食料の冷蔵手段がない世界など不便極まりない。

 実際に暮らす身になると、どんどんご都合主義でやってくれ! と思う。


「そうだな。コップに注いで、少し放置しておいたような感じだな」

「さっきのおまじない、ちゃんと効いてるんですかね? 弐号さん、適当にやったんじゃないですか?」

「まあ……立夏りっかは炎属性だからな。おまじないにそれが付加されたのかもな」


 俺もかなりいい加減な返事をする。

 適当にやろうが真剣にやろうが、あのおまじないでは味は変わらないだろう。


「それにしても、あの立夏ちゃんの服……ちょっと際ど過ぎない?」


 最後の金平糖を口に放り込みながらリリスが呟く。

 うん、確かに……と頷きつつ、俺も改めて立夏を見る。


 婦人警官ミニスカポリス看護師ミニスカナースの丈の短さもかなりのものだと思ったが、立夏のコスチュームはそれ以上だ。

 さっきは気のせいかとも思ったが、やはり、店内のちょっとした段差を上り下りする度にかなり際どい部分までスカートの裾が上がる。

 そう、名づけるなら “超・絶対領域” !


 もちろん、超絶対領域に気づいているのは俺だけじゃない。

 店内を見渡すと、他の男性客も一様に鼻の下を伸ばしながら立夏に注目しているのが解かる。

 恐らく立夏だって気づいていると思うのだが……特に気に止めている様子もない。


 いわゆる、風俗店のような如何わしい店ではないが、かと言って、学生にあんな格好をさせて接客をさせると言うのもかなり問題があるんじゃないか?


「この世界じゃ、学生にあんな格好をさせて働かせるのは、普通のことなのか? なんて言うか……青少年保護条例的なものってないの?」


 初美に質問してみるが、珍しくクロエが目を逸らす。

 初美もまだ、この世界にはそこまで詳しくないということだろうか?


「どうした?」

「世界観や世界設定に関する話は、転送組以外の人がいる場では禁則事項だと、初美んに言われたにゃん」


 そうなのか。

 ついでに痴女関連も全部禁則事項にしてくれりゃよかったのに。


「ん~、まあ、メアリーなら大丈夫だと思うよ? なるべく言葉を選んでさ、工夫して話してくれよ」

「言葉を選べとか工夫しろとか、気は確かかにゃ? 今までのクロエを見てて、そんにゃ要求をすることがいかに無謀なことか、つむぎんには解らにゃいのかにゃ?」

「いや、解るけど……なんでそんな偉そうなんだよ? 努力はしろよ」


 クロエが初美の方を見ると、初美も小さく頷く。

 喋ってよし、というゴーサインだろう。


「じゃあ、伝えるにゃん。この世界線での法律では、十四歳で、全てではないにしろ、相当な部分で責任能力のある大人として認められるにゃん」


 そう言えば、飲酒も十四歳から認められてたな。


「つまり、ああいうコスチュームを着て働くことだって、本人が了承した上で結ばれた労使契約であれば、なんら問題はにゃいにゃん」


 十四歳か……。

 現代日本の感覚なら、大人の自覚を持てと言うにはかなり早い年齢だが、時代が時代ならいくさに出たり、結婚したりしていたような年齢なのも確かだ。

 やはり、この世界に現代日本の常識をそのまま持ってくることはできない。

 それにしても、コミュニケーション能力も低そうな初美が、よくそんなことをいろいろと調べたものだな。


「そう言う、法律関係のこととか……誰かに教えてもらったりしたの?」

「自分で勉強したにゃ。仕事柄、いろいろと調べることは多いにゃ」


 仕事? 初美も何かアルバイトを? 順応が早いな……。

 調べ物が多いってことは何かの事務職だろうか?

 さすがに初美までサービス業ってことはないよな。


 そうこうしているうちに、カウンターの上に四つのオムライスが並ぶ。

 普通サイズが三つと、リリス用のハーフサイズが一つ。

 立夏が振り返り、背中を見せながら大きめのトレイにそれを乗せる間、やはり店内の男性客の視線は立夏の超絶対領域に集中する。


 背の低い立夏がカウンターの上に手を伸ばす度に、お尻と腿の付け根あたりまでスカートの裾が上がる。

 露骨に身をかがめて中を覗こうとする男性客まで居て、思わず怒鳴りつけたくなる衝動をなんとか抑える。 

 立夏も気づいてはいるようだが……やはり、特に隠そうとする様子はない。


「それじゃあ、トマトソースで絵を描くので、描いて欲しいものを言って」


 俺たちのテーブルにオムライスを並べながら、立夏の口からは予想通りのセリフ。

 前の世界向こうのメイド喫茶なんかでは、食べる前の有名な儀式だ。

 名目はコスプレ喫茶だが、サービス内容がメイド喫茶と混ざっているようだ。

 やはり、定番と言えば、あの動物か……。


「じゃあ……猫で」


 俺の要望に、立夏が無表情のままホッとして頷く。

 無表情でも、最近は立夏の気持ちがなんとなく解かるようになってきた。

 定番だけあって猫は練習してあったのだろう。


 俺のオムライスの上に、ペンシル型の容器に入ったペースト状の……いわゆる、ケチャップのような赤いトマトソースで絵を描いていく。


 やけにあごの尖った猫だな……。

 続いて書き入れられる、目と口と耳とヒゲ。

 ……って、とんがってる方が頭かよっ!

 どう見ても顔のあるタマネギにしか見えない。


「夜中に金縛りに遭いそうな絵だね……」


 ムッとした立夏が、不気味なタマネギの周りに適当にハートマークを描き足して「はい終わり」と、オムライスを俺の方に押しやる。

 あまり絵心はないらしい。


「メアリーにはお花を描いて下さい!」


 立夏が、無表情のまま、今度は困ったような顔になる。

 ……ああ、これは練習してないんだな。


「チューリップでよければ」

「ちゅーりっぷ? どんな花か解りませんが、いいですよ、それで」


 立夏がメアリーのオムライスの上に、よく幼児が描くような、U字形で上がギザギザになった、定番のチューリップの形を並べてゆく。

 ……が、描き慣れていないせいか手が震えているので、炎のようにゆがんだチューリップがオムライスの上に並ぶ。

 赤いソースで描かれた、ぐにゃぐにゃと連なったチューリップはまるで――――


「これは……ギガファイアかな?」


 俺の指摘にまたムッとしながら、空いたスペースをハートで埋める立夏。

 終わると、トマトソースの容器をドンっ、とテーブルに置く。


「あとは、好きなの描いて」


 立夏画伯……仕事放棄!


 まあ、俺ら相手だから、ってのもあるんだろうけど、ここで働くならもう少し絵は練習した方が良さそうだ。

 他のオムライスに適当にソースをかけ終わると、再び立夏が口を開く。


「じゃあ、美味しくなるおまじないをするので、私の後に続いて」


 えっ? あの辱めの刑、またやるの?

 あれって義務?


「美味しくなぁれ……」


 再び、立夏の無表情な “萌え萌えキュン” が始まる。


               ◇


 食事の間、しばらく立夏がテーブルの横に立っている。

 こうやって担当のウェイトレスと会話できるのも店のサービスの一つらしい。

 そう言えば立夏、ギルドホールのゴタゴタに巻き込んでしまったせいで、まだ昼食もとってないんだよな。


「立夏……お腹空かない?」

「大丈夫。この後、少し休憩できるから……。着替える時、レストルームで軽くお菓子を食べたし」

「そっか……。そうそう、着替えと言えばさ……」


 立夏が、俺の言葉の続きを待つように小首を傾げる。


「その制服コスチュームなんだけどさ……ちょっと、スカートの丈、短過ぎない?」

「……そうね」

「その……なんて言うか、お客さんもさ……立夏のスカートの中を見て鼻の下を伸ばしてるような連中、結構いるみたいだけど……気づいてる?」

「うん」

「いいのか?」

「触られたりしない限りは、少しくらい見られても無視するように言われてる」


 やっぱりこの店、わざとここまで際どいコスチュームを着せてるのか。


「そう言う契約上の話じゃなくてさ……立夏は平気なのかな、って」

「別に……減るものでもないし」

「そうじゃなくてさ……恥ずかしかったりしないの? ってこと」

「…………」


 立夏の表情がやや曇る。

 もちろん、普通の人なら気が付かないほどの微妙な変化だが。


 恐らく立夏だって恥ずかしい気持ちはあるんだろう。

 脇を見られて俺の頭を叩くくらいだ。

 こんな場所で、下着を見られて女の子が平気なわけがない。


「その……余計なお世話かも知れないけど……ここの仕事、考え直したら?」

「なんで?」

「なんで、って……そんな、客に下着を見られても文句も言えないなんて、やっぱり不健全だろ」

「知り合いの紹介だし、お給金もいいし……あまりいい加減なことはできない」

「そうだとしてもさ……嫌な思いをしてまで――――」

「紬くんは――――」


 俺の話をさえぎるように、立夏が口を開く。


紬くんあなたは、私に辞めて欲しいの?」

「いや、俺がどうこうじゃなくて……立夏の気持ちを考えると……」

「仕事は――――」


 再び、俺の話を途中で遮る立夏。


「仕事は……辞めない」

「え?」

「私がどういう気持ちで働くのかは、私が自分で決めることだから」

「そ……そっか。そこまで言うなら、俺からは何も言えないけど……」

「時間」

「ん?」

「トークタイム終了」

「あ……ああ、そうなんだ。ごめん、お疲れさま」

「じゃあ、休憩してくるから。……また後で」


 そう言って、レストルームに入っていく立夏の後ろ姿を見送る。


「つむぎんは……」


 不意にクロエが話かけてくる。


「ん?」

「女心が解ってにゃいにゃ」

「何の話だよ?」

「何でもにゃいにゃ。ライバルに塩は送らないのにゃ」


 女心? 立夏の気持ちのことか?

 そりゃ、ダンデレの考えてることなんて解んねぇよ。


「だめだめ! 紬くんに女心の何たるかを説くなんて、骨折り損の草臥くたびれ儲け」


 ええ!? リリスまで?

 リリスこいつにまで何か言われるほど、俺、変なこと言った?


 なぜか、少しムシャクシャしながらオムライスにスプーンを突き刺す。

 オムライスは……なかなか美味しい。

 この不気味なタマネギとハートマークも、美味しさアップに貢献してる気がする。


               ◇


 俺たちがオムライスを食べ終わった頃――――

 いや、もしかすると俺たちのテーブルの様子を見計らっていたのかも知れない。

 カウンター前の小さなステージに五人のコスプレウェイトレスが集合する。

 メイド、ナース、婦人警官、チャイナドレス……そして、JK女子高生ルックの立夏。


「それではこれより、イベントタイム開催で~す!」


 ナースのコスプレをした、恐らくこの中では最もベテランっぽいウェイトレスが、ホールに向かって何やら宣言し始める。

 イベントタイム?

 もしかして、前の世界向こうのコスプレ喫茶なんかで行われていたような、ダンスショウのようなものでも始まるんだろうか?


 まてまてまて!

 あんな破廉恥なコスチュームでダンスなんてした日には、それこそパンツ丸見えなのでは!?


「この時間のイベントは、ジャンケン大会で~す! 私とジャンケンをして最後まで勝ち残った方には素敵な商品をプレゼント! イベント参加料はテーブルチャージに含まれてますので、是非皆さん、全員で参加して下さいね~!」


 ジャンケン大会……そっか、よかった……。

 それにしても、いくらだったんだろう、あの金平糖テーブルチャージ……。


「今日の景品は~、ルサアパのオムライス無料権五回分か、★2の精霊の卵、私のイラスト入り萌え萌えクッションの三つから、お好きな物を選べま~す!」


 精霊の卵? なんだそれ?


「精霊の卵はテイマー専用の魔具にゃん。テイマーが割ると、卵のランクと種族に応じて、使い魔が一匹テイムできるにゃん」


 俺の疑問を察知したかのように説明を始めるクロエ。

 立夏の読心術もなかなかだが、初美も同じ転送組だけに察しがいい。


「おお……なんかすごいじゃん! 初美の闇精霊の……シェードだっけ? それを手に入れたのも、そういう感じの魔具で?」

「そうにゃん。こんなレストランの破廉恥イベントとは違うけどにゃん」

「そりゃそうだろうけど……因みに、★2の精霊って、どんなもんなの?」

「すこぶる使えるにゃん! にゃんてったって、クロエも★2にゃん!」

「…………」


 メアリーが俺の腕を引っ張る。


「どうします、パパ? 欲しいなら雀拳達人ジャンケンマスターが軽くゲットしますよ」

「う~ん、いや、どうしようかな……。変な使い魔が増えても面倒臭いし、チートを使ってまで取るようなものでも……」

「失礼にゃん! 今の発言は、そうとう失礼にゃん!」


 司会のナースが説明を続ける。


「更に、勝ち残ったお客様はには、お好きなウェイトレスと、中庭での手繋ぎデートを一〇分間プレゼント! 萌え萌えドリンクも一杯サービスしちゃいま~す!」

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