10.手繋ぎデート
「更に、勝ち残ったお客様はには、お好きなウェイトレスと、中庭での手繋ぎデートを一〇分間プレゼント! 萌え萌えドリンクも一杯サービスしちゃいま~す!」
なにぃ?
と言うことは、もしかすると
その様子を想像して思わず首を振る。
ダメだダメだ! それはダメだっ!
ウェイトレスは五人いるし、必ずしも立夏が選ばれるとは限らない。
しかし、五人を見比べてみても、立夏のコケティッシュな魅力は群を抜いている。
決して、コスチュームのせいだけではない。
素材その物が、そう簡単にお目にかかれないような美少女なのだから当然だ。
「メアリー!」
「なんですかパパ」
「仕事だ。さっさと勝ってこい!」
「了解です! ……景品はどれを選べばいいですか?」
すかさず挙手して「オムライス券!」と提案するリリス。
「ばか言うなっ! ……仕方ないから、消去法で……いいよ、変な卵で……」
「デートは、誰としてくればいいんですか?」
「誰でも。好きなの選んでもいいし、辞退してもいいし」
要は、立夏と脂ギッシュの手繋ぎデートさえ阻止できればそれでいい。
あんなコスチュームのまま二人っきりにさせたら、舞い上がった脂ギッシュが何をしでかすか解ったもんじゃない。
ジャンケンのルールは簡単だ。
壇上にいる司会のナースと、客席の全員がジャンケンを繰り返し、勝ちとあいこの人が残り、負けた人から座っていくというイベント会場などではお馴染みの方式。
序盤、人数が多いうちは、負けても誤魔化して立ち続ける
しょせん
◇
それにしても……圧巻だ。
一度もあいこすら出さない余裕のストレート勝利でメアリーがイベントチャンピオンに輝く。
ジャンケン限定とはいえ、この確実性には惚れ惚れする。
予定通り、景品は「★2精霊の卵」を選び、デート相手を選ぶ段に。
司会のナースが、腰を
「それじゃあ、お譲ちゃんは、誰とデートしたいのかなぁ?」
「そうですね……メアリーは女の子ですので、女の人とデートしても仕方ないのです。デートの権利はパパに譲ってもいいですか?」
「パパ?」
「あれですよ」
そう言うと、メアリーがウインクしながら俺の方を指差す。
余計な気は回さなくていいから、さっさと誰か選んで
ルールはルールだし、そんな代理ジャンケンみたいなことが認められちゃったら、他の客だって納得が――――
「あら~! お若いパパですね~! では、娘さんからのプレゼントと言う事で、今回は特別にパパさんにデートしてもらいましょう!」
っておい!
あのナースも、勝手にルール変更すんなよ!
「それじゃあパパさん! どうぞこちらへ!」
とりあえず、ここで頑なになるのもかえって体裁が悪い。
ゆっくりと腰を上げると、おずおずとステージの前まで進み出る。
すれ違いざま「貸しですよ」と呟き、席に戻るメアリー。
なんかまた、勝手に貸し付けられちまったよ……。
「パパさんはなぜか、萌え萌えドリンクを持ったまま登場で~す」
クスクス笑いながら話しかけてくる司会のナース。
やべっ!
気が動転してて、飲んでたドリンクそのまま持って来ちゃった。
客席から笑いが起こり、さすがに俺も顔が熱くなる。
「それではパパさん、お名前をお伺いしても宜しいですか?」
「つ……
「わぁ! 素敵な名前ですねっ!」
そう言いながら、チラリとテーブル席の初美を見るナース。
「では、改めて紬さん! デートの相手を選んでください。……あ! ママさんの目の前だと選び難いかなぁ?」
アホか
どう見たって、俺と初美がメアリーの両親のわけないだろ?
下手に弁解するのも面倒臭いので放っておくが、よく見ると、確かにちょっと、色っぽいけどアホっぽい顔のナースだ。
並んでいるのはそのアホナースの他に、メイド、チャイナドレス、婦人警官……そして、ジト目で睨みつけている
立夏以外はみんなニコニコと可愛らしい笑顔を作っている。
営業スマイル? それとも、本当にみんな、俺とデートしたい感じ?
とは言え……だ。
この場面で立夏以外を選べるわけがない。
女心に
「えっと……じゃあ、立夏で……」
「は~い! 紬さんが選んだのは新人の立夏ちゃんで~す!」
ナースがまた、ちらりと
「スタッフの間では密かに
やかましいわ! やっぱりってなんだよ?
俺がロリ好きだから
それに、体つきはともかく、立夏も初美も顔立ちはロリでもないだろう。
そもそも、この世界のロリータの語源ってなんだ?
ナボコフ原作の小説がこの世界にもあるのか!?
「それでは早速、お二人には中庭に移動してもらいましょう!」
ドリンクを置きに一旦テーブル席に戻ったついでに、みんなに声を掛ける。
「悪い、メアリーのせいで妙なことになっちまった。ちょっと行って来る」
「本来は……こんなことは黙って見過ごさないにゃん!」
「は?」
クロエが不機嫌そうなのは初美の気持ちを投影してのことだろうか。
初美は、と見れば、なぜか目が据わっている。
まさか、アルコールを頼んだわけじゃないだろうな!?
「但し、今日は特別にゃん。もう一度チャンスをあげるにゃん! その代わり、きっちり使命を果たしてくるにゃん!」
「し……使命?」
なんの話だ?
そう思いながらも、既に勝手口で待っている立夏の元へ慌てて駆け寄る。
「それでは、紬さんと立夏ちゃんの手繋ぎデート、スタートで~す!」
後ろから、司会のナースの元気な声が追いかけてきた。
◇
「じゃあ……はい」と、左手を差し出す立夏。
「う……うん」
恐る恐る、立夏の手を握る。
中庭……と言うのでもっとこじんまりとした場所を想像していたのだが、三〇メートル四方はありそうなかなり広い庭園だった。
ルサリィズ・アパートメント以外にも、他の近隣店舗がぐるりと周りを囲む。
庭園に隣接する店舗が共同で利用できるスペースなのだろう。
周囲の建物もかなり余裕を持って建てられているので風通しも良い。
中庭に出ると直ぐにトレリスアーチのトンネルがあり、周りをびっしりと埋め尽くした植物が夏の日差しを遮っていた。
トンネルの中、深緑に彩られた石畳の上を、二人で手を繋いでゆっくりと進む。
女の子と手を繋いだ経験がないわけではなかったが、立夏とは初めてだ。
壊れやすそうな、細くて小さな立夏の掌を右手の中に感じ、心臓が高鳴る。
しかし今は、トークタイムの時からの少し気まずい雰囲気を引き摺っている。
できれば、何かフォローしておきたい。
「なんか……悪かったな、こんなことになって……」
「なんで、謝るの」
「いや、メアリーを使わなければ立夏もデートなんてせずに済んだかも、って」
「もしかすると、他の人とこうしていたかも」
「まあ……そりゃそうだけどさ」
そうなんだよ!
それを阻止するためにわざわざメアリーに出動要請したんだから。
「ごめんね」
今度は、不意に立夏が謝る。
「ん? 何が?」
「私がいたせいで、私を選ぶしかなかったんでしょ」
「そ、そんなことないよ。立夏のことを知っていようがいまいが、俺は立夏を選んでたと思うよ」
「…………」
こんな風に謝ってくるなんて、立夏、やっぱり嫌だったのかな、こういうの。
そこまで考えて、ハッとする。
そっか……。
企画とは言え、せっかくこうして二人でデートしてるのに、謝ったりしたら、なんだか嫌々デートをしてるみたいじゃないか?
気まずさを解消しようとしてたのに、余計に気まずくしてしまったのは俺の方だ。
確かに、これじゃあ女心が解らないと苦言を呈されるのも無理はない……。
しばらく黙ったまま二人で歩く。
アーチを抜けた先には、ガゼボ……いわゆる西洋風の
恐らく、ルサアパのスタッフが先回りしてセッティングしたのだろう。
立夏と二人、斜めに向かい合うように椅子に腰掛ける。
幼げな、丸みの残る輪郭の中に、物憂げな大人の表情を閉じ込めたようなアンバランスな魅力。
赤みの差す頬から生えた
焦点の合っていない藍色の瞳に俺を映しながら、立夏がドリンクを口に運ぶ。
交じわる視線――――
ジィっと人を見つめるのは立夏の癖だ。
もう慣れたし、いつもなら特に気にもしないところだが……なぜか今は、固まったように立夏から顔を背けられない。
何か、言わなきゃならないことがあるような気がする。
「なぁに」
両手で持ったコップをテーブルに置いて、立夏が小首を傾げる。
その声でようやく、金縛りにあっていたかのように固まっていた筋肉が緩み、視線を落とすことができた。
「い、いや、べつに、なにも……」
伏せた目線の先には、今度は立夏の華奢な太ももが待ち構えていた。
相手の下半身が見えるよう、わざと網目状のテーブルにしているのかも知れない。
これが、膝上二〇センチの破壊力!!
気を使って座ったからだろう……。
スカートはぴっちりと伸ばされていて、俺の位置から下着が見えると言う事はさすがにないが、それでも少しずれるだけで見えてしまうだろうという際どさはある。
そこから伸びた、ほとんど付け根から見えているんじゃないかと思えるような、少女らしさと艶かしさを併せ持つ無邪気な白い脚。
こんな格好の立夏と脂ギッシュを、二人きりにしてデートさせるだと?
今日はなんとかメアリーのおかげで事なきを得たが、今後もこの店でアルバイトを続ける限り、またそういう場面はあるんだろう。
例えお触りがなくても、得体の知れない他の男とこんな状況になるなんて……。
絶対ダメだ! あり得ない!
「あ、あのさ、立夏……」
黙ったまま、再び立夏がドリンクを口に運んで傾ける。
釣られて俺も、思い出したように萌え萌えドリンクを一口飲む。
いつの間にか、かなり喉が渇いていたことにも気が付いていなかった。
柑橘系の爽やかな香りが口の中に広がり、咽を潤す。
「さっきの話なんだけど……ここのアルバイトのこと」
「…………」
「やっぱり辞めた方がいいと思うんだ」
「その話は、もう、さっき済んで……」
「そうじゃなくて! いや、その話なんだけど、もっと根本的というか……」
「?」
再び、萌え萌えドリンクを一口飲む。
サービス品だけに、量が少なかったのか、もうコップの底が見えそうだ。
あっという間に喉が渇くのは暑さのせいだけじゃない。
このモヤモヤした感情を振り払うには、一体、何をどう話せばいいのか……。
「その……立夏の事情や考えもあるんだろうけど、そう言うの抜きにしてさ……」
俺の言葉を聞きながら、再び両手で萌え萌えドリンクを持ち上げる立夏。
顔の前で傾けたコップの淵から、覗き込むように俺を見つめている。
「俺が……辞めて欲しいんだよ」
「…………」
「そういう服で、客からああいう目で見られながら働いてる、ってのも、こういうデートを他の奴とするってのも、嫌なんだよ……。俺が、個人的に」
「…………」
「いや、立夏が、それを好きでやってると言うなら俺は何も言わないよ? でも、そうじゃないんだろ?」
「…………」
この世界ではあれくらいのお色気サービスは当たり前なのかも知れない。
……が、こればっかりは、そんなの関係ない!
理屈じゃなく、もっと生理的な問題だ。
「う~んと、立夏の言いたい事は解かる! 俺になんの権利があってそんなことを、ってことだろ?」
「…………」
「それはそうなんだよ。解かってる。ぶっちゃけ、百パーセント俺の|我侭なんだけど……でも、嫌なものは嫌だからしょうがない」
「…………」
空になったコップで口と鼻を隠したまま、目だけをこちらに向けて固まる立夏。
どうした?
リアクションがないんですけど!?
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