11.固まる立夏
空になったコップで口と鼻を隠したまま、目だけをこちらに向けて固まる立夏。
どうした?
リアクションがないんですけど!?
俺自身、今、俺がどういう立場で
身内や恋人なら、例え感情論でもこういう話は不自然じゃないだろう。
でも、俺は立夏の何なんだ?
『紬くんは私の何なの?』
そう訪ねられたら、何て答える?
友人? クラスメイト? D班の班長?
どれであれ、忠告くらいならまだしも、アルバイトを辞めろなんて話ができる間柄とは言えないだろう。
そう……結局、これは俺の
なんでそんな我侭になっているのか自分でもよく解からないが、とにかく今は、それを聞いてもらうしかない!
サワサワと、木々の間を通り抜けてきた心地よい風が、ガゼボの中を吹きぬける。
薄桃色の前髪がふわりと舞い上がり、乱れて立夏の目元を隠す。
それでも、立夏は動かない。
空のコップを持ったままじぃっと俺を見つめ続ける。
一分か、二分か……あるいは数秒か――――
黙って二人で見つめ合った後、不意に立夏が立ち上がる。
「り……立夏?」
「時間」
「え?」
「デートタイム……終了」
「あ、ああ……そっか、もう……」
もう、一〇分経ったのか。
立夏が、空になった二つのコップを持ち、店の勝手口に向かって歩き出す。
結局、何の返事も貰えなかった。
何となく、脱力したまま立夏の後ろ姿を見送る。
相変わらず、歩く度に下着が見えてしまいそうな際どいスカート丈。
結局、これからもずっと、あんな格好で接客をし続けるのか、立夏は……。
モヤモヤとした感情が俺のなかで更に大きくなっているのが解かる。
あ~あ……なんだよ。
アルバイトのことなんて知らなきゃ良かった。
俺もゆっくりと腰を上げたその時、ガゼボの柵の外で動く人影。
「おまえら……ずっとそこにいたの!?」
「そうにゃん!」
いくらガゼボの外だからと言って、間には低くて密度の荒い柵があるだけだ。
そんなところに三人も居ればさすがに俺も気付いたと思うんだが……。
と思って見ていると、何やら石を拾い集めているメアリーが目に止まる。
「
「そうですよ。隠れて見てました。パパの
「体たらくって……」
あの結界、人間に対しても有効なんだ?
しかも
「それより、こんなところにみんなで来て大丈夫なのか?」
「大丈夫、はつみんが立て替えて、会計は済ませてきたにゃん」
「そうなんだ……なんでまた?」
「本当はこのまま立夏ちゃんを連れて逃走するつもりだったのに……つむぎんには失望したにゃん! もっと、強引にでも辞めさせるべきだったにゃん!」
逃走、ってまた、ずいぶん過激だな、おい……。
言われてみれば確かに、俺の分まで全員の荷物を持って来ている。
「初美も、立夏に辞めて欲しかったのか、ここ?」
「そりゃそうにゃん! そこまで仲がいいわけじゃにゃいけど、それでも、クラスメイトがこんな店で働いているのは気分が良くにゃいにゃん」
「そっか……。なんだかんだ言って、いい奴だな、
初美の顔が赤らむ。
「お、お、お……おまえ、って、
「そうだっけ? って言うか初美……心の中でもドモってるの?」
同じ転送組だけあって、社会の習俗に対する感覚は俺とほぼ同レベルだろう。
俺と同じように
「それにしても、
「いや、ポンチって言うか……そもそも愛人じゃないから……」
メアリーの言うように、いっそ本当に恋人だったらここまで苦労しない。
頭ごなしに辞めさせればいいだけの話だ。
しかし、ただのクラスメイトと言うだけの立場では……。
体たらくと言われてしまったが、かなり頑張った方だと思うんだけどな。
あれ以上どうしろと?
「なんだったらもう、店に火でも点けちゃう?」
とんでもないことを言い出すリリス。
「バカかお前は! 今、初めてお前が悪魔に見えたわ!」
「防火対策なんて出来てないこの世界では、放火は重罪にゃん。失火ですら、重過失なら極刑になるにゃん! 放火は考え直した方がいいにゃん!」
「
まあ、仕方が無い。
今日はこれ以上ここで粘っても結果は同じだろう。
夕方からハウスキーパーのバイトだし、ついでに、
元々この世界の人間である華瑠亜なら、何かいいアイデアも出せるかもしれない。
「あれ? あれって……立夏ちゃん?」
「え?」
肩の上から聞こえたリリスの声で、思わず俺も店の方を振り返る。
相変わらず例のコスチューム……某県立北高校の制服を着たままの立夏が、トレリスアーチのトンネルの中をすたすたと歩いてくる。
「なんだろう……ちゃんと会計は済ませてきたんだよな?」
「間違いにゃいにゃん!」
よく見ると、来る時に持っていた鞄も肩にかけている。
なぜ、荷物を持ってるんだ?
「ど……どうした?」
すぐ目の前まで近づくのを待って、立夏に声を掛ける。
「……辞めてきた」
「え?」
「お店、辞めてきた」
「な……何でだよ!?」
立夏の眉間に皺が寄る。
これは……誰が見ても怒った表情だ。
「紬くんが……辞めろって言ったので」
「そ、そりゃそうだけど……でも立夏、自分のことは自分で決めるって……」
「だから、自分で辞めるって決めたの」
おいおい……昼食のトークタイムで話した内容と全然違うじゃん!?
察しが悪そうな俺に
「私が我慢すればいいだけなら別に辞めないけど、紬くんがイヤって言うなら……。あなたにイヤな思いをさせてまで続けようとは思わないので」
そ……そう言うもの?
あの説得で正解だったのか?
立夏を指差しながら、確認するように初美の方を振り返る。
なぜかまた、ジト目で睨まれている……。
初美だって、さっきは辞めて欲しいって言ってたじゃん!
「そっか……なんか、その……」
悪かったな……と言おうとして、言葉を飲み込む。
違う。同じ間違いを繰り返すな。
ここは謝罪じゃなく――――
「ありがとう……立夏」
「うん」
眉間の縦皺が消えて、いつもの無表情に戻る立夏。
いや……いつものじゃない。
これは嬉しそうな無表情?
「なので……紬くん、責任取って」
「責任? って、何? もしかして……結婚して、養えとか?」
「バカにゃのか!」「バカじゃないの!?」「アホですか!?」
後ろの二人と肩の上から一斉に突っ込まれる。
「じ、じゃあ、何だよ、責任って……」
「このコスチューム、私に合わせたオーダーメイドだから……買い取りになった」
「そ……そう。そういうことか……。いくら?」
「銀貨五枚」
まあでも、ちゃんとしたコスプレ衣装はそれくらいするよな、やっぱり。
ポケットの中から例の金貨を取り出す。
「じゃあこれで、払ってきていいよ。どうせこの店で使うつもりだったし」
立夏が頷いて、金貨を受け取る。
テーブルの上に荷物を置き、「ちょっと待ってて」と言い残して
トレリスアーチのトンネルを小走りで駆けていく立夏。
スカートが
だが、もう、もやもやした気持ちは不思議と湧いてこない。
あのパンチラを見るのも、あとは俺くらいかな?
それなら……まあいっか。
◇
「ねえ、早く割ってみてよ……」
「急かすなよ!」
Tシャツの袖を引っ張るリリスを肘で押しやる。
ガゼボのテーブルを囲んで、俺と初美とメアリーが座り、テーブルの上にはリリスと……そして、ジャンケン大会の賞品でもらった精霊の卵。
「これ、普通に、卵を割るようにやっちゃっていいの?」
「そうにゃん。テイマーの洗礼を受けた人が割ると自動的に対応した精霊を召還してくれるにゃん」
「ガチャポンみたいなもんか……。気に入らなかった場合、どうするの?」
「気に入らないとか、あり得ないにゃん! ★2にゃん? 絶対使えるにゃん!」
最後のセリフは初美じゃなくクロエ自身の意見だろう。
自分が★2精霊だけに、弁護に力が入っている。
「だから、万が一の話だよ……」
「まあ、そう言う場合は、普通に使役解除を宣言すればいいだけにゃん……」
初めての後輩を期待するメアリーと、新しい乗り物を期待するリリスの目が爛々と輝いているが……正直、そんなまともな物が出るとは思えない。
もしブラックフェアリーでも出たら即解雇だ。
クロエみたいなカミングアウター、とてもだが使役できる自信がない。
ある意味、凄いよ、初美。
「じゃあ、割るぞ?」
テーブルの淵に卵を打ち付けてひびを入れ、両手でパカリと割る。
直後、殻が霧散し、中から飛び出す黒い球体。
「闇属性にゃん! クロエと一緒にゃん!」
マジかよ!
ほんとにブラックフェアリーじゃないだろうな!?
徐々に、黒い球体がモヤモヤと形を変えてゆく。
四本足、背中には翼。
一瞬、グリフォンやユニコーンと言った、ゲームでは定番の人気モンスターを思い浮かべるが――――
「こ……これは……」
「骨ですね」
急激に瞳の輝きを失ったメアリーが、興味なさそうに答える。
出てきたのは、体長三〇センチ足らずの、犬のような形をした精霊。
但し、頭から尻尾まで全身すべて “骨” だ。
翼も付いているということは、一応飛べるのだろうか?
「良かったなリリス。今度の乗り物は飛べそうだぞ」
「……いや……ブルーでいいや」
「これ、何だか知ってる?」
カチャカチャと駆け回る犬の骨を指差して訊ねるが、初美も首を振る。
初美だって俺より二ヶ月早くこの世界に来ただけだからな。
細かいモンスターの種類まではさすがに把握できていないのだろう。
「でもきっと大当たりにゃん! 闇属性なんて滅多に出るものじゃないにゃん!」
初美の様子とは裏腹にクロエは太鼓判を押すが――――
そうか?
クロエも闇だし……初美のもう一つの精霊、シェードとか言うのも闇だろ?
で、この犬の骨も、闇属性。
実は、一番出易いハズレ属性なんじゃないの?
「スカルドッグ」
不意に、後ろから聞こえる声。
振り向くと、コスチュームの清算を終えて戻ってきた立夏が、お釣りの銀貨五枚を差し出している。
銀貨を受け取ると、そのうち三枚を、会計を立て替えてくれた初美に渡した。
「コスチューム買ってきた。ありがとう」
「いや、バイト辞めろって言ったのは俺だし。それより……スカルドッグ?」
「うん。……
立夏がテーブルの上を指差す。
一応、しばらく使役してやるか。
「呼び名、決めないの?」と、リリス。
「そうだな……。まあ、スカルドッグだから……マナブでいいや」
「なぜ!? マナブ?」
「昔、うちで飼ってた犬の名前。だいぶ前に死んじゃったけど……また骨になって生き返ってきたって設定」
「シ……シュールな設定ね……。って言うか紬くん、ネーミングセンスないよね」
「
尤も、こっちの世界線でもマナブを飼っていたのかどうかは解からないが……。
とりあえず、ケースにしまっておくか。
要らなくなれば、使役解除はいつでもできそうだし。
マナブ、戻れ! と叫ぶと、黒い球体に戻ってファミリアケースに収まる。
「ところでマナブは……何か、スキルとか特技はないの?」
「鼻が利く」
俺の質問に返ってくる立夏の端的な答え。
そっか……。
そりゃ、犬だからな……。
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